三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず寝転がることでした。
宿の向かいにある温泉に到着した俺とタオは顔を合わせ、お互いに確認の合図を決めた。
なにせ相手は年端もいかぬ少女――もとい幼女なのだ。
その幼女が一糸まとわぬ姿でひとり温泉に入っている。
これはその、色々と大丈夫なのだろうか……。
いや、大丈夫かどうか確かめるために、俺はここに来たのだ。
落ち着け。落ち着くんだ。
別にやましい気持ちで風呂を覗くわけではない。
ルルが心配だからこそ、こうやって物陰に隠れながら彼女を見守るのだ。
タオが軽く頷き先行する。
俺は少し間を置き、彼女の後を追った。
「……こちらカズハ・アックスプラント。そちらの状況は?」
温泉に入るときに受付で手渡された木の札をトランシーバー代わりにして小声で話す。
これはさっきタオにも教えてやった。
俺の国で古来より伝わる、意思疎通のための儀式なのだと――。
「……クリア。ただ今より作戦コードD-2に移行するアル」
タオの声が前方より聞こえてきた。
もちろん受付でもらった木の札から聞こえてきているわけではない。
「ラジャー。くれぐれも気を付けろよ……。なにせ相手は幼女だ。細心の注意を払って現状を確認するんだ」
「了解アル。私もまだ臭い飯は食いたくないアル。早く任務を遂行して、実家にいる妹たちに暖かいお洋服を買ってあげたいアル。うっ、うう……」
……うん。
やる気があるのは嬉しいんだけど、設定が細かすぎないか……。
「! カズハ、大変アル……! 幼女の姿を見失ったアル!」
「な、なんだと!」
慌てて前方を確認する俺とタオ。
確かに今までそこにあった幼女らしき影はどこにもない。
と、その瞬間――。
「はぁ……。お二人とも、一体何を遊んでいるのですか?」
「「うおぉっ!? 早速見付かったぁぁっ!?」」
◇
「……で? 私が心配だったから、後を付いてきた、と。そういうことですか」
宿に戻った俺たちは、早速ルルから尋問を受けました。
当然俺は正座をさせられているわけでして……。
「まあ、カズハもルルちゃんのことが心配だったアルよ。あー、良い湯だったアル~」
あの後、ちゃっかり自分だけ温泉を楽しみやがったチャイナ娘。
俺は生理中だから風呂に入れず、おしぼりで身体を拭いただけなんだけど……。
その間、ルルと二人きりにされ、どれだけ気まずかったことか。
「その割には、ずいぶんと楽しんでいるように見えましたが」
「……はい。調子に乗って、すいませんでした……」
あの、そろそろ痺れてきたから足を戻してもいいでしょうか……。
今日は何回も正座してるから、さすがに膝が痛くなってきた……。
「でもまさか二人が魔王城に向かう途中だったなんてビックリしたアルよ。まだ勇者も誕生していないアルし、この最果ての街まで到着する冒険者も少ないアルからねぇ」
髪を乾かしながらタオが話題を変える。
すでに彼女には俺達の目的を簡潔に伝えてあった。
まあ『魔王城に用がある』くらいしか言っていないんだけど。
「あんなところに何の用があるアルか? 最近じゃ魔族も凶暴化しているし、女の子二人で行くような場所じゃないアルよ」
髪を乾かし終わったタオは、バスタオルを頭に巻き椅子に座った。
さっきから浴衣の隙間から巨乳が見え隠れしていて、目のやり場に困るのですけど……。
「魔剣を奪いに行くそうです」
「へー、魔剣を奪いに…………えええぇぇ!?」
驚きのあまり立ち上がり叫んだタオ。
その瞬間におっぱいがプルンと揺れたのを俺は見逃さなかった……!
「ま、魔剣ってあの魔剣アルか! 何とかダークネス? とかいう――」
「あの魔剣ある。咎人の断首剣な。まあ、俺も名前覚えるのにずいぶん時間掛かったけど」
痺れた足を摩りながらベッドに横になる俺。
まだ股のカサカサに慣れなくて落ち着かないし。
ホント、おむつと一緒だなこれ……。
「女の子二人で魔王の剣を奪う!? 一体なにを考えているアルかっ! 頭おかしいアルか!?」
「おかしくないある」
「……こういう人なんです」
深く溜息を吐いたルルはタオの横の椅子に座った。
ていうか足が地面に届いてねぇし……。
うん。俺の幼女センサーが反応しました。
「なあ、ルル」
「……なんでしょう」
「ハグハグしても――」「駄目です」
……最後まで言わせてもらえなかった。
良いじゃん! ちょっとぐらいハグしたって!
減るもんじゃないし!
「でも方法は? あの魔王が黙って魔剣を差し出すわけがないアルし……。それともカズハが勇者の代わりに魔王を倒して、世界を平和にしてくれるアルか?」
タオがそう言うとルルが目を輝かせて俺を見た。
おい、お前……。
今さっき俺を虫けらを見るような目で見てたくせに、その変わり様は何なんだ……。
強制的にハグするぞコノヤロウ!
だが確かにタオの言うとおり、簡単に事は運ばない。
ルルが風呂に入っている間に色々と考えたが、やっぱり一つしか方法が思い浮かばなかった。
この街の雑貨屋に売っている『星屑の砂』というアイテム。
このアイテムはモンスターが落とすレアアイテムのドロップ率を飛躍的に高めるものなのだが……。
とにかく、お高いんです。
確か一個で5万Gくらいしたかな。
誰が買うねん。そんな高いアイテム……。
俺がここ三日で稼いだ金が全部吹き飛んじゃうだろうが!
それでも確実に魔剣が手に入るのならば全然安いんだけど、要は確率の問題なんだよね。
ドロップ率を飛躍的に高めるって言っても、具体的にどれくらい高くなるのかが分からないという……。
一回試しに使ってみても、魔王を倒して魔剣がドロップしなかったらそこで終了。
裏ボスが現れる前にその場を逃げて、四回目のループを阻止するくらいしかできません。
うーん。どないしよ……。
「やはりここはカズハが魔王を倒して、世界を平和に導くべきではないでしょうか」
「嫌です。何度も同じこと、言わさないでください」
幼女の言葉に俺はぷいっと顔を背けました。
だってハグさせてくれないんだもん。
「……」
椅子から降りた幼女が無表情のまま俺のベッドまで歩いて来ます。
何だよ。言いたいことがあるんだったら聞こうじゃないか。
バシン!
「痛ってっ!? お前……! 痺れてる足を叩くんじゃねぇ!」
「カズハがいけないんです。魔王と対等に戦える力がありながら、平和のためにその力を使わないなんて非常識にも程があります」
……うん。
常識外の存在である精霊に非常識って言われちゃいました……。
「何だか楽しそうアルね。私も一緒に付いていっても良いアルか?」
いや、そんな遠足に行くみたいなノリで言われても困るんですが……。
このチャイナ娘もかなり非常識な存在みたいです。
「悪いけど遊びじゃないんだ。タオもこの街に住んでいるのなら分かるだろう? 魔王城に近づけば近づくほど、瘴気にあてられ、凶暴化したモンスターが襲ってくる。俺ひとりじゃ二人を守れないぞ?」
まあ、守れないっていうのは嘘なんだけどね。
俺が本気を出せば民間人を十人くらい守りつつ、魔王城まで辿り着けると思います。
「そこは大丈夫アルよ。この街に住んでいる人は私も含めてみんな戦闘経験が豊富アル。元傭兵や、元騎士団員なんかもいるくらいアルから」
「そうなのですか? じゃあタオも昔は第一線で戦っていたというわけですか」
意外な返答に驚くルル。
まあでも言われてみれば納得だな。
この街は世界で一番危険な街といっても過言じゃないだろうし。
いつ魔族が襲ってくるか分からない場所に住んでいるのだから、住人もそれなりに手練れだということか。
「ふっふーん。知りたいアルか? うちの家族は中華料理店を始める前は盗賊家業をやっていたアルよ。なんだったら、カズハが狙っている魔剣も私が盗んであげても良いアルよ?」
「へー、盗賊家業………………って、おい。今なんつった」
「うん?」
キョトンとしているタオ。
お風呂上がりでいい感じにホカっていて巨乳で美人で可愛いですね。
……じゃなくて!!
「それを先に言えっつうのおおおおおおおぉぉぉ!!」