012 もっと女王様を尊敬し、大事にしてくれてもいいと思うんです。
「へくしっ! うわっ、さぶ! 風邪ひく! もう帰りたい!」
最果ての街の北門を出発し、険しい山道であるデビルロードを駆け抜ける。
このペースだったら、昨日みたいに俺とゲイルでこいつらを担いで登らなくても半日ほどで『デモンズブリッジ』までは到着するだろう。
そこまで着いたらもう魔王城は目と鼻の先。
薄暗い森である魔王の領地を抜けて魔王をぶん殴って終わりだ。
「うるせぇ! 文句ばっかり言っていないでてめぇも戦え! このハレンチ乙女が!」
「誰がハレンチ乙女!? 意味分からんわ!」
最前線でユウリと共に凶悪な魔族と戦っているゲイル。
ていうかお前ひとりで全然いけるだろうが。
魔王倒したらお前の能力封印しちゃうんだから、今だけでも死ぬ気で働いて下さい神様。
「どう見たってハレンチだろうが! お前、その黒いコートの下ほとんど何も着てねぇじゃねえか!」
「お兄様! 戦いの最中にそんな妄想してしまいそうなことを口にしないで下さいませ! 嗚呼! カズハ様のコートの中身を想像しただけで興奮してしまいますわっ!」
鼻息を荒くしながら魔族をバッサバッサと倒していくレイさん。
最強の勇者の剣は彼女に預けたままだから、そりゃ鬼神のごとき強さで魔族は真っ二つになっていきます。
「ゲイルだってユウリの上着だけ着てて、中身はほぼスッポンポンだろうが! セレンは俺にコートを貸しちゃったから上下黒ビキニみたいな薄着だし、エアリーにいたってはパンツすら穿いていないんだぞ!」
「いや、これは黒ビキニなどではなく、れっきとした魔族の装備なんだが」
「お尻が寒いですぅ! お尻から風邪引いちゃいそうですぅ!」
セレンとエアリーは後方から押し寄せてくる魔族をなんとか二人で凌いでくれています。
何故かレイさんは俺の横で俺をチラ見しながら戦っているんだけど……。
「……レイさん。なんかそんなにチラチラ見られると落ち着かないです」
「嗚呼! カズハ様! もっとこう、お胸を寄せるようにして前かがみで私に話しかけて下さいまし!」
「胸を寄せるようにって……こう?」
言われたとおり胸を寄せて少しだけ前かがみになりました。
「ぶはぁっ!」
「うわっ! 鼻血きたねぇ!」
いきなり鼻血を噴き出してぶっ倒れたレイさん。
なんか噴水みたいになってる……!
「こんな場所で倒れたら敵に囲まれてしまうよ、レイ!」
「……もう死んでもいいもう死んでもいい……。カズハ様のお胸の谷間が見られたからもう死んでも悔いはない……」
心配するユウリをよそにブツブツと念仏のように何か呟いているレイさん。
その上に覆いかぶさるように魔族が押し寄せてきてるのに、レイさんの正気は戻らないみたい。
囲まれるっていうより押し潰されて窒息死するんじゃないかこれ……。
「カズハ☆パーンチ!」
仕方ないから魔族達の中心に一発特大パンチをお見舞いしました。
一瞬にして蒸発した魔族達。
その下には幸福そうな顔でまだ呟いているレイさんの姿が。
「おい、起きろ変態。急いでるんだから、妄想するのは魔王を倒してからにして」
ひょいとレイさんを担いだ俺を確認した仲間達は、再び魔族らを蹴散らしながらデビルロードを駆け上がっていきます。
「嗚呼……カズハ様の髪のにほい……すーはーすーはー」
「勝手に嗅ぐな! 鼻息がくすぐったいんだよ!」
「ちっ、うるせぇ奴らだなぁマジで……。こっちは真剣に戦ってやってるつうのによぅ」
「お前の妹だようるさいのはっ!! 兄妹揃って変態だからこういうことになるんだろ!」
「んだと? やンのか、このハレンチ女王が!」
バチバチと火花を散らす俺とゲイル。
その間に割って入り両者を諭すユウリ。
「いい加減にしてくれ。君達二人は尋常ではない強さだからいいが、僕達は気を抜くと死ぬかもしれないんだ。カズハも同じ過ちを何度も繰り返したくはないだろう?」
「う……」
過去二回、魔王戦でグラハムとリリィを死なせたのはこの俺です……。
だから何も言い返せません……。
「ゲイルも同じだ。君は過去に二度も過ちを犯している。その罪を少しでも償う気持ちがあるから、僕らに付いてきているんだろう?」
「はっ、俺がか? 罪の気持ちがあるのはお前のほうだろう、ユウリ。自意識過剰、自分の進む道が皆の幸せになると勝手に思い込んで、勝手に周りを巻き込んで突き進んじまう。お前みたいな奴が一番うぜぇんだよ。この男女が」
「……」
ゲイルの一言でユウリの顔色が一瞬で変わっちゃった。
おいおい、このゲス神様の言うことをいちいち真に受けてたらストレスでハゲちゃうよユウリ。
「正直に言うけどよ、俺が本当に気に食わねぇのはおめぇのほうなんだよ。自己の夢を実現するために俺を利用し、大を救うために小を切り捨てるっつうお前の考え方がな。こいつらの気がしれねぇぜ。俺もさんざん痛めつけたが、ユウリの策略のせいで危険な目に遭ってんだろうが。ああ?」
ゲイルが後方で防戦しているエアリーとセレンに向かい言い放った。
二人とも聞こえているはずだけど、何も答えずに戦闘に集中している。
「僕は…………いや、君の言うとおりだゲイル。僕はカズトと我が子を救うためだったら、彼の仲間を見殺しにしてもいいとさえ考えていた。どうせ世界はループする――。『本当に大切なひとの命』が失われてしまったのならば、また繰り返せばいいと……そう考えていたのかもしれない」
ユウリの表情には陰りが見える。
きっと何度も何度も考えて、苦しんで、出した結論だったんだろうと思う。
まあこの考え方は俺も同意できないんだけど。
その辺は人それぞれだから今は一旦置いておいて――。
「はーい、ストップストップー。まあここは俺の顔に免じて今は気持ちをひとつにまとめようじゃないか。ユウリのしでかしたことは、もうみんな許してくれたんだし、ゲイルはゲス神だからもうどうでもいいと思われてるし」
「ああ?」
「まったくもう、本当に仕様がない奴らだなお前らは。もうみんなカズハちゃん大好きすぎるだろう。これだからモテモテは困るんだよ。皆なんだかんだ言って俺に付いてきてくれるし、俺の言うとおりにしてくれるじゃん? 俺のカリスマ性が皆をひとつにまとめてきた事実を今一度思い出してだな」
「……」
「……」
……あれ?
みんな黙っちゃった……。
ここは盛り上がるところなんだけど……。
「カズト……。君は本当に、なんと言うか……。過去に出会ったときからずっと変わらないというか……」
「ユウリ。気にしたら負けだぞ。カズハは生まれたときから死ぬまできっと変わらないはずだ」
何故かユウリを諭しているセレン。
なんか言葉に棘があるような気がするのは気のせいかな……。
「カズハ様はきっと、お馬鹿さんなのですよ!」
「お馬鹿さん!」
「ああ、そういうことか。エルフの姉ちゃんが一番正しいな。馬鹿につける薬はねぇってこった。ったく、誰だこんな馬鹿をこの世界に連れてきた神は」
「また馬鹿って言った!」
エアリーとゲス神様に馬鹿って言われたら、もう俺立ち直れないかもしれない……。
だってこいつら、本当に馬鹿だと思ってたから。
馬鹿だと思っていた奴に馬鹿だと言われたらすごい傷つくよね……。
「カズハ様のうなじ……ペロペロ……」
「この変態、絶対起きてんだろ! 寝たふりしてセクハラするんじゃない!」
「きゃふん! ……うぅ。バレてしまいましたわ」
レイさんを地面に放り投げ、離脱。
実はさっきからここぞとばかりにレイさんに身体中を触られてました。
シリアスシーンだったから言えなかっただけで。
「もういい! 俺が最前線に出る! お前ら喧嘩せずに仲良く俺に付いてくるように! 以上!」
黒コートの腕をまくり、俺は鼻息荒く最前線に出ていきます。
「うおおおおおおおお! 誰が馬鹿だコノヤロウーーーーーーー!!!」
「あ……。行っちゃいました……」
デビルロードに犇めく魔族を瞬殺し、山道を駆け上がっていく俺。
きっと俺の通ったあとにはペンペン草すら一本も生えていないことだろう。
――涙は、拭かない。
きっといつか、みんなが俺を馬鹿にすることがなくなるその日まで。
「魔王出てこいコノヤロウーーーーーーーー!!!」
俺の涙の叫び声が魔族の断末魔と共鳴し、山道を駆け抜けていった――。




