023 未来が変わろうと俺には知ったこっちゃありません。
セクハラ爺さんから解放され、服を着て研究所を立ち去る俺。
そして背後を振り返り、さきほどの爺さんの言葉を脳内で反芻する。
『失った属性を取り戻すために必要なもの。それは――』
「あのセクハラじじい、ボケてんじゃねぇのか……? それともやっぱり俺の裸を見るのが目的で……」
どちらにせよ、もうこの施設に顔を出すことは無いだろう。
おいしい話には、必ず裏があるものだ。
俺は元々このアークランドの研究施設が好きではない。
ユリィにも子供を託したし、俺は元の世界に戻る方法を考えることにしよう。
「あの婆さんが魔王の手下の生き残りだったとして……。俺を過去の世界に飛ばしたってことは、やっぱこの世界に俺を封じるためってのが理由か」
俺は魔王を倒した後の世界を知らない。
あの婆さんが3周目限定で出現した魔族なのか、それとも1周目から出没する奴なのか。
その辺は考えたところで分からないことなので置いておいて。
「マジでどうすっかなぁ……。アゼルライムスにでも渡ってエリーヌあたりに事情を説明して相談に乗ってもらう――」
ここでふと思考が止まる。
今は一体、1周目のどの時期なのだろうと。
昼間のユリィの言葉を思い出す。
この世界の俺が勇者に内定したのが、つい先日の話――。
だとすると、次に起こるイベントは――。
「……おいおい。まさか、これが狙いだっていうのかよ……あの魔女ばばあ……」
徐々に心臓の鼓動が高鳴る。
魔女の目的。
それが俺を苦しめることだとしたら、この時期は絶好の時期だ。
「研究所の爺さんの提案も、全て計算ずくってことかよ。おい、ばばあ! 聞こえているんだろう!」
俺は空に向かい叫ぶ。
しばらく何も聞こえてこなかったが、少し経った後、脳内に言葉が流れ込んできた。
『ご明察じゃな、戦乙女カズハ・アックスプラントよ』
「……やっぱ監視してたんじゃねぇか。このクソばばあが……!」
俺の心を弄び。
俺の過去を愚弄する魔女。
今すぐにでもぶっとばしてやりたい衝動に駆られる。
『戦乙女よ。お前は何か勘違いをしているようじゃが、ワシは魔王の部下でも何でもない。太古の昔よりあの森に住んでおる魔女じゃ。そしてこれは、邪魔な魔王を打ち倒してくれたお主に対する褒美じゃて』
「褒美? 嘘吐け! だったら今すぐに元の世界に戻せよ!」
魔女の真意が読めず、俺はイライラを募らせ叫んでしまう。
いかん。
これでは完全に魔女の手の内ではないか。
落ち着け、落ち着くんだ、俺……!
『元の世界に戻るルールは簡単じゃ。再びこの世界に君臨する魔王を倒せば良い。倒した後に魔王の口から宝玉が零れ落ちるじゃろう。その光を浴びれば、お主は元の世界の、あの森に戻れる。簡単じゃろう?』
「……ちっ。このクソばばあ、わざと言ってやがるだろう……!」
俺が焦る理由。
そしてこの後、クソばばあが出してくるであろう条件――。
『今のおぬしで魔王を倒すことは雑作ない。だから条件をつけようか。おぬしは直接、魔王を倒してはならん。素性を隠し、勇者のパーティの一員となり、魔王討伐の補佐をする』
「やっぱりな……! そしてもう一つ、条件とやらがあるんだろうが!」
魔女の言葉を先読みした俺は空に向かい叫ぶ。
『ふぉっふぉっふぉ。おぬしも鋭いな。……そうじゃ。おぬしはあくまで、勇者カズトを助けるのみ。すなわち、魔王軍により惨殺されるエリーヌ・アゼルライムス皇女や魔王に惨殺されるグラハム・エドリード、リリィ・ゼアルロッド。この三名を助けてはならんというわけじゃ』
予想通りの魔女の言葉。
当時の光景が脳裏に浮かぶ。
力及ばず助けられなかった、エリーヌの無残な姿が。
俺の盾となり魔王の刃に貫かれたグラハムの姿が。
命と引き換えに最後の魔力を振り絞るも、それをはじかれ命を落としたリリィの姿が――。
『ここは過去の世界。むやみに歴史を変えてはならん。変えてしまえばどうなるのか、おぬしなら分かるじゃろう?』
「……」
俺は何も答えない。
これ以上この魔女に、俺の心を掻き回されたくない。
『クリア報酬は、先ほどの研究員が告げた二つの得意属性の復活じゃ。そのためのクエストも今のおぬしなら容易に達成することができるじゃろう。さあ、ゆけ。繰り返しの世界の締めくくりに、過去の因縁と正面から向き合うのじゃ』
「……勝手なことを言いやがって」
俺は呟く。
もう、俺は決めたんだ。
ここが過去の世界だろうが、未来の世界だろうが。
誰も見捨てないって。
誰も失わないって。
「魔王を倒せば、元の世界に戻れるんだよな。いいぜ、待ってろよ。戻ったらてめぇをまっさきにぶん殴ってやるからな」
『……待て。まさか、おぬし――』
「うるせぇ!! さっさと消えろ!! このクソばばあが!!!」
天に向かい大声で叫ぶ。
俺の闘気が空気を振動させ、辺り一面の壁やガラスが砕け散った。
『――――。――――――』
魔女の魔力が破壊されたのか。
もうばばあの声は俺には届かない。
肩を回し、首の骨を軽く鳴らした俺は、アークランドの正門を目指す。
ここから南西にある港町のガイトに向かうためだ。
そこから船に乗り、アゼルライムス帝国に渡る。
「……久々にイライラしてるな、俺。『過去を改変すれば、未来が変わる』? 知らねぇなぁ、そんなこと」
歩きながら近くの木を殴りつけた。
折れるどころか一瞬で消滅してしまった木。
すまん、ただの八つ当たりだ。
あとで森林破壊については、大いに反省します。
再び俺の脳内に研究所のじじいの言葉が蘇る。
消失した《火》と《陰》の属性を復活させるために必要なもの。
それは《火の魔術禁書》と《陰の魔術禁書》らしい。
そして俺は二つとも在り処を知っている。
《火の魔術禁書》はアゼルライムス帝国の王都アルルゼクト。
その大聖堂に祭ってある偉大な勇者『炎のオルガン』像の下に隠されている。
そして、もう一つの《陰の魔術禁書》――。
「……絶対に、死なせねぇよ。エリーヌ」
――それは、皇女エリーヌの体内。
彼女が死ぬことにより、体内に宿る陰属性が禁書に吸収され。
それを触媒として本来の力を取り戻し、この世に出現するという悪魔のような装置。
彼女は知らない。
自身にそのような呪いが掛けられていることを。
生まれたときから禁書を隠すための道具として利用されている事実を。
これは王の命ではなく、王妃を中心に極秘裏に進められた計画。
冷徹王妃と言われた、今は亡きエリーヌの母の残した我が子に対する呪い。
俺の目の前で無残に殺され、その禁書を手にしたときの俺の気持ちが、お前に分かるのかよ、魔女。
その禁書を使い、消失した陰魔法を取り戻せと?
過去の出来事だから見過ごして、未来のために役立たせろと?
――はっきり言うぜ、魔女。
俺は誰の命令も聞かない。
俺自身の手で、俺の人生を掴みとってやる。
「よーし。気合入ってきたぜ……! いっちょ、やったるか!!」
向かう先はアゼルライムス帝国――。




