035 きっとこうなるって分かっていた。
「何なんだよ……! いきなり過去の世界に飛ばされたと思ったら、今度は俺のいるこの世界が滅んじまうとかよ……! 訳が分かんねぇよ! ちゃんと説明しやがれこのクソババア!」
「まあそうイライラするでない。それもこれもおぬしがワシの忠告を聞かなかったのが悪いのじゃ」
「忠告だぁ? いつそんな忠告をしたんだよ! 世界が滅ぶなんて聞いてねぇぞ! 返せよ! 俺の大事な仲間と国を返せよ!」
「……まったく。頭に血が上ってすっかり忘れているようじゃな。いいか、落ち着いてよく聞くのじゃ。おぬしは過去の世界で何をしでかした?」
「何をって……普段通りやりたいようにやったし、気に入らない奴はぶっ飛ばしてきた」
「それがいかんと言っておるのじゃが」
「いや……でも! 俺なりに未来が変わらないように色々考えて、これでも結構頭使ってきたつもりだぜ! 婆さんだってずっと見てただろう! 俺が無茶しないように我慢してたところとか!」
「……」
「急に無口になるなよ! コメントちょうだいコメント!」
「……はぁ。まあ、そこに座らんか、戦乙女よ。今一度おぬしが過去にしてきたことを振り返ろうではないか」
「あ、うん。それと喉乾いたからお茶とかちょうだい。さすがに喉がカラカラだから。ビックリしたのと叫んだのとで」
「……仕方のない奴じゃな。ほれ」
「サンキュー。ゴク……ゴクゴク………………ぷはぁ! ……あー、ホントビックリした。世界の地形がまるっきり変わってんだもん。何をどうしたらこれだけ世界が変化しちゃうんだか」
「落ち着くの早いな。……まあよい。落ち着いたのなら話してみろ。過去の出来事を」
「いや、話してみろとか言われたって……。急に過去の世界に飛んだと思ったら、ユリィの家で目が覚めて……。それでユリィの通っている研究施設に行って、セクハラ爺さんに上半身裸にされて、『失った得意属性を取り戻したければ、ワシの女になるんじゃ……ゲッヘッヘ』って言われて」
「嘘を言うな。真実だけ語るのじゃ」
「……はい。ごめんなさい」
「その後おぬしは金稼ぎを考えたじゃろう。そして闇ブローカーを騙し、大金を得た」
「うん。……え? もしかして、それで世界が崩壊して……?」
「いいや、違う。そんなことで世界は崩壊などせんわ。多少未来は変わったが、所詮は欲にまみれた汚い闇金じゃ。むしろその金で買われる予定であった違法な武具が各国に流出しなかった分、世界はより平和に向かったと言えるじゃろう」
「だろ? だから俺は堂々と瑠燕を騙して大金を得ようと考えたんだ。俺、天才じゃん。世界を平和に向かわせつつ、貧乏生活ともサヨナラできるという何とも素敵な計画。うんうん、さすが俺」
「……」
「コメントください」
「……まあよいわ。しかし、これで分かったじゃろう? 世界が崩壊してしまった理由が」
「えー? あと何かあったっけ……。…………あっ! まさか!」
「ようやく気付いたか」
「俺のコスプレ画像が世界に流出しちゃったとか! あのバニーちゃんの格好とか、レイヤーさんみたいな恰好が世界に衝撃を与えて、それによってコスプレ紛争が勃発して世界戦争に発展して……!!」
「……」
「いや、マジでここはスルーされると凹む……」
「おぬしは一体どこまで本気なのじゃ。ふざけているようにしか見えんのじゃが……いや、違うか。ふざけることで自身の動揺を隠しておるのかの」
「……うるせ。いいからさっさと教えろよ。『世界崩壊の理由』と……それに、どうしたら元に戻せるのかをよ」
「ふぉっふぉっふぉ。顔つきが変わったな。図星じゃったか。まあ、分からんでもないがな。おぬしは気付いておるのかの。自身の持つ『弱点』を」
「……弱点? 俺に?」
「ああ、弱点じゃ。おぬしは世界最強の人間じゃ。それは認めよう。しかしおぬしは極端なまでに仲間を想う。仲間を失うことを恐れる」
「それは……」
「いい加減な振る舞いや、周囲を振り回す行動・言動は、全ての責任を自分に向けさせるためのものじゃ。仲間のせいには決してせず、一身に責任を被ろうとする。それは過去の無念から学んだものなのか、それ以前からのおぬしの信条なのかは知らんが、それが今回の件に結びついたわけじゃな」
「? おい、婆さん。一体何を言って……?」
「何故、過去を無かったことにする? 今のおぬしがあるのは、過去のおかげじゃ。おぬしが強くなれたのも、おぬしが信頼する仲間が平和に暮らせるのも」
「おいおい、とうとうボケちまったのかよ。それとも最初からボケてんのか?」
「おぬしは逃げたのじゃ。『過去』からな。そしてそれと引き換えに、現世での大事な仲間を失ってしまった」
「……何が言いたいんだよ。……はっきり言えよ」
「ワシはすでにおぬしに伝えた。過去の世界での『ルール』をな。今一度思い出せ。ワシはおぬしに何と言ったかを」
「……」
「その顔は『覚えている』という顔じゃな。ならばワシから言ってやろう。ワシはあのとき、こう言ったのじゃ。『おぬしはあくまで勇者カズトを助けるのみ。魔王軍により惨殺されるエリーヌ・アゼルライムス皇女や魔王に惨殺されるグラハム・エドリード、リリィ・ゼアルロッド。この三名を助けてはならん』と」
「……」
「おぬしはこの『ルール』を破った。だから世界が崩壊したのじゃ」
「……んでだよ。良いじゃねぇかよ、それくらいよ」
「良いわけが無いことくらい、おぬしも初めから分かっておったじゃろう。もういい加減気付いておるのに知らぬふりはやめい。何故、見捨てなかった? 過去の出来事じゃぞ? 現世では三人とも生きておろうに。それに誰も過去のことなど覚えておらん。覚えておるのはおぬしとあの金髪の青年くらいじゃ」
「……」
「……はぁ。さっきまでの威勢はどうしたのじゃ。そんなに暗い顔をして。まだ話すか? ワシに言わせたいか。おぬしが三人を救ったあと、世界がどうなったのかを」
「……だって、どうしたらいいっつうんだよ。見捨てられるわけねぇじゃんかよ。『過去だから関係ない』なんて、どうしたら思えるんだよ……」
「……放心状態か。それともまだ認めたくないとでも言う気かの。ならばワシはワシで勝手に話すぞ。……おぬしは魔王軍襲来からエリーヌ皇女を救った。これまでも2周目の世界、3周目の世界で同じことをしておるから、同じ感覚で助けたのじゃろうな。それにより過去のおぬしはエリーヌと結婚し、魔王討伐に同行したエリーヌのおかげでグラハムやリリィも命を落とすことが無かった」
「……」
「じゃが『過去の歴史』はエリーヌを殺すことを諦めたわけではない。後に大きく歪む可能性を秘めている過去改変は、必ず元の流れに戻ろうと反発する。それが魔王の放った最後の一撃で起こった。本来であればあの場面でエリーヌは死に、未来が変わることは無かったのじゃ。しかしおぬしはそこでもエリーヌを救った。そして世界が崩壊する未来が決定した」
「……くそ……」
「魔王の口から零れ落ちた宝玉の光で過去のおぬしは2周目の世界へ飛ばされる。そこでの歴史はおぬしが経験してきた歴史とさほど変化はない。大きく変化があったのは3周目の世界じゃ。しかもごく最近の歴史じゃ」
「……」
「3周目の世界でおぬしは女体に転生し、過去に出会わなかった様々な仲間と出会い、冒険をした。精霊王を撃破し、国を作った。金を稼ぐために闘技大会に出場し、新たな四人の仲間とも出会った。しかし彼らに裏切られ、仲間を誘拐され、仲間を解放するための交換条件として提示された世界中にある魔術禁書を集める旅に出た」
「! ……くっ……」
「三冊の魔術禁書を集めたおぬしはユウリ・ハクシャナス、エアリー・ウッドロック、ルーメリア・オルダインと対峙する。そして黒幕にいたのは――ゲイル・アルガルドじゃ。……まだ話すか?」
「……もういい……もういいよ」
「……まだじゃな。おぬしの目にはまだ迷いがある。……ゲイルに捧げられた三冊の魔術禁書は四宝の力で奴の体内に吸収された。そして神のごとき力を手にしたゲイルに――」
「もういいっつってんだろ!! 分かってんだよ、んなことは!!」
「――神のごとき力を手に入れたゲイルに、おぬしは敵わなかった」
「……あいつが……あいつがやったんだな。世界を……この世界を……」
「ああ、そうじゃ。本来であれば、おぬしはルリュセイム・オリンビアの背中に隠しておいた『陰の魔術禁書』を発動し、奴を倒すはずじゃった。しかしその魔術禁書を、過去のおぬしは手に入れておらんからな。本来であれば1周目の世界で魔王軍襲撃の際にエリーヌが死に、彼女の体内に隠されていた陰の魔術禁書を過去のおぬしが手に入れるはずだったのじゃから」
「……過去の俺はあのとき、ゲイルに殺されたのか?」
「ああ。皆の前でな。そしてユウリの持つ四宝によるゲイルの力の封印も失敗に終わった。おぬしを殺し名実ともに『最強』となったゲイルを止められるものなどおらん。十日のうちに世界は崩壊し、最後まで抵抗を止めなかったおぬしの仲間らも全員殺された。まさに『神の裁き』じゃな。おぬしも見たじゃろう? 世界の惨劇を」
「……」
「ワシの話はこれで終わりじゃ。そして、おぬしには二つの選択肢がある。このままこの崩壊した世界で神となったゲイルを打ち倒すのか。それとも再び過去に戻り――」
「……過去に戻り?」
「――エリーヌ皇女を見殺しにするのか、じゃ」