050 真相
ゲヒルロハネス連邦国の中心都市である魔法都市アークランド。
その街の片隅でひっそりと暮らす一人の錬金術師の女性がいた。
彼女の錬金術に目をつけたアークランドの研究員は彼女を招き、魔法遺伝子に関する研究を持ち掛けた。
貧しかった彼女は小さな子供を抱えていた。
この子を食べさせていくには、自身の持つ錬金術を生かして研究を推し進め、日銭を稼ぐしかなかった。
数年経ち、研究が佳境に差し掛かった頃。
アゼルライムス帝国で、勇者が魔王城に乗り込んだとの情報が彼女の耳にも届いた。
先の魔王軍襲来により皇女エリーヌを失ったアゼルライムス国王は、最後の攻勢に出たということだろう。
そして、『その時』は訪れた。
実験により抽出した魔法遺伝子から、現存する12の属性とは異なる因子を発見した彼女は歓喜する。
どの色にも染まらない透明な媒体――。
その外見から、彼女はこれを『無属性』と名付けた。
抽出した媒体を慎重に魔法カプセルに移行しようとしたその瞬間。
世界が光に包まれてしまう。
彼女はその瞬間に手を滑らせ、媒体の一部をその身に浴びてしまった。
世界が、歪む。
意識が、遠退いていく――。
ふと目を覚ますと、そこは自宅のベッドの上だった。
さきほどの光は一体何だったのか。
どうして自分はベッドの上で横たわっているのか。
ふと子供の泣き声がし、そちらに視線を向けた。
――そこに居たのは、数年前の姿に逆戻りした、幼き我が子だったのだ。
◇
時間が巻き戻ったことを知った彼女は、途方に暮れた。
今までの研究が、成果が、泡と消えてしまったのだ。
しかも、自分以外の者には『巻き戻り』の記憶がなかった。
それがどういうことを意味するのか、彼女は考えた。
もしかしたら、これは『チャンス』かもしれない。
研究は一からやり直しになったが、自分には『記憶』がある。
同じ研究成果を出すのに、数年かかるところを数か月でクリアできるに違いない。
彼女は再び研究に没頭した。
そして予想どおり数か月で『無属性』の抽出に成功したのだ。
さらに研究を推し進めていく中で、無属性因子についての解明も徐々に進んでいった。
そして、彼女は気付いた。
『巻き戻り』に対する記憶の継続は、この無属性因子が原因だったということを。
あの日、世界が光に包まれた瞬間、抽出した媒体に誤って触れてしまったのだ。
それが記憶継続のカギだと結論づけた彼女は、今度は『巻き戻り』の理由に対して興味を注ぐことになる。
それから再び数年後。
魔法都市アークランドに一人の青年が訪れた。
勇者カズト・アックスプラント。
世界中で有名な彼を一目見ようと、街中がざわついていた。
彼は何かを探していた。
酒場のマスターから情報を聞き出した彼女は、それが『魔術禁書』であると知り、彼に興味を持った。
現存する12の属性には、相応する12の魔術禁書が存在する。
それひとつで世界を滅ぼすほどの力を宿すと言われている魔術禁書を、何故勇者が探しているのか――。
彼はしばらくこの街に滞在するようだった。
彼女はアークランドの研究員という肩書を隠し、『錬金術師』として彼に接触した。
カズトは変わった男だった。
魔術禁書を探す理由も、単なる暇つぶしだと言った。
まるで勇者とは思えないほど軽い思考の彼に、何故か彼女は惹かれていった。
それからの数週間は、彼の魔術禁書探しに同行した。
ゲヒルロハネス連邦国に存在するのは3つの魔術禁書らしい。
どこでその情報を仕入れたのかは不明だが、彼はそれぞれの魔術禁書の場所を確認すると手に入れることなくその場を後にした。
しばらくアークランドに滞在したカズトだったが、ある日、祖国に帰らねばならない理由があると言った。
彼にその理由を尋ねて、彼女は驚愕した。
『そろそろアゼルライムス城に魔王軍が襲来してくる』――。
彼は何故、そのことを知っているのか?
理由はひとつしか考えられなかった。
彼も、記憶を継続している、と――。
◇
それからしばらくして、アゼルライムス帝国に魔王軍が襲来した。
しかし、今回は帝国側に死者がほとんど出なかったのだ。
皇女エリーヌも無事に救出され、襲来した魔王軍の幹部もすべて殲滅された。
それを防いだのは、たったひとりの勇者だ。
事前に国王に要請して、衛兵やギルドに所属している傭兵のほとんどが別の任務に駆り出されていた。
通常では考えられない采配。
しかし、そのおかげで余計な死者を出すことなく、魔王軍を殲滅することができた。
その朗報を聞き、彼女は徹底的にカズト・アックスプラントのことを調べ上げた。
そして、彼女は一つの結論を導き出したのだ。
巻き戻りの原因は、勇者カズト自身にあると――。
それからさらに数年後。
勇者カズトが魔王城に進軍するとの情報が世界に流れた。
彼女は研究所でひとり、その瞬間を待った。
きっと、また時間が巻き戻るのだろう。
彼は神から『呪い』を受けたのだ。
『永遠の時を繰り返す』という呪いを――。
ならば、彼を救えるのは自分しかいない。
3周目の世界に突入したら、再び無属性因子の研究を最短で進めて、そして――。
突如、世界が光に包まれた。
彼女は透明な液体の入った一粒の魔法カプセルを取り出し、それを飲み込んだのだった。
◇
そっと目を開ける。
そこは今までと同じく、魔法都市アークランドにある自宅のベッドの上だった。
起き上がった彼女は、すぐに研究所に向かおうとした。
しかし、彼女は異変に気付く。
揺り籠で眠っているはずの我が子がいない――。
それだけではなかった。
彼女は鏡に映った自身の姿に驚愕する。
そこに映っていたのは、優しげな笑顔の金髪の青年の姿だったのだ。
動揺を隠せない彼女。
しかし、それよりも我が子のことが心配だった。
街ゆく人々に我が子の行方を聞いて回った彼女は、通いなれた研究所に囚われていることを知った。
そして魔法遺伝子の人体実験の材料とされていることも――。
すぐに研究所に向かい我が子を救出しようにも、入館の許可を得ることが出来なかった。
錬金術を使い忍び込もうとしたが、術も使えない。
彼女はもう、錬金術師ではなかった。
聞いたこともない『双魔剣士』という職業に変化していた。
性別も、職業も、周りの環境さえも、『3周目』は変化していた。
途方に暮れた彼女はふと考える。
カズトは、どうなのだろう。
魔王を倒し、巻き戻りの呪いが発動した彼の状況を知りたい――。
我が子のことが気がかりだったが、今の彼女ではどうしようもなかった。
何もかもが予想外のこの世界を生き抜くには、彼の力が必要だ。
もしも彼が自身と同じ状況であれば、救ってあげたい――。
彼の呪いを解けるのは、自分しかいない――。
――そう信じ、意志を固めた彼女は、アークランドを発つ決意をしたのだった。




