008 エリーヌはあんな変態とは違います。
「あー、なんかおなか痛い……」
次の日の朝。
お腹が痛くて目覚めた俺は不機嫌な顔で自室を出た。
「あ、おはようございますカズハ様ぁ。……調子が悪いんですかぁ?」
「うん。なんかお腹痛くて」
心配そうな顔で俺を出迎えてくれたエアリー。
こういう日はエルフ犬の頭をなでなでしながら一日ゆっくり過ごしていたい。
「この匂い……。カズハ様。生理ですわね」
「本当、気持ち悪いな! レイさん!」
俺の周囲をクンカクンカしながらぴしゃりと言い切ったレイさん。
もう何度目かも分からん生理なのだが、相変わらずこれだけは慣れることはない。
胸も張ってて痛いし。
無性にイライラするし。
「大丈夫かい、カズト。これを使うといい。僕も昔はよく使っていた物だ」
「……」
ニコリと笑ったイケメンが、俺にナプキンのようなものを手渡した。
うん。まあ、うん。
いや、間違ってはいないんだけど、なんか、うん。微妙。
でも一応、ありがたく受け取っておく。
「ゲイルとセレンはまだ戻ってきてないのか?」
「はい。ちょうど今迎えに行こうかと思っていたところです。カズハ様もご一緒に行かれますか?」
「いや、俺はパス。もうちょっと寝てる。あの馬鹿どもが戻ってきたら起こして」
そのままズルズルと足を引きずりながら俺は自室に戻っていった。
酒の飲めない俺が奴らの酒臭い口の匂いを嗅いだら、きっとまた吐いちゃう。
船酔いに続いて生理とか、ホントついてねぇ……。
自室の扉を開け、再びベッドに横になる。
と、その前に一応さっきユウリからもらったオムツを穿いておこう……。
「……これでよし、と。あー、マジ憂鬱。これがなけりゃ、女の身でも結構楽しいんだけどなぁ」
女に転生してから、どれくらいの月日が流れたのだろう。
これから魔王城に向かい、ループ原因の宝玉を封印したら、俺は永遠に女として生きていくことになる。
そうなったらもう二度とエリーヌとは結婚出来なくなるってことだ。
「エリーヌ、元気してっかなぁ。せっかくアゼルラムスに来たんだし、ちょこっと顔だけ出して――いや、駄目だ。今めっちゃお尋ね者だ、俺達……。ったく、誰だよ。世界に喧嘩なんて売った奴は」
ぶつぶつと独り言を言っていたら、再び瞼が重くなってきた。
生理になると眠くなるのって、なんか理由とかあるのかな。
今度物知りリリィ先生にでも聞いてみっか。
「あ……落ちる……」
そのまま目を閉じ、俺は夢の中へと誘われていった。
◇
目を開けると、そこにはエリーヌがいた。
普段のドレス姿ではなく、清楚なワンピース姿で俺の顔を見下ろしている。
あ、これ夢だね。
さっきエリーヌのこと考えてたから、夢の中に出てきちゃったみたい。
エリーヌはちょっとだけ泣いていた。
なんか悲しいことでもあったのかな。
お前を泣かす奴がいたら、俺は必ずそいつをぶっ飛ばしてやる。
絶対にお前を幸せにしてやるって約束したもんな――。
「……様。……ズ……様」
あれ?
エリーヌの声が……?
「カズハ様。エリーヌです。お休みのところ申し訳御座いません」
「……へ?」
目を開けると、そこにエリーヌがいた。
あれ、夢じゃない……?
「カズハ様……!」
「うわっぷ!」
身を起こした俺にいきなり抱きついていたエリーヌ。
ああ、この感触。この匂い。このサラサラした髪。
紛れもなくエリーヌだ。
……でも、どうしてこの宿に俺がいることが分かったんだ?
「エリーヌ! 会えてうれしいのは俺も一緒だけど、ちょっとだけ離れ――はぅ!?」
「ん……んん……」
――いきなり唇を奪われました。
うん。
いや、それだけじゃなくて強制的に俺の歯の間に舌を忍ばせてきました。
……あ、今、俺の舌に舌を絡ませてきてます。
うん。
「……ん……ずっと、ずっと寂しくて……。カズハ様のことしか、考えられない……毎日、で……。……んん……」
もう、俺はされるがままです。
いやー、すごい。ホントすごい。
エリーヌの舌がなんか別の生き物みたい!
あ、とうとうそのまま押し倒されました俺。
うん。
……いや、マズいだろ!
「ぷはっ! ちょっとタンマ! 今、俺、生理中だから! そういうプレイは好みじゃないの!」
「え……? あ、申し訳ございません……! 久しぶりにお会いできたものですから、少し我を忘れてしまって……」
ようやく俺から離れてくれたエリーヌ。
……いや、今のは『少し我を忘れて』どころじゃないだろう!
べろちゅーをしたまま俺を押し倒して、ついでに腰の動きとかぬるぬるしてたぞ!
あぶねぇ!
「ふぃー。危うく濡れ場になるところだったぜ……。で? どうして俺がここにいることが分かったんだ?」
冷や汗を拭い、俺はエリーヌに質問する。
「はい。実はお父様が宰相らに内緒で馬車を貸してくださって……。カズハ様がアックスプラント王国に戻られたのは知っておりましたから、きっと船に乗りこの港に来るだろうと」
「あの頭でっかちなアゼルライムス王が? へー、少し前に考えが変わったとは聞いていたけど、そりゃ知らなかった。それに俺がこの港に来ると予想できたってことは――」
彼女は知っている。
俺の過去も、今までの俺の行動の意味も。
「――はい。恐らくカズハ様はこれが間違えていると世界に示すために現職の魔王を打ち倒し、それを手土産にすると考えました」
エリーヌが胸の谷間からとりだした複数の紙。
そこに掲載されている俺と俺の仲間の名前。
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〇カズハ・アックスプラント/危険度『SSS』
〇レインハーレイン・アルガルド/危険度『S』
〇アルゼイン・ナイトハルト/危険度『S』
〇セレン/危険度『S』
〇グラハム・エドリード/危険度『S』
〇リリィ・ゼアルロッド/危険度『S』
〇タオ/危険度『B』
〇ルル/危険度『E』
〇ゼギウス・バハムート/危険度『E』
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「なるほどね。さすがはエリーヌ。俺の嫁さんだっただけのことはある」
「そんな……。でも嬉しいです、カズハ様……」
少しだけ照れた様子のエリーヌ。
やっぱ可愛い。
俺の嫁はエリーヌしかいない。
「アゼルライムス帝国は『世界ギルド連合』の中心国のひとつです。なのでお父様も表向きはカズハ様らを捕えるために動くでしょう。しかし、お父様も変わられました。我が国を救った英雄――戦乙女であるカズハ様を裏切るはずもありません」
真剣な面持ちでそう言い切ったエリーヌ。
人は変われば変わるもんだ。
でもそれを聞いて安心した。
色々あったとはいえ、アゼルラムス王も過去は俺の義父だったわけだし。
正直戦いたくなかったから、これは朗報だ。
「それを伝えるためにわざわざ来てくれたのか。俺達がいつこの街を立ち寄るかも分からなかっただろうに。魔法便を使って場所と日時を指定してくれたら、それに合わせて会いに来ることも出来たぜ?」
「……それが無理なのです、カズハ様。魔法便は便利な代物ですが、すでに『世界ギルド連合』の監視下にあります。高名な魔術師であれば、世界中に飛び交っている魔法便の内容を秘密裏に知ることが可能ですから」
「マジで! ……やべぇ、それ知らなかった。あっぶね」
過去の世界でも魔法便は存在したが、内容が外部に漏れるなんて裏技は聞いたことがない。
つまり、これも『3周目限定』の仕様ということなのだろう。
「……ていうか、それだったら今まで俺がユウリから受け取っていた魔法便のことはどうなるんだ? 誘拐された仲間のこととか、魔術禁書を集めろとか。それを世界ギルド連合のお偉いさんが知ってたら、情状酌量とかにしてくれても――」
「恐らく知ったのはたいぶ後のことでしょう。過去の魔法便の内容を秘密裏に調べることは可能ですが、カズハ様が各地で問題を起こしていた最中は調べられなかったようです。お父様の耳にその情報が入ったのも、この手配書がギルドから発行された数日後でしたから」
俺の質問に的確に答えてくれるエリーヌ。
……ていうか、ちょっと待った。
「じゃあ何か? 世界ギルド連合の奴らは、俺が仲間を救うために魔術禁書を集めていたのを知っているのに、それでも俺を重犯罪者にしてとっ捕まえようとしてるのか? ひどくね?」
確かに色々と無茶はやってきたけど、事情を知っているんだったら危険度『SSS』はやりすぎじゃね?
まあ、最初に世界に喧嘩を売ったのは全面的に俺が悪いとして……。
「……『世界ギルド連合』は恐れているのです。カズハ様の『底知れぬ力』を……。3000年前に終結した《精魔戦争》から現在に至るまで、我ら人間族は繁栄を続けて参りました。魔王が倒されれば、一旦は世界は平和になるでしょう。しかし……」
顔を伏せ言葉を詰まらせたエリーヌ。
俺は彼女が再び口を開くのを待つ。
「……しかし、再び戦乱の世が待っていると思います。今度は人間族同士の争いにより、世界は危機に瀕すると」
「……マジか」
エリーヌの言葉にちょっとだけショックを受けました。
いや、まったく予想してなかったわけじゃないんだけど。
実際に別の人間からそういう話を聞くと、ドキッとしてしまうというか。
「カズハ様はすでに一国の女王です。そして世界が恐れているのは、その『軍事力』です。一騎当千の戦士らが集い、カズハ様自身はすでに神をも超える力を得ている――。世界は焦っているのです。カズハ様に自国を奪われる前に、『世界ギルド連合』として共謀し、亡き者にしようとしております」
「あー、なるほど。お偉いさん方が考えそうなことだなぁ。じゃあ魔王を倒して、それを手土産にしたって、世界は俺を許さないってことかぁ。うわ、めんどくせぇ」
「そんな悠長なことを!」
エリーヌは俺の手をしっかりと掴んだ。
これは本気で心配している顔だ。
「まあ、でもなんとなくそんな気はしてたけどな。ありがと、エリーヌ。帰りも従者がいるんだろう? 城まで送らなくても大丈夫だよな」
ベッドから立ち上がり大きく伸びをする。
お腹が痛いのは治らないけど、こんな話を聞いてじっとしていられるはずもない。
「ど、どこに行かれるおつもりですか? 私はもう、カズハ様の元を離れたくはありません!」
「だーめ。俺だってお前とずっと一緒に居たいけど、それは全てが解決してからだ。ていうかこのままお前を連れ出したら俺が親父さんにぶっ殺されちまう。俺を信頼してくれたから、こうやってお前を寄越してくれたんだろう?」
「そ、そうですが……」
下を向いてしまったエリーヌの頭を優しく撫でてやる。
俺は過去に一度失敗しているから、もう二度とエリーヌを危ない目に遭わせたくない。
「魔王は倒す。ゲイルの力は封印しとかなきゃマズいし、世界のループも止めないと後でもっと面倒臭くなるし。それを手土産に世界のお偉いさん方にちゃんと謝って、それでも俺に歯向かおうっていうんなら、そん時はそん時だ。俺は俺のやり方を貫く」
「……カズハ様……」
せっかく情報をくれたエリーヌには申し訳ないが、俺は止まらない。
世界ギルド連合が俺達に害を成すのであれば、それを全力で止めてやる。
俺が求めているものは『俺の平和』だ。
文句がある奴はかかってこい!
皆まとめて宇宙まですっ飛ばしてやんぜ!
「……分かりました。お父様にはそうお伝えしておきます」
「あ、ちょっと今、盛っちゃったから、アゼルライムス王にはそれとなーく柔らかく伝えておいてね」
「ふふ、分かっていますよ。……でも、お気をつけて下さい。カズハ様の身に何かあったら、私は生きていけません」
再び俺に近づいたエリーヌは、目を瞑りキスを要求してきた。
俺はちょこんとバードキスで対応する。
「……何だか物足りないです」
「さっき凄いのしちゃったからじゃないかな!」
「……またいつか、あの日の夜のような情熱的な――」
「はいはい! また今度ね! そのときはいっぱいご奉仕します! 約束します!」
俺の言葉にウットリとした表情になったエリーヌ。
後ろ髪を引かれながら、ようやく部屋を出ていきました。
うん。
エリーヌはもう、俺の性別とかまったく気にしてないな。
ていうか、俺が男だった頃よりも更に積極的になっていないか……?
「……うん。たぶん気のせいだ。気のせいということにしておこう……」
脳裏にレイさんが興奮している姿が浮かび、即座に打ち消す。
エリーヌはあんな変態とは違う。
れっきとした王女なんだから。
何を考えているんだ俺は。
「さーってと。そろそろ馬鹿どもが帰ってくるかなー。ちゃちゃっと《最果ての街》を通過して、デモンズブリッジを渡って、魔王城を攻略すっかー」
エーテルクランの街で買い物していこうかと思ったが、やめよう。
最速で魔王城まで向かって最速で魔王をぶっ飛ばしてやる!
RTAだRTA!
最速記録を出してやんぜ!
――やる気になった俺は、おむつの様子を確かめながら部屋を出ていったのでした。




