021 ここがどこなのか分かりました。
「お味はいかがですか? 少し薄味でしょうか」
「ううん、ちょうどいい。美味しい」
「そうですか。良かったです」
質素ながらも美味しい手料理を御馳走になりました。
赤子もすっかり眠りについて、今は食後のティータイムと洒落こもう――。
「……じゃなくて! メシ驕ってくれてありがとう! ちょっと色々質問とかいいかな!」
「?」
目を丸くしているユウリ――否、ユリィ・ナシャーク。
ユウリの面影が少しだけ残っているが、今の彼女は完全に女性だ。
だってさっき子供にお乳をあげてたし。
「あのですね、ユリィさん。俺のこと覚えていないですか?」
「? どこかでお会いしましたっけ。……すいません。記憶力は良いほうだと思うのですけれど」
紅茶を淹れながらすまなそうにそう言ったユリィ。
記憶は継続していない、か……。
ならば――。
「最近変なこととか起きませんでした? ええと、例えば……何度も人生をループしている、とか」
「人生を……ループ? ふふ、面白いことを仰るのですね。……あ、ええと」
「ああ、ごめんごめん。俺はカズハ。カズハ・アックスプラントっていうんだ。よろしく」
メシ驕ってもらったくせに、まだ名乗っていなかったことに気付く。
……俺だけ記憶を継続してるのって、何周目になってもメンドクセェ。
――でも、おかしい。
もしもこの世界が4周目なのだとしたら。
3周目までずっと記憶を継続していたユリィが、今回は何も憶えていないというのはどうにも納得がいかない。
「……カズハ・アックスプラント。もしかして、貴女は先日アゼルライムス帝国で『勇者』に内定された、カズト・アックスプラント様のご親戚なのでしょうか?」
「…………え」
今、なんつった……?
勇者カズト・アックスプラント……?
「でも確か勇者カズト様のご家族はアゼルライムスに住まわれている母君だけだと聞きましたが……。それに貴女は私と同じ女性。きっと男尊女卑のあの国から逃げてこられただけなのでしょうね」
「……へ? あ、うん。まあ、そんな感じ、かな」
もろに動揺丸出しでそれだけ答える俺。
マジで待って。
ちょっと頭の中を整理させて。
「あ、いけない。そろそろ研究室に戻らないといけないので……。この家は好きに使って下さい。セルシアもすっかり貴女に慣れてしまったみたいで、こんなにぐっすりと眠ってくれていますし」
俺の座るすぐ横の台の上でゆりかごに揺られ、気持ち良さそうに寝ているセルシア。
さっきは俺が大声を出しちゃったからビックリしただけっぽい。
「あのー、ユリィさん……。いいんですか? こんな見ず知らずの俺なんかに、大事な子供がいる家を好きに使わせちゃっても……」
記憶を継続しているのならばまだしも、彼女は何も憶えていないのだ。
それもそのはず。
だってたぶん、この世界は――。
「ふふ、そうですね……。どうしてでしょう。女の直感というか、きっと貴女だったら大丈夫だって思えるんです。それに無償、というわけでもないんですよ。私が帰るまでセルシアの面倒を見てもらおうという腹づもりですからね」
「あー……なるほど」
鋭い視線を俺に向け、にこりと笑ったユリィ。
なるほど。
確かにこういう目はユウリもたまにするよね。
あの『全てを見透かしてます』的な目。
やっぱユウリだ、この子。
「何かあったら研究室のほうまで来てください。場所は――」
研究室のある場所をメモに書き、彼女は家を出ていった。
まあ、聞かなくても場所は知っているんだけど……一応ね。
「…………さて」
食後の紅茶を飲み干し、俺はセルシアの頬をつんつんしながら頭の中を整理する。
記憶を継続していないユリィ。
性別が女のまま、この世界に来た俺。
勇者に内定したばかりの『カズト・アックスプラント』の存在。
男尊女卑を引きずったままのアゼルライムス帝国――。
――そして決定的なのは、ユリィが世界のループを知らないという現状。
「まいったなぁ。あの魔女ばばあ……俺を最初の世界に飛ばしやがったってわけかよ……」
最初の世界。
つまりここは、俺が現代の世界から初めて飛ばされてきた、1周目の世界――。
「だあああぁ! どうすんだよ! どうやって元の世界に戻ればいいの! ていうか、俺が二人もいたんじゃ話がややこしくなるだろ!!」
「オギャア! オギャア!」
「あ、やべ! せっかく寝てたのに起こしちまった! はーい、よちよちー。ごめんねー。はいはい、抱っこ抱っこー」
泣きやまないセルシアを抱きかかえ、あやす俺。
変顔してみたり、高い高いしてみたり。
「あうー、あううー」
しばらくするとご機嫌になってくれたセルシア。
でもなぜか俺の胸をまさぐり始めました。
「……いや、俺母乳とか出ないから。ていうかさっきユリィからもらったばかりだろう!」
「あううー、あううー」
「え? マジで? もうお腹空いたの? …………どうすんの? え、どうすんの……?」
……セルシアが俺の目を真剣に見つめている。
いやいやいや、そんな目で見られても困るがな。
「……」
「…………あう」
……うん。
『出せ』って言った、今。
赤子の言葉とか分からない俺だけど、これだけは分かった。
「……」
どうしよう。
いや、どうしようとか考えている自分が怖い。
出るわけない。
とりあえずダッシュで研究室まで向かおう。
――というわけで。
俺は謎の魔女ばばあに過去の世界に飛ばされて、赤子に乳を飲ませろとせがまれたところからスタートしました。




