030 お金があると心も豊かになるって本当ですね。
「12億♪ 12億♪ 一気に金持ち♪ 貧乏サヨナラ♪」
スキップをしながら海上を走る。
これまでの長ーいループ人生で、これだけの大金を手に入れたのは初めてだ。
「なに買おうかなぁ。超高級のフカフカ布団は絶対に欲しいし、魔王城の屋上に庭園とかも造りたいよなぁ。平和な世の中になったら庭いじりして暮らすねん、俺」
問題は奴らにこの大金のことを知らせるかどうかだ。
奴らとは当然、俺の国の金食い虫ども――主にアルゼインを中心とした大酒飲みのことだ。
傭兵として稼いだ金は全て酒に消えるという、大馬鹿者たち。
「グラハムは可愛いお姉ちゃんがいたら見栄張って稼いだ金全部渡しちまうし、リリィ先生は恵まれない子供がいる養護学校に全額寄付しちゃうし……。そういやユウリとルーメリアは魔法研究費用を国費から出して欲しいとかも言ってたし……。とにかくうちの国は金が無い。というか金が貯まらない」
ここは俺がどーんと構えて、女王としてこの金の使い道をしっかりばっちり決めないと駄目だな。
ゼギウスに任せるのもいいけど、半分くらい鍛冶費用に回しちゃいそうだし……。
まともな人材がいないんです、俺の国。
ホント誰が集めたんだよ、まったくまったく……。
「とにかく、早いとこ元の世界に戻らなきゃな。皆きっと寂しがってると思うし」
俺はスキップを止め、全力モードに切り替える。
目指す場所は再び、アゼルライムス帝国の帝都、アルルゼクト――。
◇
「……誰もいませんねー」
再びコソドロの格好に戻った俺は王都にある城の庭園を身を隠しながら進む。
前方に聳え立つ大聖堂に忍び込み、オルガン像の下に火の魔術禁書を戻せばミッションクリア。
「この前はエリーヌに見つかっちまったからなぁ……。さすがに二回連続で不意を突かれるなんてことは――」
「またお会いしましたね。泥棒さん」
「うわ!」
いきなり後ろから声を掛けられ、声が裏返っちゃいました。
ていうか、また陰魔法の《隠密》に出し抜かれる俺……。
(マジで魔法関連はヤバいな……。感知能力とかも相当弱くなってるし……)
普段の俺ならば《隠密》を使われても、それなりに相手の気配を察知できるはず。
うーん、どうしたもんか。
あの魔女ババアの提案に乗って、魔法を復活させてもらうわけにもいかないし……。
「必ずこの場所に戻って来られると思っておりました」
「うん。まあ、すぐにまた会いに来るとも言っておいたしな」
頬を掻きながら後ろを振り向く。
そこには昔からずっと変わらぬ美しい姿で立っているエリーヌがいる。
「貴女には聞きたいことが山ほどあります。オルガン様の像から奪ったものは何なのですか? 私の唇を奪った理由は、何なのですか? 貴女は一体、何者なのですか?」
一つ質問するごとに一歩ずつ俺に近づいてくるエリーヌ。
何ともまあ怖いもの知らずというか、警戒心が薄いというか。
……ホント変わってないな、エリーヌ。
あ、いいこと思いついた。
どうせ見つかっちゃったんだし、エリーヌに頼んでおけばいいか。
「ほい、これ。これがオルガン像の下から盗んだ代物」
「え……? あ、え?」
まさか俺が素直にブツを渡すとは思っていなかったのだろう。
エリーヌは慌てた様子で火の魔術禁書を受け取った。
「《火の魔術禁書》。お前も魔術禁書がどういうものなのかは知っているんだろう? それがここに隠されていた。ちょいとばかしそれを借りて、用が済んだから返しに来たんだ」
「魔術……禁書……」
分厚い禁書に視線を落としたままエリーヌは食い入るようにページを捲っている。
書かれているのは古代文字だから、誰にも読めないはずなんだけど。
「これをさ、カズト・アックスプラントに渡して欲しいんだよね。出来ればこのオルガン像の下に隠されていたのをたまたまエリーヌが見つけた的なニュアンスの説明つきで」
「私が……? この火の魔術禁書をカズト様に? どうしてそのようなことを……」
当然のようにエリーヌが首を捻る。
理由は『世界の歴史を大きく変えないため』なんだけど、それを説明するには無理がある。
だから、俺は嘘を吐く。
「頼まれたんだよ。『カズトに魔術禁書を渡すように』って。でも会えなかった。だからエリーヌから渡して欲しいんだ。これはとても重要な物だから」
「頼まれたって……一体どんな方が貴女にそんな――」
「精霊ルリュセイム・オリンビアにさ」
「!!」
精霊であるルルの名を知っていることに驚いたのだろう。
今まさにこの世界のカズト達は精霊に会いにいっているのだから。
そして、精霊の真名を知っている人物は多くない。
これで俺の言葉を信じてもらえればラッキーなんですけど……。
「……その名を御存じということは、貴女の言っていることは嘘とは言い切れませんね。理由は定かではありませんが、城のこのような場所に魔術禁書が隠されていることを国民や兵士に知られたらパニックになるでしょうし……」
「うんうん、そのとおり。だからこれは俺とエリーヌの秘密だ」
「……」
何故か少しだけ顔を赤くして顔を伏せてしまったエリーヌ。
……あれ? なんか変なことでも言ったか、俺。
「……まだ二つ質問が残っています。わ、私の唇を奪った理由と、貴女の正体です」
……ああ、そういうことか。
『秘密』っていう言葉に反応して赤くなったってことね。
「キスをしたのは、エリーヌが可愛いから。正体は言えない。以上」
「あっ、ちょっと……!」
これ以上話していると兵士に見られる恐れがある。
魔術禁書はエリーヌに託したんだし、俺は明日の魔王軍襲来まで近くの宿に身を隠していよう。
「ま、またいつか……いつか、お会いできますか!」
その場から消えた俺に懸命に声を掛けるエリーヌ。
また明日会うことになるけど、その時は君に声を掛けることは無い。
命を救われた皇女は、勇者と共に幸せに暮らすのだ。
それがお互いに一番幸せなことだって、すでに気付いているんだろう?
皇女エリーヌは勇者カズトを愛していた。
勇者カズトも皇女エリーヌを愛していた。
もうそれで十分だよ。
俺はその未来を守りたいだけ。
「……カズト様。私は……」
誰も居ない庭園で、皇女の囁きが風に乗り、消えた。




