047 夢幻魔道士 VS 稀代の竜槍使い
一方、その頃――。
丈の長いスカートから足を覗かせ、妖艶な笑みを浮かべている1人の魔道師。
未だ謎に包まれた幻の13番目の属性――《無属性》の魔法を巧みに操る《夢幻魔道士》の女性。
それに相対するのは、数々の歴戦を共に潜り抜けてきた竜槍ゲイヴォへレストを構える青年。
槍の扱いに関して、アゼルライムスで彼の右に出るものはいないとされているほどの腕前。
「ふふ、また貴方と戦うことになるなんてね。私達って、何かと縁があるのかもしれないわね」
ガーターベルトから鞭を抜き出し、大きく撓らせた彼女――ルーメリア・オルダインはすでに勝利を確信していた。
「あの時の喜――恨み! ここで晴らしてみせましょうぞ!」
慌てて言い直した青年――グラハム・エドリードはかつての記憶を思い出す。
ラクシャディアの古代図書館の地下で、モンスターらとともに急襲してきたユウリ達。
ルーメリアとはそこで一戦交え、完全敗北に帰したのだ。
彼の最大の弱点――。
それは女性に対し、決して手を上げられない性格。
それを熟知しているルーメリアだからこそ、勝利を確信しているのだろう。
「お望みどおり、またこの鞭の味を思い出させてあげるわ」
魔法都市アークランドで彼を幽閉していたときも、その鞭でグラハムを折檻した。
同じく幽閉した大魔道師リリィには、一切手を出さないという約束で――。
ルーメリアは思う。
出会う時期、場所。
これらがもしも違っていたら、自分は別の人生を歩んでいたかも知れないと。
数々の街を娼婦として、時には踊り子として渡り歩いてきたルーメリアの目には、グラハムのような紳士が眩しく映ってしまう。
ぎゅっと唇を噛みしめ、ありもしない未来の妄想を打ち消す彼女。
もう、決して後には引けない。
この命は、すでにユウリに捧げたのだ。
彼の思い描く未来のために――。
「……いくわ! 邪なる毒牙の裁きをその身に刻み込め! 《スネークバインド》!」
迷いを断ち切るかのように、ルーメリアは無属性の魔法を発動する。
魔法により具現化された巨大な毒蛇。
「ぐっ……! あの厄介な状態異常魔法か……!」
地面に大きく竜槍を叩きつけ、跳躍するグラハム。
彼のいなくなった地面に頭ごと突っ込んでいった毒蛇は、地面を溶かし消滅する。
「甘いわ! 《パラライズ・ビー》!」
即座に上空にいるグラハムに対し、今度は魔法で蜂の大群を召喚したルーメリア。
彼女の得意とする状態異常魔法は、一瞬でも触れれば全身に毒が回ってしまう。
「大! 演! 舞!」
空中で豪快に竜槍を振り回したグラハム。
一瞬のうちに蜂の大群が消滅。
そのまま竜槍の狙いをルーメリアに定め、急降下をする。
「ふふ……」
「!! ちぃぃ!!」
まさに今、グラハムの放つ槍でルーメリアの全身が貫かれそうになった瞬間。
何故か槍の軌道をずらし、地面へと衝突させたグラハム。
雪が舞い、2人の視界を遮る。
「魔女の瞳は全ての者を拒絶する! 《ラミア・シーイング》!」
「しまっ――」
雪煙の隙間から、赤く目を光らせたルーメリア。
彼女と視線を合わせてしまったグラハムは、徐々に石化していく。
「ぐっ……! 油断したか……!」
アイテム袋を取り出し、石化解除薬を探すグラハム。
しかしその手をルーメリアに掴まれ、絶対絶命のピンチに。
「チェックメイトよ。貴方はこのまま石化し、世界の顛末を見守るの」
顔を近付け、それだけ告げたルーメリア。
しかし、彼女の声は少しだけ震えていた。
「……何故、泣いているのだ?」
「!!」
グラハムの言葉に動揺するルーメリア。
信じられないことに、彼女はいつの間にか涙を流していた。
「それにしても、駄目だな俺は。カズハ様のため、仲間のためにこの身を捧げたはずなのにな。相手が女だからといって、まともに戦えんとは……。戦士失格だ」
「……」
左手から左足、そして身体の中央へと石化は進む。
あと少しで彼は完全な石像と化し、石化解除薬も効果を為さなくなってしまう。
「しかしまあ、悪いことだらけではないな。こんな美女に最後は見取ってもらえるのだ。カズハ様たちには悪いが、きっと彼らはすべてを解決してくれる」
そう言い、目を閉じたグラハム。
そのまま全身に石化が進み、残るはルーメリアが押さえている右手へと――。
「……ユウリ様、申し訳御座いません」
そう呟いたルーメリアは、石化解除薬を受け取り、グラハムの右手に一滴垂らした。
瞬時に石化が解除され、再び自由の身になったグラハム。
「……おや? 石化が……」
「これであのときの『借り』は無しよ」
すぐさま後方に飛び退き、それだけ答えたルーメリア。
彼女の『借り』――。
魔法都市アークランドで、ユウリの子供をすんなりと手渡してくれたカズハへの借りだ。
「二度は無いわ。もう降参してくれないかしら。貴方は絶対に私には勝てない」
グラハムを睨みつけ、語尾を強めたルーメリア。
それはまるで悲痛の叫びのようにも聞こえる。
「……勝ち負けではないのだ。俺に与えられた使命は、おぬしを押さえること。たとえこの命が尽きようとも、仲間のために――」
「なら、どうして攻撃しないのよ! 仲間のためなんでしょう? 私を本気で殺す気で掛かってきなさい!」
ルーメリアの叫び声が辺りに木霊する。
一瞬、彼らの間に静寂が訪れる。
「……俺は、女は斬らない主義なのだ」
「知っているわよそんなこと! でも、それじゃあ仲間を守れないでしょう? 貴方には覚悟が足りないのよ!」
「おぬし……」
ルーメリアは泣いていた。
彼女自身、何故泣いているのか理解していなかった。
ここは戦場――。
自分の信じた未来のために、相手を殺してでも勝利の二文字をこの手に収めなければならない。
しかし、グラハムは自身の『主義』を貫いた。
大事な仲間よりも、敬愛する女王よりも。
それが彼女にとって、何を意味するのか――。
「どうしてよ……。貴方も、カズハも……。デボルグはどうして私達を裏切ったの……?」
誰に言うでもなく、ひとりそう呟くルーメリア。
何も答えることなく、一歩、彼女の前へと出るグラハム。
「来ないで! それ以上近付いたら、貴方を殺す!」
悲痛な声でそう叫ぶルーメリア。
しかし、グラハムは足を止めない。
一歩一歩、しっかりとした足取りで、彼女に向かう。
「ぐっ……! 馬鹿にして……!」
唇を噛みしめ、再び魔法の詠唱を始めたルーメリア。
自身の持つ最強の《無魔法》を、グラハムの心臓に照準を当てて――。
しかし、それでも彼は怯まない。
まっすぐにルーメリアを見つめ、そのまま彼女の目の前へと辿り着く。
構えたままのルーメリアの手が、グラハムの胸に触れた。
しかし、彼女はそれでもまだ、無魔法を発動しない。
「……どう……して……」
「知らんさ。おぬしが、俺の『主義』を知らんのと同じではないのか」
「あ……」
グラハムの言葉の意味を、今ようやく理解した彼女。
どうしてグラハムが、カズハが、デボルグが、ここまで自身の意思を貫けるのか――。
そっと手を下ろし、その場に崩れた彼女。
まるで幼い少女のように、嗚咽を洩らし泣き始めてしまう。
しかし、彼女の心には光が差し込んでいた。
すべての闇が取り払われたような感覚。
もう、彼女の本心を抑制できるものは、どこにも存在しない――。
「……参ったな。女性を本気で泣かせてしまったぞ。これは、一体どうしたら……」
後には情けない顔でオロオロとする大柄の青年と、泣き止まない女性が、そこに存在するだけだった。
勝者、グラハム・エドリード――。




