051 エピローグ
「・・・」
俺は開いた口が塞がらなかった。
同じく隣にいる幼女も口を開けたままぽかーんとしている。
「……僕は君に恋をしていたのかもしれない。君を助けたいと思ったのも本当だ。でも、やり方が正しかったかどうかは、今ではもう分からないな」
自嘲気味にそう話すユウリ。
いや、ちょっと待ちなさい。
なんか頭が混乱して、いまいち把握できていない。
「ええと、ちょっと待って。アークランドで俺を手伝ってくれた錬金術師って……。え? お前、あのユリィか?」
錬金術師ユリィ・ナシャーク。
2周目ですでにやることが無くなった俺は、暇つぶしに世界各国をまわって魔術禁書の情報を集めていた。
その時に手伝ってくれたのが彼女だ。
連邦国を端から端まで回って、所在を確認できたのは三つの魔術禁書だった。
でもどれも俺の得意属性に当てはまらなかったし、とりあえずそのままにして帝国に帰っちゃったんだけど――。
ユリィ・ナシャーク……。
……ユウリ・ハクシャナス?
うそーん。
「……カズハ。貴女……本物の勇者様だったのですか? しかも過去に二度も私と契約を済ませていた? だからあの時、《精霊の丘》で私の申し出を断って……?」
幼女が下を向きながらわなわなと震えている。
やばい。
あの時もかなりいい加減な返答をして、幼女を怒らせてドラゴンに変身されて。
んでもって喰われそうになって、面倒くさいから《緊縛》で能力を封じてお持ち帰りしちゃったんだっけ。
今思い返してみても、なんて罰当たりなことを……。
「落ち着け、ルル。ほら、あれだ。お前があまりにも可愛くて、つい悪戯目的――じゃなくて、ええと……そう! 元勇者としての威厳を保つために――!」
「……ずっとおかしいと思っていたんです。勇者としての波動は感じるのに、貴女は女性だったから契約が出来ない――。力を持っているのに、魔王は倒したくない、世界を平和にしたくない――。セレンはもう、知っているのですね? いつからか、貴女といつもコソコソ話をするようになったのも、それが理由ですか?」
下を向いたまま幼女が俺に迫ってくる。
こわい。
もう俺は陰魔法も使えないから、もう一度ルルの能力を封印することも出来ない。
今度こそ喰われる。
死ぬ。
「ゆ、許してくれルル! いつか話そうと思ってたんだけど、なんかこう言い出せなくて! だから、落ち着こう! な? 今更俺を喰ったってお前が腹を壊すだけ――」
恐怖に怯え、とりあえず平謝りする俺を無視し。
ついに幼女が俺の腹に顔を埋め――。
……ん?
顔を、埋め……?
「……貴女はいつも、そうやって……大事なことは何も教えてくれなくて……。ひとりで全部決めて……全部解決して……」
俺の腹に顔を埋めながら、震えた声を押し出したルル。
「……泣いているのか、ルル?」
「泣いてなんていません! ……泣いてなんて……」
そのまま静かに俺の腹で泣いたルル。
ずっと彼女に秘密にしていたことを、俺は初めて後悔した。
最初から、話しておけば良かった。
あの時、精霊の丘で彼女と再会したときに――。
俺はルルの頭を撫でながら、ユウリに向き直る。
俺やセレンと同じく、性転換をして『3周目』を迎えた元錬金術師の女性――。
確かによく見るとユリィの面影がある。
あの研究所に囚われていた子供も、本当に『ユウリの子』だったんだな。
ルーメリアが言っていた言葉の本当の意味が、今ようやく分かった。
「……お前がラクシャディアでレイさん達を襲撃したのも、俺に魔術禁書を集めさせたのも、その『四宝』を神となったゲイルに融合させることが目的だったんだな」
「ああ、そうさ。さっきも言ったけど、これがあれば君や僕の『呪い』は断ち切られる。繰り返しの人生はこれで終わるんだ」
ユウリは胸元から七色に光る宝石を取り出した。
これがあれば魔王の口からこぼれ出す『宝玉』によるループを阻止できる……。
「ゲイルのことはどうするつもりだったんだ? こいつを神にしちまったら、世界を破滅させるのは目に見えていただろう?」
「そうだね。でも、僕がそれをさせないさ。この『四宝』には魔術禁書の力を封じることができるという、別の用途もあってね」
にやりと笑いそう答えたユウリ。
俺は再び唖然としたまま、はぁ、と深く溜息を吐いた。
全てはユウリの思い通りに事が進む予定だったというわけだ。
ルルと契約し正式に勇者となり、勇者の剣を装備して真魔王を撃破。
その後に登場するであろう真真魔王(?)を倒し、《宝玉》を出現させ、これを《四宝》で打ち消し世界のループを止める。
世界を破滅させようとするゲイルは、同じく《四宝》により能力を封じる。
これがユウリの描いた本当のシナリオというわけだ。
恐らくエアリーやルーメリアはこのことを知っている。
デボルグに打ち明けなかったのは、奴の性格を考えてのことだろう。
熱血漢のあいつは、色々と面倒臭そうだからな。
気持ちは分かる。
俺は泣きやんだルルを放し、ユウリの元へとゆっくり歩く。
――でも、それでも。
俺は奴に言わなければならないことがある。
「お前が考えていたことは分かった。俺の呪いを断ち切ろうとしてくれたことも感謝する。結果だけ見ればお前は世界を平和にし、皆が幸せになれる世の中を作ってくれたんだと思う」
俺の歩みに合わせ、ユウリが立ち上がる。
その眼はしっかりと俺に注がれ、覚悟のある表情をしていた。
「でもな、ユウリ。お前は俺の仲間を傷つけた。ルルを泣かせた」
「ああ。分かっている。覚悟も、出来ている」
ユウリはゆっくりと目を瞑った。
おれは拳を握り、そして――。
――力いっぱい、ユウリの顔面を殴り飛ばした。
「っ――!」
「カズハ!」
その場に崩れたユウリ。
ルルが俺を止めようと間に割って入る。
「……止めないでくれ、精霊族の少女よ。僕は全てを覚悟して、今回の計画を実行したんだ。エアリーも、ルーメリアも、僕に騙されていただけだ。すべての責任は僕一人にある」
「ああ、そうだな。で? どうやってその責任をとるんだ?」
指の骨を鳴らし、ユウリを睨みつける俺。
「もういいでしょう! もう、やめてください……!」
幼女が俺の服を引っ張る。
でも、まだだ。
ユウリの言葉を聞きたい。
「責任は……この僕の命で――」
「それが気に入らねぇ」
もう一度反対側の顔を殴る俺。
再び地面に崩れたユウリは、苦しそうな表情で、しかしそれでも立ち上がる。
「……ぐっ、ならば、どうしろと……!」
俺を睨みつけるユウリ。
その目はまだ、未来を見据えていた。
「子供はどうすんだよ。世界のループは? お前にはまだやることがたくさん残ってるんだろう? 俺に殺されて、それで満足か?」
「《四宝》は君に渡す……! 子供はルーメリアに任せてある……! 世界の平和と呪いの解消は君がすればいいだろう……?」
「やだ。面倒臭いのきらい」
「っ――!」
俺のいい加減な言葉に声を失うユウリ。
しかし、ルルだけは違った。
俺のこのパターンを彼女はもう、何度も経験しているのだから。
「まさか、カズハ……」
「ならばどうしろと! 僕は、僕はどうやって罪を償えばいいんだ……!」
声を振り絞るように叫ぶユウリ。
拳を下ろした俺は、後ろを振り返りこう言った。
「俺の仲間になれ。エアリーも、ルーメリアも、お前の子供も……そこのゲス神様も含めて」
「え……?」
再び言葉を失うユウリ。
「だってそうだろう? 子供を育てるって大変だぞ。ルーメリアに任せたら絶対に非行に走るだろうし。エルフ犬は俺のペットみたいなもんだし、ゲス神様は放っておいたらどうせまた悪さするんだろうし」
「カズハ……」
ほっとした表情のルル。
さて、これからが大変だ。
大所帯になるのは大歓迎なんだけど、俺は今、世界中の国から狙われている大犯罪者だ。
あ、ていうことはユウリ達も大犯罪者の一味になるってことか。
ちょうどいいや。
それをこいつらの『罰』っていうことにしよう。
うん、それがいいかも。
「……カズト……。君っていう奴は……」
それだけ言って、そのままぶっ倒れたユウリ。
今の俺に二発も殴られたんだ。
立っていられるだけでも奇跡みたいなもんだろ。
「……ん……はっ! こ、これは一体……! カズハ様……!」
「あ、ようやく目が覚めたか」
目を覚ましたグラハム達。
一部始終を説明するのも面倒だから、全部ルルに任せちゃおう。
「あー、マジで今回は疲れたぁ。陰属性まで失っちまうし、これからどうすっかなー……」
その場で大の字で寝転がり、今後のことを思案する。
でもまあ、なんとかなるんじゃね?
こんなことは日常茶飯事だし。
あーあ、腹減ったなぁ……。
ちょっとだけ、昼寝しちゃおうっと。
第三部 カズハ・アックスプラントの誤算
完




