015 ホント、俺の人生ってなんだかんだでギリギリです。
ギギギと大きな音を立て魔王の間へと続く扉を開く。
冷気が頬を擽り、闇の魔力が俺の周囲を渦巻いていく。
闇属性は俺の最も苦手とする属性だ。
魔王級ともなれば闇魔法をまともに喰らえば無事では済まされない。
『くくく……。待っていたぞ、憎き勇者め』
もう何度も聞いたお決まりの台詞を喋る魔王。
……いや、こいつは二周目の世界でも一度戦った、あの真・魔王のほうだ。
当時の最高レベル99で最強の二刀を装備して戦っても倒すのに何時間も掛かった強敵中の強敵。
「どうもー。あ、ちなみに俺、勇者じゃないですー」
遠慮なくどんどん部屋の奥へと足を踏み入れていく。
そして勇者の剣である《聖者の罪裁剣》と、
魔王の剣である《咎人の断首剣》を抜く。
『その剣は……まさか! 貴様は一体……』
「俺はカズハ。カズハ・アックスプラントだ。身体は女、心は男。座右の銘は『俺の平和』」
『何を言っ――――』
そこから先の言葉を発することのない真・魔王。
だってすでに俺の剣閃は魔王の身体をすり抜けたから。
『…………あ』
「ごめんな、真・魔王。お前に構ってる暇はないんだ。さっさとこの下にいる化物と代わってくれ」
『ぐ…………ぐああああああああああああああああああああああああ!!!』
――瞬殺。
あり得ないくらいのオーバーキル。
今の俺ならば、あれだけ苦戦した真・魔王を一撃で葬り去ることができる。
ゴゴゴゴゴ……!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!
「……来たか」
大きな振動とともに魔王の間が崩れていく。
そして次の瞬間、床が大きく割れた。
「……《ツーエッジソード》」
奈落に落ちる傍らで二刀流スキルを発動する。
防御を捨て、全てを攻撃に費やす俺の十八番――。
奈落の底に辿り着いた俺はすでに臨戦態勢。
そんな俺の前に現れたのは――。
「うげぇ、こんな化物なんかよ……。三周目のラスボスは……」
身体のデカさはさっきの真・魔王の10倍以上はある。
全身から溢れんばかりの闇の力を放出し。
そして両手にはまるで血の色をした深紅の巨大な剣が二本。
時折赤く輝いたり黒く染まったり、明らかに生命力を削り取りそうな禍々しい気を発している。
……いや、発しているっつうレベルじゃないか。
触れた瞬間あの世にいっちゃいそうな感じ。
『我を目覚めさせたのは貴様か。たったひとりで我に立ち向かうとは……愚かな人間め』
低い声は何重にも連なり、この奈落に響き渡る。
レベルの上限を解放していなければ、魔術禁書級の魔法を連発しても致命傷を与えるのは難しいとか考えてしまうほどの邪悪な気だ。
これは運が良かったと考えるべきか、それとも――。
『魔族に仇なす人間には…………死を』
巨大な剣を振りかぶり、その巨体に似合わない速度で急接近してくるラスボス魔王。
「《ツインブレイド》」
ガキィン――!!!
剣と剣の交わる音が奈落に響き渡る。
その拍子に空間の一部にヒビが入り亜空間との境が曝け出された。
『ほう……。我の一撃を防ぐことのできる人間がいるとは』
「うーん。でも俺の仲間はもう、俺のことを人間とは思ってくれていないけどね」
地面を蹴り空中で回転。
そのまま両手を伸ばしラスボス魔王に急降下する。
「《エクセル・スラッシュ》」
『ぐ……!』
キィィィィンと甲高い音が周囲に広がり、次々と周囲の空間が割れていく。
やっぱ一筋縄ではいかないか。
あまり時間をかけるとこの空間そのものが持たない。
亜空間の先にこの世界が繋がっていたら、そっちに被害が広がっちまうだろうし。
「あー、くそ! こういう時に魔法が使えればもっと楽なんだけどなぁ……!」
回転を止め、隙を狙い蹴りを入れる。
それがラスボス魔王の肩にヒットし巨大な剣を一本落とすことに成功。
「あれ? これってもしかしてレアアイテムじゃね? ちょっとデカすぎるけど、ゼギウスのじいさんに加工してもらえば俺でも装備――」
『この小娘が……!! ௧ஊ௩௪௫ ௯௰௱கஅ உஔகட ணதநன ௩௪௫௬௭ ஆஇஈஉ ஊஎஏ கஙசஜ ஞதநன
ப௭௮க ஙசஜரலள……』
「はぁ!? なんでお前が《闇の禁術》を使えるんだよ!」
ラスボス魔王の周囲にこの世のすべての闇属性が集まっていく。
闇の魔術禁書はゲイルの体内に吸収されたはずなのに……!
ていうか、この化物クラスのラスボス魔王が闇の禁術なんて発動しちまったら……!
「どうしよう! 世界がぶっ飛んじまう! ていうか俺、闇属性が弱点属性だからこんなん喰らったら俺も死んじゃう! あ、でも世界が滅んだら一緒か……とか言っている場合じゃない!!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
こいつ硬いし、いくら攻撃力を高めた俺の渾身の一撃でも、詠唱が終わるまでに倒せないかもしれない……!
そうだ! 弱点属性を攻めれば……!
ええと、こいつはセレンの分身……ていうか上位互換みたいなものだから……。
セレンの弱点属性はなんだったっけ……。
「あ! 思い出した! 確か《火属性》と《陽属性》だ!」
……。
…………。
「だから俺! 火魔法使えないんだって!!」
……詰んだ。
もう時間ない。
俺の人生オワタ――。
……。
…………。
「――いや! まだ諦めないもんカズハちゃん!!」
勇者の剣と魔王の剣を投げ捨て、俺は詠唱中のラスボス魔王の左手に渾身の飛び蹴りをかます。
『ぐぐ……! 無駄なことを……!!』
「無駄かどうかは俺が決める!!!」
落とした巨大な剣を拾い上げ。
先ほど落としたもう一本の巨大な剣を空いている手に握る。
「だあああああああ! 熱ちいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
じゅうじゅうと音を立て、掌からは焼け焦げた臭いが周囲に広がっていく。
『馬鹿め。我の剣を人間が扱えるわけがなかろう』
「だから!! 俺はもう人間だと認めてもらえてねぇっつってんだよおおおおおおお!!!」
痛みは、今は忘れる。
俺は足元にウインドウを開き、二刀流スキルの《ツーエッジソード》の欄を足で長押しした。
その先に現れたのは二刀流の隠しスキル――。
「《絶・ツーエッジソードおおおおおおおおおおぉぉぉぉ》!!!」
がくんと足元から脱力しそうになるのを渾身の力で立て直す。
諸刃の剣であるツーエッジソードの上位互換隠しスキル。
つまり、今の俺の防御力はほぼゼロに近い。
『さあ、もういいだろう。この世の全てを消し去ってやろう』
「うおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああああ!!!」
地面を蹴り、巨大な二本の剣を振りかぶった。
『――――全ての生命に終焉を。《闇と生の融解》――――』
闇の禁術に巨大な剣が激突し――。
――そして。




