三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず飯を食うことでした。
最果ての街に到着した俺とルルは、とりあえず飯を食うために道道飯店に向かった。
道道飯店とは、俺が一周目のときから通いつめていた、行きつけの中華料理店だ。
値段は高めだが味は抜群。
二周目が始まったときなんか、あまりにもここの料理が食べたくて途中の物語をすっ飛ばして最果ての街まで来たものだ。
いやー、懐かしいなぁ。
「ルルもなんか食うか?」
店に到着した俺は後ろを振り返り、ルルに質問した。
そういえば精霊は食事とかするのかな。
今まで考えたこともなかったけど……。
「……」
……返事がありません。
ていうかやっぱり俺、嫌われてるのかなぁ。
それとも勝手に『ルル』ってあだ名を付けたのがマズかったか……。
「ま、まあ食べないなら俺ひとりで――」
「いただきます」
……あそう。食べるんだ……。
この際だから普段の食生活とか聞いても大丈夫かな。
精霊の正体はドラゴンだから……もしかして人間とか食べるのかな。
「……何ですか。その目は」
「いや、ルルさんのお腹を満たす食べ物を揃えるのに、この街の人間じゃ足りないかなと思いまして」
「? 一体何を言っているのか分かりませんが」
首を捻る幼女。
しかしそこに巻き付いている拘束具が邪魔みたいで、ぎこちない動きになっています。
なんかだんだん申し訳ない気分になってきた……。
でもこれを解除すると、俺で腹を満たされちゃうだろうし……。
「……ああ、そういうことですか。私はヒトは食べません。そもそも精霊は神と同じ扱いですから、食事をとらなくても餓死することはありませんし」
「あ、じゃあやっぱり俺ひとりで道道飯店で食べる――」
「ご一緒します」
……。
うん。たぶん、食べたいんだ……。
俺がこんなにウキウキしてるから、興味が湧いたんだきっと……。
俺はルルを連れ、道道飯店の扉を開く。
「はーい、いらっしゃいアルー! 親方! 二名様アルよー!」
「へい、二名様らっしゃい!」
扉を開いた瞬間、この店の看板娘であるタオが出迎えてくれた。
赤に金の刺繍が施されたチャイナ服が相変わらず眩しい。
それになんといっても、あの胸元。
巨乳が溢れんばかりに自己主張をしている……。
けしからん。非常に、けしからん。
「ご注文は如何するアルか?」
二人分の水を用意してくれたタオは俺とルルを交互に見ながら注文をとろうとする。
良かった……。どうやら俺は幼女を誘拐した犯人みたいには見えないらしい。
こういうときは女の姿って助かるなぁ。
たぶん年の離れた姉妹みたいに見えているんだろう。
「ええと、じゃあいつものでお願い」
「……? お客さん、常連さんだったアルか?」
あ、間違えた。
俺は初めてこの店に来たことになってるんだった……。
「……道道炒飯を下さい」
「道道炒飯アルね。そちらの子は決まったアルか?」
タオはルルのほうを見て質問した。
店内に掲げられているメニューをじっと見つめているルル。
ていうか目がちょっとだけ輝いているんですが……。
「(おい、早く注文しろよ。俺のお勧めは道道炒飯だけど)」
「……私も同じものを。量は半分にしてください」
結局何を頼んだら良いのか分からなかったルルは俺の提案を飲むことにしたようだ。
精霊が炒飯を食べる――。
もう世の中平和ってことで良いんじゃねぇかな。
「あいよ! 親方! 炒飯ひとつに半炒飯ひとつアル!」
「炒飯ひとつ! 半炒飯ひとつ! ご注文、ありがとざいやすー!」
活気良く答えた店主は大きなフライパンに油を引き、火を付けた。
ジュワっという音に続いて卵とご飯が放り込まれる。
いやー、この音がたまらん!
早く食べさせてー!
◇
「はああぁぁぁぁ……! マジで旨かったぁぁぁ……!」
店を出た俺とルルは宿を探すために街の中を西に進む。
いやー、何度食べても旨いね。道道炒飯は。
つい二杯目もお代わりしちゃったし、サイドメニューまで頼んじゃったよ。
「……美味しかったです」
「だろ? 明日もあそこで食おうぜ。炒飯以外にも回鍋肉とか青椒肉絲もめっちゃ旨いんだぜ?」
「……人間族はあんなに美味しいものを普段から食べられるのですね。それに街の人々にも活気があります。魔王城からこんなに近いのに、どうして怯えて暮らさないのでしょう」
ブツブツと独り言を呟いている幼女。
何か知らんけどカルチャーショックでも受けたのかな……。
まあ、とりあえず今夜泊まるところを探さないと。
「ここから先にある安い宿をとるぞ。飯以外にはできるだけ金を使いたくないからな」
別に金に困ってるわけじゃないけど、節約するに越したことはない。
なんたって国を作らなきゃいけないわけだし。
ルルを捕まえちゃったから、こいつの生活費も俺が負担しないといけないし。
ちなみにエーテルクランから最果ての街に到着するまでの三日間で4万Gくらい稼げました。
現在の所持金は――185887215G。
相変わらず増えているのか減っているのか、ほとんど変動がなくて分からん……。
「お金……ですか」
「うん?」
ウインドウとにらめっこしていた俺に声を掛けてくるルル。
「あなたはお金を稼ぐために、その力を使うのですか?」
「え? うん、そうだけど」
質問の意味がさっぱり分かりません。
お金を稼ぐために自分の能力を最大限生かすって、別に普通のことだと思うんですけど……。
「はぁ……。あなたの考えは否定しませんが、その力を世界平和のために使い魔王を倒せば、あなたは称えられ一生困らない富と財産を手に入れられるでしょうに……。どうしてそれに気付かないのでしょう」
俺に聞こえるように深く溜息を吐いたルル。
いや、だから魔王を倒したらループするんだっつうの。
まあそこはまだ説明していないから、こいつが知らなくて当然なんだけど……。
でもいいや。
それよりも、ずっと試したかったことがあるんだよね。
今現在、俺は女です。
こんな幼女を連れているのに、街の住人から変な目で見られていないです。
つまり、これはチャンスなのだ――。
「なあ、ルル」
「はい。何でしょうか」
「ハグハグしてもいい?」
「…………はあ?」
……すっごい目で睨まれました。
まるで汚物でも見るかのような、嫌悪に満ちた目で。
「ほら、ちょっとしたスキンシップっていうか。幼女が近くにいると、抱きしめたくなる衝動というか――」
「……」
ついに幼女が俺から一歩後ずさりました。
いやいやいや、そんなに怯えんでもいいがな。
ていうか、本能的に危険を察した……?
「……はぁ。まあ悪ふざけはこのくらいにしておいて、早く宿に行きましょう。あなたのことを理解するのには、まだ随分と時間が掛かるようですから」
そう言い軽く流したルルは俺の前を歩いて行った。
うーん。冗談じゃなくて、本気でハグしたかったんだけど……。
まあいいや。いずれチャンスは訪れるだろう。
宿に到着した俺達は受付を済ませ部屋へと向かう。
代金は朝夕二食付きで一泊800G。
ルルは小児とみなされて半額の400Gで済みました。
この街の宿の平均額が1200Gくらいだから、まあ足して一人分だと思えば全然安いですね。
ただひとつ難があるとすれば――。
「では、私はお風呂に行ってきます」
そう。この宿には風呂がない。
でもすぐ近くに温泉があるから、そんなに困らないんだけど。
ていうか精霊……温泉に入るんだ……。
「じゃあ俺も一緒に――」
「嫌です」
「…………あそう」
即答したルルはそのまま扉を開けて行ってしまった。
ひとり残された俺は涙が出るのを堪え、そのままベッドに飛び乗った。
彼女が温泉に入っている間に、今後の計画を練っておこう。
ここから魔王城までは二日もあれば到着するだろう。
問題は、どうやって魔剣を奪うかなんだけど……。