025 戦乙女カズハは盗賊になる決心をしました。
はーい。
というわけで、アゼルライムス帝国まで到着しましたー。
え? どうやってこんなに早くゲヒルロハネス連邦国からアゼルライムス帝国まで到着したかって?
決まってるじゃん。
海の上を走って渡ったんだよ。
高速船に乗るよりも、走ったほうが早いっつう、このチートっぷり!
いやぁ、ホントもう俺って人間じゃないね☆
「そういや最近レベルの確認してなかったなぁ。いまどれくらいまで伸びたんだろ」
港町のオーシャンウィバーにある野外レストランでパフェを食べながら、俺は自身のレベルを確認する。
俺の頭上に表示されたのは『1899』という数字。
「うわ……。またずいぶんとレベルが上がってんな。制限解除、恐るべし」
あれか。何度もゲス神様をぶっ飛ばしたり、魔王やラスボス魔王を倒したりしたからな。
そりゃ海の上を走って渡れるはずだわ。
綺麗にパフェを平らげた俺は、さっさと表示をオフにする。
一般人に見られたら、泡噴いて倒れちゃうかもしれないし。
「ちょっと早く着きすぎちゃったし、王都が襲来されるまでどおすっかなぁ。エーテルクランの闘技大会も終わっちゃってるはずだし、どうにか短時間で金を稼ぐ方法を考えないと」
気持ちばっかり焦っていたって仕方がない。
エリーヌは絶対に助けるんだし、魔王をぶっ飛ばして元の世界にも必ず帰る。
元の世界で今、最も足りていないもの。
それは『お金』だ。
「城の修繕費とか、最果ての街の職人さんのお給料とかも払わないといけないし……。でも世界中から嫌われちまってるから、経済制裁くらっちまって財源が底を突いちゃってるもんな、俺の国。はぁ……」
というわけで、金を稼ぎたいです。
どうしたら短い時間で大金が手に入りますかね。
……身体売っちゃう?
どこかの金持ちに取り入るとか。
「……想像しただけで吐き気がしてきた」
そんなことをしても、大した金は手に入らない。
……盗むか?
世界各国の城に忍び込んで、片っ端から宝箱を回収するとか?
「あかん。ここは過去の世界だから、未来に戻ったらめっちゃ歴史が変わっちゃいそう」
あまり目立たず、騒がず。
かつ未来にあまり影響を及ぼさない程度に荒稼ぎする方法……。
うーん……。
「…………何も、思いつかねぇ」
エリーヌやグラハム、リリィを助けるだけでも、どう未来に影響するか分からんし。
やっぱ大人しくしているしか無いんだろうか……。
……。
…………。
「あ、いいこと思いついた。確か、この世界にも闇ブローカーっていたよな……」
当時、噂だけは聞いていたのでこの世界にも存在するはずだ。
ラクシャディア共和国の和漢で秘密裏に行われている闇取引。
「闇ブローカーだったら身分を隠して参加できるし、いざとなっても俺なら死ぬこともないし。あとは出品させる盗品を何にするかってだけで……。…………」
……ヤバい。
思いついちゃった。
あるじゃん。
めっちゃ高値で売れそうなものが。
「………………火の魔術禁書。売っちゃう?」
これだ。これしかない。
たぶん闇取引でオークションにかければ、2000万、いや5000万Gくらいで落札されるかもしれない。
で、ヤバそうな奴の手に渡るんだったら、金が手に入ったらすぐに奪い返せばいいし。
それならきっと未来に影響も少ないだろ!
どうせ他から奪った汚い金なんだろうし!
「よし! 決定! さっそく王都に行って、勇者像の下から火の魔術禁書をパクってこよう!」
王都襲来までは、およそ三日。
さっさと魔術禁書を見つけて、ラクシャディア共和国の和漢に向かうぜ!
◇
「……失礼しまーす」
オーシャンウィバーで購入した黒ずくめの衣装に着替えた俺。
以前付けていたような黒の眼帯で片目を隠し、身も心も完全に盗賊になりました。
だいぶ伸びた髪も後ろで縛ったし、変装は完璧。
……まあ、この世界にいる奴で俺のことを知っている人間なんていないんだろうけど。
でも、もしも顔バレしたら未来に影響するかもしれないからね。
ユウリのように記憶を継続している奴が他にいるかも知れないんだし。
王都アルルゼクトにあるアゼルライムス城の裏手から内部に侵入。
警備兵に見つからないように中庭にある庭園に向かい。
その中央に聳え立つ大聖堂まで最新の注意を払いながら進む。
「……誰もいませんねー」
普段、この大聖堂に人は立ち寄らない。
だからこそ俺は1周目の世界で、ここをサボり場として活用していたのだから。
忍び足で大聖堂の前に悠然と立っているオルガン像へと近づく。
この像の下に火の魔術禁書が隠されているのだ。
「んしょっと……。ええと……あ。あったあった。この錆びた鉄箱を開ければ――」
「そこで何をされているのですか?」
「うわ!」
いきなり後ろから声を掛けられ、心臓が止まるかと思いました。
ていうか、俺に気配を悟られずに近づけるってことは、まさか……。
「ここは聖なる場所です。そして、その像はこの世界を見守る守り神。立ち去りなさい。今なら見逃してあげましょう」
陰魔法の《隠密》を解除させた声の持ち主。
この国の皇女、エリーヌ・アゼルライムス。
俺は両手を上げ、ゆっくりと振り返る。
「……あら? 女性の方でしたか。事情は分かりませんが、今すぐここから…………!?」
一瞬で彼女の前に高速移動し、そして彼女の唇を奪った。
何が起きたのか理解できないまま、目を丸くして硬直しているエリーヌ。
数秒間の接吻の後、俺は唇を離し、彼女に告げた。
「……絶対に助けるから。過去も未来も関係ない。お前がいてくれたから、俺は強くなれたんだ」
「な……にを? 貴女は一体……」
頬を紅潮させ、エリーヌはその場に膝から崩れてしまった。
きっとこれが彼女のファーストキスだったのだろう。
『1周目の俺』には悪いが、たぶん今のお前よりも俺のほうが遥かにエリーヌを愛している。
だから、彼女を死なせない。
俺は何も失わない。
「ごめんな。ちょいと借りてくよ。またすぐ会いに来るから、エリーヌ」
「あ……」
彼女の言葉を聞くこともなく。
俺は大きく跳躍し、大聖堂を後にした。
さあ、お次はラクシャディア共和国だ。
今の俺なら半日も掛からずに和漢に辿り着ける。