020 どういうことなのか説明して下さい。
「ルンタッター♪ ルンタッター♪」
軽くスキップをしながら魔族の領土の奥深くへと向かう。
人間族の土地との境にあるデモンズブリッジと魔王城はそんなに距離が離れていないのだけれど、ここから先は未開の土地。
ここは女王自ら探索するに越したことはない。
うん。
「とりあえず直線でどこまで領土があるのか調べてみっか」
城の屋上からの目測ではおよそ5000ULくらいだってゼギウスの爺さんは言っていた。
ならば今の俺が全力で走れば一時間もあれば端まで到着するだろう。
「《フリート・ブラスト》」
フリースキルである俊足特化スキルを発動。
今まであまり使ったことのない初期スキルだったけど、今の俺だったらこういう単純なスキルのほうが効果が高くなることを最近知りました。
なんたって筋肉女王だからな!
「よーーーーーい…………どん!」
地面を蹴り、音速レベルで深い森を駆け抜ける。
途中で木にぶつかってもなんのその。
全ての障害物をなぎ倒し、俺は城の北方面へと駆け抜けていく。
「意外に痛い! 特に木の枝とか目に刺さるとさすがに厳しい!」
誰もいない森の中で俺の叫び声だけが木霊する。
たまには一人っていうのも良いもんだよね。
皆からディスられることもないし、迷惑をかけて怒られることもないし。
思い返せば、この3周目の世界で俺は一体どれだけの人々に怒られ続けてきたのか。
考えるだけでも鬱になりそう……。
「気にしない! 俺、これまでの長い人生でそういうの気にしないことにしたんだからっ!」
言いながら大きく跳躍する。
振り返るとすでにかなり遠ざかった魔王城やデモンズブリッジ、それに最果ての街や精霊の丘などが見える。
再び前方に視線を移し、領土の果てを確認する。
「んん~~? あれ……? 端っこのほうは霧で覆われてんのか……」
城から目視しただけでは確認できなかったが、どうやら領土の果ては全て深い霧で覆われている様だ。
それも普通の霧ではなさそう。
だってそこから先の土地とか海とか、全然見えないんですもの。
「うーん。魔族の領土の先って、地図的にはどの国と近かったっけ……」
落下しながら顎に手を置き考える。
南にはアゼルライムス帝国があり、最果ての街の先にあるデモンズブリッジを超えれば魔族の領土なのは分かっている。
位置的にはユーフラテス公国がこの先に見えても良いはずなんだけど、でもユーフラテスから南側にあんな霧なんて見えたっけ……?
「まあいっか。行ってみれば分かるだろ」
地面に着地した瞬間、周囲5ULほどのクレーターが出来ました。
俺は隕石か。
今度職人さん達に穴を埋めてもらおう……。
そして再びダッシュ。
俺は最短で領土の端へと向かった
◇
一時間後――。
「よーし。ぴったり一時間! ……ていうか、何にも見えねぇなここ……」
領土の端らしき深い霧の前まで到着しました。
でも直前まで来ても向う側がまったく確認できません。
「どうなってんだよこれ。今まで聞いたことないんだけど。この博識カズハちゃんでさえ」
とりあえず霧に手を伸ばしてみる。
もしかしたら魔王が消滅した影響で発生したものかもしれないし、きちんと調べておかないとね。
「うーん。別に魔力を吸い取られるとかもないし、普通の霧――」
むんずっ。
「あれ? なんかあるぞ、ここ」
伸ばした手の先に何かが触れ、条件反射でそれを掴みました。
何かの布みたいな感じ……?
とりあえず引っ張ってみよう。
「えいっ」
「……」
「……」
霧の中から引っ張り出したのは――。
「………………誰?」
つい、そう呟いてしまいました。
いやだって、俺に首根っこを掴まれている奴が何も言わずに俺を恨めしそうに見上げているんですもの。
「……お前こそ何者じゃ。人が飯を食っている最中に」
俺の手にぶら下がっているのは、小汚い格好をしている婆さんでした。
なんかイモリの丸焼きみたいなのを食べている最中に俺が捕まえちゃったみたい。
「人に名を聞くときは自分から名乗るべきだぜ、小汚い婆さん」
「小汚いは余計じゃ。婆さんなのは認めよう」
俺の手を払い、ちょこんと地面に降りた婆さん。
やたらとデカい三角帽子みたいなのを被っているところを見ると、魔法使いかなんかだと予想はつくんだけど……。
「……ほう? ……お主が、そうなのか」
「……はい?」
イモリみたいなのを食べ終わった婆さんは、俺の全身を確認するなり、そう呟いた。
その言葉の意味を聞こうと口を開きかけた瞬間――。
ドンッ――。
「ほえ?」
「行ってこい。地獄の輪廻から解放された若き元勇者よ」
いきなり背中を押され、俺は霧の中に潜り込みました。
何すんだよ! このクソばばぁ!
……?
あれ、霧から出ようとしても、出られない……?
なんだ、これ……。
『……ああ、そうじゃった。名乗るのを忘れておったな。ワシはこの森の魔女じゃ。永遠の時を生きる魔女――。おぬしがここに来る日を、ずっと待っておったよ……』
婆さんの声が遠くに聞こえる。
ちょっと待ってちょっと待って。
話が急すぎてまったく付いていけない。
「おい婆さん! 何でもいいからここから出して! ……あ……なんか……眠くなってきて……」
――そこで俺の意識は途絶えてしまった。
◇
「ん……」
目を覚ます。
周囲を見回すとどうやらここがどこかの宿だと分かる。
……宿?
「何なんだよ一体……。あの婆さんは……?」
「オギャア!」
「うわ! ビックリした!」
いきなり赤子の泣き声が聞こえて心臓が止まるかと思いました……。
起き上がりゆりかごの中にいる赤子を確認してみます。
「……うん? あれ、この子って確か――」
そこまで言いかけた後、部屋の扉が開く。
「ああ、起きていらっしゃったのですね。ビックリしましたよ。うちの研究室の前で気を失っていらしたので……」
「……」
俺は絶句する。
ていうか、目が点になっちゃいました。
「オギャア! オギャア!」
「もう、セルシアったら……。すいません、この子が貴女を起こしてしまったみたいで……」
泣き叫ぶ赤子を抱き、幸せそうな表情を向けた一人の女性――。
もう俺は何が何だか。
「あ……。すいません、申し遅れました。私はこの街で錬金術師をしております、ユリィ・ナシャークと申します。差支えなければ、貴女のお名前も――」
彼女の言葉が耳に入ってこない。
というか、たぶん俺の脳が麻痺しちゃっているのだろう。
うん。
ちょっと聞いてもいいかな。
――ここって…………一体どこですか?