006 船酔いに強くなるスキルみたいなのって無いんですかね。
アックスプラント王国から南に2500UL。
そこにある小さな港町リンドハイルから船に乗りアゼルライムス帝国へと向かう最中。
「うふふー」
「なんだよ、エアリー。気持ち悪い笑い方して」
「気持ち悪い!?」
「うん」
俺の返答にショックを受けたのか。
エアリーはその場で泣き崩れてしまった。
もっと精神力を鍛えなきゃ駄目だぞ、エルフ犬よ。
「鬼畜なカズハ様も素敵ですわ……!」
「……レイさんも相変わらず、気持ち悪いけど」
「もっと言って! もっと私を言葉責めしてくださいませ! はぁん!」
……駄目だ。
これでは逆にレイさんを喜ばせてしまうだけだ。
「……せっかく思い出に浸っていたのに……ふえぇぇん……」
「思い出? …………あー」
エアリーが何を言いたいのかようやく理解できた。
この港町リンドハイルから出航する船で、俺とエアリーは初めて出会ったのだ。
「なついなー。あれ、いつ頃だったっけなぁ」
「思い出して下さったのですね! あのときは本当に驚きましたよ。まさか『戦乙女』として有名なカズハ様が闘技大会に参加するなんて」
エルフ犬がキラキラとした目でめっちゃこっちを見てる。
俺はそれを軽くスルーし、そよ風に目を細めた。
「ここでエアリーと出会って、それから闘技場のあるエーテルクランでルーメリア、デボルグ、ユウリに会って……あれ? そういや、あいつらどこ行った?」
船の甲板を見回しても、ユウリ、ゲイル、セレンの三人は見当たらない。
あんまり俺の目が届かないところにゲイルを連れていかれると、もしもの時に困るんだけど……。
「セレンさんはおひとりで考えたいことがあると、船尾のほうに向かわれましたよ。ユウリさんとお兄様は船室にいらっしゃると思います」
「大丈夫かな……。ユウリ一人で」
「はい。さすがにもうお兄様も無茶はなさらないと思いますわ。二度もカズハ様にコテンパンにされましたもの。あれですごく気が弱いというか、強者には完全に屈服するというか、そういう性格ですの」
レイさんは申し訳なさそうにそう説明した。
まあ、実の兄の不祥事が二度も続けばそうなるわな。
……ていうか、気が弱いのあいつ?
どんな元勇者やねん。
ていうか、どんな神やねん。
「そんなことより、カズハ様ぁ! あっちの港町に到着したら、この前のレストランに行きたいのでありますよぅ!」
そんなことより……。
ゲイルよ、お前、エルフ少女にそんなこと呼ばわりされたぞ。
もう神様辞めたらいいんじゃないかな。
まあ、魔王を倒したら強制終了させるけど。四宝の力で。
「あちらの港町のオーシャンウィバーには、確かにお洒落なレストランが結構ありますものね。私も寄った際にはいつも食べ過ぎてしまいますわ。ダイエットの敵ですわね」
「レイさんはそんなに細いのに、ダイエットとか気にしているのですかぁ?」
「もちろんですわ。いつカズハ様に抱かれても良いように――」
「抱きません」
「――こほん。いつ、カズハ様にお持ち帰り――」
「持ち帰りません」
「そんなぁ……!」
今度はその場にレイさんが泣き崩れました。
でもいつものことなので、本当どうでもいいです。
「レイさん、顔を上げてください。いつかきっと、レイさんの気持は伝わると思いますよ」
「エアリーさん……」
「だから、オーシャンウィバーに到着したら、モンブランプリンを食べましょう。特大サイズのやつです!」
「え? ええ……そう、ね?」
「楽しみですぅ……! はぁはぁ……! モンブランプリン……!」
レイさんの肩に手を置いたまま目が輝いているエアリー。
さすがのレイさんも言葉を失っている……。
エルフ犬の食欲、恐るべし!
変態に勝った!
「さーて、部屋に戻るかぁ。ここから三日間。天気もいいし、そんなに揺れないだろうし、何して過ごすかなー」
◇
~三日後~
「酔った……。めっちゃ酔った……」
「酔いましたぁ……。死にそうですぅ……」
港町オーシャンウィバーに到着したころには、吐きすぎて半分ゾンビみたいになりました……。
前回と同じく、隣で同じ格好で項垂れているエルフ犬も。
「だらしないな。それでも一国の女王か」
「女王関係ない! 酔うもんは酔うの! ……うえ、叫んだら余計にぎぼぢわるい……」
セレンに言い返すも、今の俺には何もできず。
早く宿に行って横になりたい……。
船こわい船こわい……。
「宿は僕が取ってこよう。ゲイルは……」
「お兄様は私が見ております。宿のほうはよろしくお願いいたしますわ」
「分かった。カズハがあんな調子だから、少し不安ではあるけど……」
「うっせぇな。さっさと行けよユウリ。俺は逃げも隠れもしないし、この馬鹿女王にだって逆らわねぇよ。もうどうにでもなれってんだ」
ゲイルの意外な言葉に皆が目を丸くする。
どうやらレイさんの言っていたとおり、流石にもう懲りたか……?
「そうか。じゃあ、ゲイル。両手を前に出して」
「はぁ? なんで俺が……いててて! 分かったから、腕を潰そうとすんじゃねぇ! ……ったく」
断ろうとするゲイルの腕を強制的に引っ張っちゃいました。
俺が本気を出したら、ゲイルさんの腕なんて千切れちゃうよね☆
「ほらよ」
「もっとこう、両手をくっつけて、手のひらを上にして……」
「んだよ、こうか?」
「うん。…………おえぇぇぇぇ」
「うわっ、なにしてんだこのアホが! 俺の手に吐いてんじゃねぇよ! ……つうか、それが目的か!」
俺の悪戯に気付いたゲイルは、そりゃあもうカンカンに怒っちゃいました。
神の手にゲロを吐く俺、超鬼畜。
「嗚呼……! カズハ様の体内から排出された聖なる吐瀉物……!」
「だ、駄目ですレイさん……! それだけは駄目ですぅ! 我慢してくださいぃぃ!」
必死でレイさんを羽交い絞めにして奇行を止めるエアリー。
さすがの俺っちもドン引きなんだけど、兄であるゲイルの引きようを見てちょっと可哀想になりました……。
「……悪い、ゲイル。お前も色々大変なんだな。というかお前がゲス野郎になったのって、もしかしたらレイさんの存在も理由のひとつだったんじゃないかって思ってしまったんだが」
「……ちっ、レイは関係ねぇだろ。こいつは物心ついたときからああだ。男には見向きもせず、女しか愛せねぇ。……はぁ、面倒くせぇ」
ゲイルは魔法の力で手についた俺のゲロを消滅させた。
……あ、いいこと思いついた。
こいつ、こんな魔法も使えるんだったら、トイレの清掃員とかに任命したらいいんじゃないかな。
あとはごみ処理施設係とか。
アルゼインとかセレンとかの馬鹿はやたらと飲み散らかした酒瓶とか出すし。
タオも調理後のごみの処理に困ってたし、ちょうどいいんじゃね?
「……お前、その顔はまた厄介なことを考えてやがるな」
俺の心を読んだゲイルは苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨んだ。
まあでも、どうせ神の力は封印するんだから意味はないか。
勿体ない気はするけど、ごみは出した奴に処理させよう。
自己責任だ、自己責任。
そうこうしているうちに宿を取り終えたユウリが俺達の元に戻ってくるのが見えた。
もう今日は寝よう。
エアリーもこんな様子じゃレストランには行けないだろう。
「では、我は酒場に向かうとするか。何か用事があったら呼んでくれ」
「……」
俺の返事を待たずして、セレンは歓楽街のほうに向かって行きました。
もう勝手にしてください……。
そして俺達は宿へと向かった――。




