028 俺にこんな格好をさせるとは、死にたいんでしょうかこいつは。【その2】
すべての競売が終了。
屋敷内では厳重な警備の中、金の受け渡しが行われている。
俺は檻に入れられたまま巨大な金庫室のような場所に放置プレイ。
ときおり扉が開き、黒服が一つまた一つと落札された競売品を金庫室から取り出している。
「出して」
「駄目だ」
もう何度同じやり取りをしただろう。
ただ『出して』というのもアレなので、四つん這いになって言ってみたり、胸元をチラ見させつつ言ってみたり。
色々なバリエーションを試したみたが、黒服は顔色一つ変えずに自らの仕事に勤しんでいる。
うん。
さすがに何の反応も無いとさびしい。
せっかくこれだけサービスしてるのに。
あらかた競売品が捌けた頃。
とうとう黒服が俺の傍に寄り自ら声を掛けてきた。
「シュナイゲル卿がお待ちだ」
「あ、ようやく俺の出番? 良かったぁ。もうポーズのネタが尽きてたんだよね」
「……」
俺を無視した黒服は、そのまま檻ごと俺を金庫室から持ち運ぶ。
もう一つの落札品である火の魔術禁書は別の場所に保管してあるらしい。
さすがにあれを俺と一緒に金庫室には入れないか。
「なあなあ、黒服さん。そのシュナイゲルっていう奴、相当な金持ちなんだろう? 10億Gなんて一国の王様でもすぐには出せない金額じゃね?」
「……」
誰もいない長い廊下には俺の声と檻についた車輪の音だけが木霊している。
無表情の黒服は俺の質問には答えず、そのまま次の部屋の扉の前まで到着した。
「瑠燕様。最後の落札品をお持ち致しました」
『そうか。入れ』
内側から扉が開き、俺は黒服と共に中へと入る。
軽く周囲を見回すと別の数人の黒服と、紫の軍服を着た数名の男が立っていた。
あれは確か、ゲヒルロハネス連邦国軍の軍服……?
「これで商品は揃いましたな。シュナイゲル卿が落札されたのは『無慈悲の像』、『宝緑石の瞳』、そしてこの『火の魔術禁書』と『女奴隷』……。合計落札価格は10億とんで8750万7000Gで御座います」
瑠燕が話しかけている恰幅のいい男。
こいつがシュナイゲル・アラモンドか。
「いいなぁ……いい感じだなぁ、女奴隷。僕、ワクワクしちゃうよ」
金を受け渡しつつ、俺を横目で見ている姿がすごく気持ち悪いです……。
ちょっと涎とか垂れてるし……。
これあかんやつや。
それぞれの商品を紫の軍服を着た男達が受け取る。
そして黒服がついに檻の鍵を開け、後ろ手に手錠を掛けられた俺をシュナイゲルに受け渡した。
「どうもー」
「シュナイゲル卿の前だぞ。口の利き方に気を付けろ」
「いいよ、瑠燕。僕、こういう気の強い感じの女の子、大好きだから。ふふふ」
不敵に笑ったシュナイゲルは俺の首筋に鼻を当て、クンクンと臭いを嗅いだ。
その瞬間、俺は全身に鳥肌が立ってしまう。
やばい。超キモい。
「……そうですか。では、受け渡しは完了です。その女も煮るなり焼くなりお好きになさってください」
金を数え終わった瑠燕は俺を一瞥し、受け渡し終了の合図を出した。
そのまま俺は軍服の男二名に抱えられ、競売品と共に部屋を後にした。
……さあて。
もうそろそろ体力が回復する頃だ。
このキモいおっさん卿にナニをされる前に火の魔術禁書と金を奪っておさらばしないとね。
◇
一時間後。
競売が行われていた屋敷から50ULほど離れた小さな宿場町。
客のほとんどが闇の競売を目的に外国から来る金持ちばかりの町だ。
その町にある豪勢な宿屋の一室。
俺は軍服の男に手渡された服を着て、シュナイゲルを待っている。
「……」
さきほどまで着ていたバニーガール姿から一変。
なんか秋葉原とかでレイヤーさんが着ていそうなコスプレ衣装に着替えさせられました。
「……またかよ。もういいよコスプレ」
まだ陽魔法の効果が切れていないとはいえ、こんな姿を仲間に見られたら黒歴史どころの騒ぎじゃない。
ホント良かった。ここが過去の世界で。
え? 今度はどんなコスプレか聞きたいって?
ええとね、ピンクの髪飾りと胸元が大きく開いたピンクのフリルみたいなやつと。
白いブーツみたいなのを穿かされているんだけど、両手も両足も鎖と錠で拘束されている姿です。
……うん。
「お待たせ、子猫ちゃん。……おお! 僕の好みにピッタリの格好だね!」
シュナイゲル卿、登場。
そしてすでにパンツ一丁の姿。
……うん。
これは――――ヤられる!!
「ええと、シュナイゲルさん」
「シュナくんって言って!」
「……ええと、シュナくん。俺と一緒に買ってくれた《火の魔術禁書》はどこに置いてあるの?」
俺は何とか吐き気を抑えて質問する。
その間もシュナイゲルは俺の傍に近づき、俺の太腿に手を伸ばそうとしている。
「うん。部屋の金庫に厳重にしまってあるよ。でもね、僕は別に魔術禁書なんかに興味はないんだ」
「……というと?」
ささっと手を逃れ、俺は後ろのベッドの上に避難。
しかしそれが却ってシュナイゲルを誘っているかのように受け取られてしまった。
俺氏、痛恨のミス。
「はぁはぁ……。いいかい、子猫ちゃん。魔術禁書というのは、それ一つで世界を動かせるくらいの力を持っているんだ……はぁはぁ……それに子猫ちゃんも気付いているんだろう? 僕と一緒に来ている軍服の男達……はぁはぁ……彼らはゲヒルロハネスの軍人さ。つまり火の魔術禁書は連邦国に渡されることになる」
興奮が抑えきれないのか。
今にも俺に覆い被さってきそうな勢いで俺に照準を絞っているシュナイゲル。
つまり連邦国も闇の競売の存在を知っておきながら、それを利用し、魔術禁書を手に入れようとしていたと。
それが魔法遺伝子の研究のためなのか、国益のためなのかは知らんけど、ひとつだけはっきりと言えることがある。
――どちらにせよ、腹の中は『真っ黒』っつうことだ。
「もう飽きた」
「……はい?」
俺の胸に手を伸ばそうとしていたシュナイゲルが静止する。
俺は軽くウインクをし、両手と両足を大の字に伸ばした。
「えーい!」
バキーン、というけたたましい音と共に鎖が粉々に破壊される。
もう何が何だかといった顔で口をパクパクとさせたまま、目を剥いているシュナイゲル。
「おっさんさぁ……。俺が可愛いのは認めるけど、奴隷として飼って自分好みの格好をさせて、色々しようっつうのはあかんな。NG」
「あ……ちょっ……待っ……」
「カズハ☆ぱーんち!」
「あぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
最小限に力を落とし、シュナイゲルの顔面をパンチ。
そのまま後方にすっ飛び、扉を破壊し、壁に激突。
あえなく撃沈した。
「さあて、火の魔術禁書を取り戻して、屋敷に行きますか」
体調は万全。
陽魔法の効果もすっかり消え、ようやく全力で動けるようになった。
「陽魔法もそうだけど、今の俺は魔法全般に弱そうだから気を付けないとなー。魔法詠唱が終わる前に瞬殺しないとだけど、まあ油断しなきゃやれるはず」
頬を軽く叩き気合を入れる。
さあ、お待ちかねの大暴れの時間だぜ!!