016 さすがの俺も今回ばかりは疲れました。
「う……」
眩暈と吐き気に襲われ目覚める。
重い身体を起こし周囲に視線を走らせる。
『ぐ……。何者だ貴様……。この我の最強魔法を打ち消すとは……』
「げぇ……。まだ生きてんのかよお前……」
渾身の一撃を喰らわせたのにまだ息があるラスボス魔王。
もう一撃見舞ってやろうにも、両腕にまったく力が入らない。
これじゃあの巨大な剣を振り回すことも、そこに落ちている二刀を拾うこともままならない。
『くく……くははは! その傷ではもうまともに戦うことはできまい……! だが我はこの奈落に満ちた闇の力ですぐに回復するぞ……!』
「うそーん!」
そんなんチートだろ!
どんだけヤバいんだよ! このラスボス魔王は!
「あー、こりゃ俺死んだかなぁ。でもまあ、結構充実した異世界生活だったから、それも仕方ないかなぁ」
立っているのも辛くなり、その場に大の字で倒れ込んだ。
何度も何度もループして、俺は一体この異世界で何年人生を歩んでいるんだろうとか考えてしまう。
最初は、そりゃ辛いこととかいっぱいあった。
エリーヌは死んじまうし、グラハムやリリィも死んじまうし。
魔王倒して元の世界に戻れるかと思えば、俺だけ記憶と強さを継続して『始まりの街』から再スタートになっちまうし。
――もう、いいか。
結構俺、頑張ってきた気がするし。
みんな、ごめんな。
このまま俺が死んで、ラスボス魔王がこの世界を支配して――。
「……いいわけ、ないよな」
もう一度全身を震わせ半身を起こす。
せめてこのラスボス魔王だけでも、この奈落に封じたままにしたい。
『立ち上がっても貴様にはどうすることも出来んぞ……! この世界は我が支配する……!』
「そうはいくかよ。お前は俺と一緒に、永久にこの奈落に封じられるんだ」
俺に残されたのは、もうこの『命』しかない。
これを糧に消失した俺の中の陰魔法を一度だけでも使えれば――。
『まさか――』
俺はウインドウを開き、すでに消滅している陰魔法の欄を表示させる。
当然何度押しても魔法は発動せず、ただ空を叩くばかりだ。
でも――。
「俺の命と交換だ。頼む。最後に一度だけ陰魔法を使わせてくれ、神様……!!」
内に秘めた闘気を高め、命を燃やす。
人生最後の頼みくらい、神様も聞いてくれるだろう。
俺の全身を消失したはずの陰の魔力が覆っていく。
全身の血が逆流し、内臓や骨が捻じれていくような、想像を絶する痛みが全身に広がっていく。
みんなに謝るのは、あの世からでいいや。
きっと分かってくれるだろ、あいつらなら。
「――その願いは聞き入れらんねぇな」
「へ……?」
空耳かと思ったが、それは違った。
俺とラスボス魔王の前に立ちはだかった一人の人物。
『だ、誰だ……!!』
「お前みたいな死にぞこないに名乗る名はねぇ。死ねよ、魔王」
猟奇的な笑みを浮かべ、両腕を天に翳し、全ての魔力を解放する男――。
「ゲイル!!」
「勘違いすんなよ。俺は元勇者で、外には俺の大事な妹もいる。てめぇのためじゃねぇ。俺のためだ」
氷の禁術。闇の禁術。気の禁術。
それら全てを同時に発動し、三色の魔力が上空に渦巻いていく。
『我は世界を破滅させる魔王……!! こんな場所で下等生物に命を奪われるなど……!!』
「俺は神だ。神に殺されるのならば本望だろう。じゃあな――」
三色の魔力は一つに集まり。
そして天から舞い降りた光は瀕死の魔王目がけて急降下し――。
『ぐ……ぐぐぐ…………ぐああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
――魔王の身体は徐々に光に溶かされ。
最後には欠片も残さずに消滅していったのだった――。
◇
「倒……した……?」
ラスボス魔王の断末魔の叫びにより奈落が崩壊していく。
その傍らで消滅したあとに出現したひとつの宝玉――。
「ユウリ!」
「分かってるよ、ゲイル」
ゲイルが上空に叫んだのと同時にユウリが素早く降りてくる。
「お前ら……」
「話は後だ。まずは宝玉が力を解放する前にこれで封印する」
胸元から四宝を取り出したユウリは光を放ちつつある宝玉の横にそれを置いた。
そして目を瞑り詠唱を始める。
「それは……錬金術か?」
「お前は黙って見てろ。死にかけてんだろうが」
「……何か知らんけどゲイルが優しすぎて気持ち悪い」
「今ここで殺してやろうか!! あぁ!?」
……すっごい剣幕で怒られたので黙ることにしました。
ユウリの詠唱と共に宝玉と四宝が徐々に融合していく。
そして詠唱が終わったと同時に大きく砕けてしまった宝玉。
「あ……」
光が徐々に止み、同じく砕けた四宝。
四つの破片に分かれた四宝は元の姿に――つまり『弓』、『扇』、『刀』、『爪』へと――。
「これで世界のループは二度と起こらないだろう。それと、まだこの四宝には若干の『力』が残されている。……ゲイル?」
「ああ。ちゃちゃっとやってくれ。約束だからな。神が約束を破るわけがねぇだろう」
「ふふ、そうだね」
再び詠唱を始めたユウリ。
四つに分かたれた四宝は先ほどよりも少しずつ光が失われつつある。
ゲイルの言う『約束』とは、恐らくゲイル自身に取り込まれた三つの魔術禁書を封印するという意味だろう。
このまま四宝が力を失ってしまえば、奴の力を押さえられる者はこの世に俺だけということになってしまう。
「なあ、ゲイル。やっぱお前なんか悪いモンでも喰ったんじゃね?」
「……おい、ユウリ。もう一度俺と手を組んで、このアホをぶちのめすっていうのはどうだ?」
「ごめんなさい。冗談です」
……今の俺は本当に動けないので、これ以上神様を刺激するのはやめにしておきます。
四宝の最後の光がゲイルを照らす。
そして奴の体内に取り込まれた三つの魔術禁書が徐々に身体から分離していく。
次の瞬間、強い光が天に舞った。
三冊の魔術禁書はゆっくりと奈落の床に落ちていった。
「……これで、全てが終わったね」
大役を終えたユウリはその場にへたり込み大きく息を吐いた。
「だったらもうこんな場所に用はねぇな。さっさと地上に出るぞ」
不貞腐れた様子のゲイルはそのまま奈落を駆け上がろうとする。
「おんぶ」
「……は?」
「俺動けない。おんぶ」
「……」
頭を抱えたゲイルはそれでも俺に手を差し伸べてくれた。
俺は満面の笑みでその手を取る。
「……するわけねぇだろうが! そのまま死ね!」
「へぶっ!!」
……手を掴まれ奈落の壁に叩き付けられました。
今度こそ、本当に死にそう……。
「カズトは僕が背負う。君は先に地上に向かって、僕らの無事を仲間に伝えてくれ」
「……けっ」
俺を睨みつけ、そのまま地上へと駆け上がっていったゲイル。
それを見送ったユウリは俺を抱き起そうとする。
……嗚呼、何かすごい良い匂いがする。
ユウリの匂い。
脳髄まで痺れそうなフェロモン――。
「――じゃねぇよ! 俺にさわんじゃねぇユウリ! ひとりで立てるから!」
「? どうしてだい?」
「どうしても! お前が近くに寄ると俺の頭が変になるの! しっしっ!」
「??」
ユウリの手を払い、俺は自力で立ち上がる。
そして床に落ちたままの三冊の魔術禁書を拾い上げた。
「お前はあっちに落ちてるでっかい剣を持っていって!」
「え? あの剣をかい?」
俺の指さす先には、あのラスボス魔王が使っていた二本の巨剣が落ちていた。
あれを国に持ち帰り、ゼギウスに俺専用の剣として加工してもらうためだ。
「うん。あれすっごい熱いから気を付けて持つように。そして俺から一定の距離を保つように! 以上!」
――こうして俺達は無事、ラスボス魔王を倒すことに成功したわけで。




