031 たまには格好良いことを言ってもいいですか。
次の日の正午すぎ。
ついにその時は来た――。
「たたた大変で御座います、アゼルライムス王!!」
「どうした、騒がしい。勇者カズトの式典の準備は進んでおるのか。もうすぐ精霊の丘で精霊との契約を終え、王都に帰還――」
「魔王軍です!! 信じられない数の軍勢が、アルルゼクトに攻めて来ました!!」
「な……なんだと!?」
混乱する王と宰相達。
魔王軍の最高幹部、魔獣王ギャバランが使用した転移魔石により、アルルゼクトの東に位置する海岸付近に異界の門を開き帝国内に侵入。
総勢二万もの魔族の軍勢が王都に攻め入ろうとしていた。
(あー、この軍服、ちょっと臭うなぁ……)
王の間の片隅で帝国兵として変装し紛れ込み、慌てる宰相らの話を欠伸を噛み殺しつつ聞く俺。
数時間前に帝都に忍び込み、兵士の一人を気絶させ、身ぐるみ剥いで軍服を拝借したのは良いんだけど……。
ちゃんと洗濯してるのかなこれ……。
くちゃい。
「すぐに勇者カズトに魔法便を送れ!」
「し、しかしカズト様らが向かっているのは精霊の丘……! 『最果ての街』とは目と鼻の先ですぞ! 知らせを受けてすぐに帰還したとしても、恐らく数刻はかかるかと……!」
「そんなことは分かっている! ……魔王はこれを狙っていたのか? グラハムとリリィまで同行させたのは迂闊だったか……! 近隣の街にいる全ての勇者候補を呼び寄せろ! それとギルド本部にも応援要請を! リリィ以外の五賢者も全員集結させるのだ!」
「五賢者はそれぞれラクシャディア共和国に二名、ユーフラテス公国、エルフィンランドに派遣中で御座います! 知らせを送っても到底間に合うとは思えません!」
「ぐぐ……! 何でもいい! とにかく戦力を集めるのだ!!」
王の怒号が舞い、宰相らが慌てて王の間を飛び出していく。
それに従う形で俺もこっそりと部屋を後にした。
俺の記憶が確かならば、この後すぐにアゼルライムス王は一部の従者とともに城を脱出する。
城と帝都に住まう住民や兵士らの命は、皇女であるエリーヌと宰相の一人であるザイギウスに託される形となるのだが――。
(勇者候補たちが集まるのは二時間後……。それまでは城の兵士だけであの軍勢を抑えなきゃいけない。そして過去の俺とグラハム、リリィが到着するのがさらに三時間後。そのときにはほとんどの兵士が殺されていて、そして最後にはエリーヌまで……)
「おい! そこの新人! お前はどこの所属だ!」
「あ……」
ぶつぶつと独り言を言っていたら、厳つい顔の兵士に見つかっちゃいました。
とりあえず適当に嘘を吐いて、正門前で待機しなくちゃ。
「歩兵団だと? ならばなぜ城内でウロウロしているのだ! さっさと正門前まで向え!」
「へーい」
「シャキッとしろ! 国の一大事なのだぞ! これだから最近の若い兵士は……ぶつぶつぶつ」
不満たらたらの兵士の脇をすり抜け、俺は首の骨を鳴らしながら正門へと向かった。
◇
「あー、いるいる。めっちゃいる」
正門から東の海岸線に視線を向けると、二万の魔族の軍勢がこちらに向かっているのが確認できた。
まるで地震のように地面が揺れている。
地鳴りヤバいな。
周りの歩兵も皆ビビっちゃってるし。
「とりあえず、街の中に入られたらヤバいな。でもあまり悪目立ちしたくないし……。新人の歩兵が無双して二万の軍勢を一人で倒すところとか見られたら、絶対に歴史が変わっちゃいそうだし……」
うーん。
なんか考えるのとか、色々と面倒臭くなってきた……。
今までずっとやりたいようにやってきたし、気に入らない奴は後先考えずにぶっ飛ばしてきたし……。
「まあ、最速で動けば誰も俺の動きなんて目で追えないか。万が一見つかっても変装してるし、なんとかなるだろ。うん」
「お、おい……。お前、どこに行くつもりだ?」
兵士の一人が震える声で俺に話し掛けてきた。
たぶん俺が逃げようとしていると思ったんだろう。
確かにこんな最前線で戦ったら100%死ぬだけだよな。
「ちょっと準備運動をしようと思って。あ、その剣借りていい?」
「はぁ? ……あれ? 俺の剣は……?」
相手の返事を聞く前に、最速で腰に差したままの帝国剣を抜き取りました。
アゼルライムスで支給されてる剣って、結構頑丈なんだよね。
切れ味は死ぬほど悪いんだけど。
「あ、おい! 逃げるのか! ……って、もう居ねぇし! どこに行った!?」
大丈夫。
お前も死ぬことは無いから。
全部まとめて、俺が助けてやっから。
◇
東の海岸と帝都との中間地点。
ここだったら誰にも見られることは無い……と思う。
「うんしょ、うんしょ。ストレッチは念入りにね」
全力を出したら跡形も無く消し飛んじまう。
あくまで『帝国兵が倒した』という証拠を残しておきたい。
だからこの二本の帝国剣で魔族の亡骸に傷痕を残しておく。
「何か前もあったな。こういう縛りプレイ」
眼前に迫る軍勢を前にしても、昔のような恐怖も興奮も湧いてこない。
今俺の中にある『恐怖』は、大事な人や仲間を失うかもしれないという恐怖のみ。
さんざん好き勝手やってきたのに、こんな風に感じるなんて、俺ってマジで自己中の極みだな!
『グルルルゥ……』
『ギッヒッヒッヒ……』
地鳴りを響かせつつ不気味に笑う魔族の軍勢。
こいつらのボスが魔獣王というだけあって、獣型や半獣系の魔族が大半を占めている。
「……よし」
二本の帝国剣を構え、目を閉じる。
耳を澄ませ、地鳴りの先にある魔族らの呼吸と鼓動に意識を集中する。
ゆったりとした動きで円を描くように剣を回す。
右わきの下に二刀を構え、まだ5ULほど離れている魔族らに向かい、地面を蹴った。
「《センティピード・テイル》」
大きく宙に筆を振るかのように、二刀を滑らせる。
百足がのたうち回るような動きは、最前列にいた魔族らの急所を正確に貫いた。
奴らが断末魔の叫びを上げる前に、次の攻撃に入る。
今度は両手を大きく後方に下げ地面を強く蹴り、軍勢の中をまっすぐに突っ切っていく。
身体の前で交差させた剣閃は、数秒遅れて数十体の魔族の身体を真っ二つに引き裂いた。
「……《ブルファイト・アタック》」
『『『ギヤアアアァァァァァァァァァ!!!!』』』
紫色の鮮血が宙に舞う。
次々と倒れていく魔族達。
俺は血に濡れた剣を払い、再び二刀を構える。
「悪いな。向かってくるなら、一匹たりとも容赦しない。俺にだって守りたいものがあんだよ」
……なんて、ちょっと格好いいことを呟いてみたりして。




