022 俺はどこの世界に行っても裸にされるんですね。
ゲヒルロハネス連邦国、魔法都市アークランド。
ユリィのいる研究所とは、魔法遺伝子の研究をしているあの研究所のことだ。
魔法遺伝子研究の先駆者である古代の知勇アーザイムへレストを信仰するこの国で、数百年ぶりに発見された13番目の属性、《無属性》。
しかしこの13番目の属性が発見されたのは、3周目限定の出来事なのでちょっと色々ややこしいんだけど……。
「あううー」
「はいはい、すぐにお母さんに会わせてやっから、もうちょい我慢して」
セルシアを抱っこしたまま、俺は中央通りを西へと進む。
そしてすぐに目的の研究所を発見した。
「すいませーん」
研究施設の扉を開き、建物の中に入る。
そういえば以前来たときはデボルグと一緒に研究員として変装して潜入捜査をしたんだっけ。
まああのときは3周目だから、さすがに同じ人間とはそうそう会わな――。
「おや、その子はセルシアではないか。君はユリィ君の知り合いかね」
来訪者に気付き声を掛けてきたのは白衣を着た白髪の爺さんだ。
……あれ、前もこの爺さんに声を掛けられなかったっけ?
「? 何かね。私の顔に何か付いているのかね」
「……あ、いや、何でもないです」
爺さんの顔をガン見してたら怪しまれてしまう。
今日は別に悪いことをしに来たわけじゃないんだから、素直に事情を説明しよう。
「……なるほど。ユリィ君ならサンプル保管室にいるはずだ。この通路をまっすぐに行って、一番奥の部屋に向かうといい」
「あうー」
爺さんが説明するとセルシアが嬉しそうな顔をして手を伸ばした。
もう何度もこの研究室に連れてこられているんだろう。
爺さんもまんざらではない顔をしているし。
「ありがとうございまーす。それじゃ俺はこの子を届けてきますのでー」
「……ちょっと待ちなさい」
「へ?」
爺さんに礼を言ってその場を離れようとした俺を呼び止めた爺さん。
そして今度は俺の顔をめっちゃガン見している。
……さっきの仕返しとかかな。
「その目の色……。……こほん。ユリィにセルシアを預けたら、私の部屋まで来てくれないか」
「……はい?」
いきなり爺さんに誘われました。
ごめん、俺そういう趣味とかまったく無いんだけど。
「いいから。何も取って食うわけではない。君の身体を少し調べさせてもらいたくてね」
「はぁ」
……あれか。
身体中ベタベタ触ってセクハラプレイでもする気か、この爺さん。
いい歳こいてお医者さんごっこなんて、なかなかの大物だな。
とりあえず適当に返事だけしておいて無視しよう。
軽く返答だけした俺は、そのままサンプル室へと向かった。
◇
「失礼しまーす。入りまーす」
扉をノックし、サンプル室へと入る。
いくつか研究用のテーブルが並んでいるその場所で、真剣に資料を見つめていたユリィを発見。
「あうー」
「あら、セルシア。それにカズハさん……」
ようやくこちらに気付いた様子のユリィ。
よほど真剣に資料と格闘していたのか、ノックの音も聞こえなかったみたいだ。
「ごめんな、ユリィさん。セルシアがもうお腹空いちゃったみたいで」
ここに来た事情を説明し、セルシアをユリィに託す。
とりあえずこれでミッション終了。
あのセクハラ爺さんに見つかる前にこの研究室を去って、元の世界に戻る方法を考えないと。
少しだけユリィと雑談を交わし、このままセルシアはここに預けていくことに決定。
大して子守りが出来なかったけど、またおっぱいをせがまれても困るのでユリィさんお願いしますね。
「お夕飯も食べていかれますよね? 何が良いですか?」
部屋を出ていこうとした俺にそう声を掛けたユリィ。
このまま黙ってさよならをしようと思っていた俺に先制パンチが直撃する。
「……あ、ええと、温かいものが食べたい……です」
「温かいものですね。ではシチューを作りましょう。仕事が終わったら買い物に寄ってから帰りますので、それまで自由にしていてくださいね」
「……ありがとう、ユリィさん」
彼女に礼を言った俺は、振り返らずに部屋を後にした。
ああは言ったが、もう家に戻るつもりはない。
――ここは俺のいるべき世界ではないのだから。
「……さて、どうすっかぁ」
長い廊下を歩き、今後の計画を練る。
まずはあの魔女ばばあだ。
どんな魔法を使ったかは知らないが、俺を過去の世界に飛ばして何をさせようというのか。
目的は何だ?
俺を過去の世界に封じるためか?
『魔女』ということは魔族の一員だろう。
魔王を倒した俺に対する恨みか?
「おい、君。どこに行こうというのだ」
「うーん……。うーーーーん……」
「聞こえているのかね。私の部屋に来るように言っておいただろう」
「……うん?」
後ろから話しかけられていることに気付き振り向く。
やべ!
考えごとしてたら、さっきの爺さんに見つかっちまった!
「もう君の用は済んだのだろう? ではこのまま私の研究室に来なさい」
「あ、ちょっと! やめろ! 俺はそんな趣味は無いっつうの!」
「? 何を言っているのだ君は。少し気になることがあるから身体検査をすると言っておいただろう」
俺の腕を引き、強引に部屋に連れ込もうとする爺さん。
「そんなこと言って、えっちなことするつもりだろ!」
「……君は何か勘違いをしていないかね。君のその目……。恐らく君は属性の一部を失っているのだろう?」
「……へ?」
俺は目を丸くして爺さんを見つめます。
属性の一部を失っているって……え?
それって、俺の《火属性》と《陰属性》のことか?
「その顔は思い当たる節がある顔だね。とにかく検査をするから来なさい」
そのままとある部屋の扉を開いた爺さん。
俺は何が何だか分からない状態のまま、あれよあれよと寝台まで引っ張り込まれます。
「そこに寝て。大きく深呼吸をして、リラックスをしなさい」
有無を言わさず爺さんは俺に命令する。
なんかもう逆らえない雰囲気になっちゃってるし……。
まあいいや。
万が一のときは、どうにかなるだろ。
爺さんの言う通り、俺は寝台に寝転がった。
そして衣服を脱がされた。
「……爺さん?」
「検査と言っているだろう。邪魔な衣服があると魔法遺伝子の精査に影響をきたす」
「……あそう」
もう勝手にしてください……。
手際よく俺の上着を脱がしていく爺さん。
流石にパンツまでは脱がされなかったけど、上半身は裸にされました。
これで本当にセクハラだったら、俺はきっと爺さんを殺す。
両腕と両肩、両わき腹に何かのコードみたいなのを取り付けられました。
そして機械のゴーグルのようなものを俺の顔の上に設置。
「眩しいかもしれないが、しばらく瞬きを我慢しなさい」
爺さんがそう言った直後、機械から俺の目に向かい眩い光が照射される。
「目がー! 目が潰れるー!」
「瞬きをするなと言っているだろう。そんなに大げさに騒がなくてもすぐに済む」
「……むい」
厳しい口調で怒られたので、しばらく瞬きを我慢します。
……あれ?
なんか、見えてきた……?
「君にも見えるだろう。それが魔法遺伝子の『核』だ。視神経と魔力は密接な関係がある。そこに上半身に流れる六つの魔法脈が繋がり魔力を増幅させる。分かるかね?」
「……全然分かりません」
俺は正直にそう答えました。
確か前にリリィ先生の講義で聞いた気がするけど、ほとんど寝てたから覚えていません。
「……今見えている『核』に二つの型があるだろう。楕円形のものと菱形のものだ。見えるかね」
「あ、それは見えます。めっちゃあります」
俺の視野に映っているのは、虫の卵の集まりみたいな気持ち悪い二種類の塊。
それがうようよと蠢いていて、まるで意識を持っているかのように縦横無尽に動き回っている。
「楕円形のものが、いわゆる『得意属性』の魔法核だ。そして菱形のものが『弱点属性』の魔法核」
「ほうほう」
「菱形のものに二つの色があるのが見えるかね」
「あ、はい。白と黒です」
「白は『光』、黒は『闇』だ。これで君の弱点属性が『光』と『闇』だということが分かる」
「おー」
だんだん飽きてきた俺は適当に返事をする。
この爺さんはこんなものを見たいがために俺を上半身裸にしたのだろうか。
「楕円形のものは何色が見える?」
「何も見えませーん。透明でーす」
「……それがすなわち、君の二つの得意属性が消失しているという証だ。私も属性消失実験では何度も見ているが、実際の人間で消失者を見るのは初めてだよ」
少し興奮気味にそう話した爺さんは、やっと光の照射を止めてくれた。
あー、眩しかったぁ。
「もういいですか。服着てもいいですか」
「まだだ。君はいいのかね。このままで」
「へ?」
目を瞬かせながら俺は素っ頓狂な声を上げる。
『このままでいいのか』って聞かれても、何て答えたらいいのか分からないんですけど。
そして爺さんはこう続けた。
「君が失った二つの得意属性――。それらを取り戻す方法があると言ったら……君はどうする?」
「………………はい?」
 




