046 エルフ少女 VS 大魔道師
ここから数話ほど『カズハ視点』から『神視点』へ変更となります。
ご了承ください。
ふわりと宙から降りてくる可憐な少女。
彼女の得意魔法である陽魔法――《浮遊》の効果だと一目で分かる。
一方で聖杖を構えた大魔道師の若き女。
大国であるアゼルライムス帝国で5本の指に入るほどの実力者だ。
「レイを捕らえているときも少しだけ見たけれど……。貴女の得意属性は《木》と《陽》なのね」
大魔道師リリィ・ゼアルロッドが少女を睨みつけ、そう呟いた。
俯いたままの可憐な少女。
だが警戒を解いているわけではない。
その特徴的な耳がリリィの少し尖った言葉を敏感に感じ取っている。
「……本当は、戦いたくないんです」
少女――エアリー・ウッドロックはそう呟いた。
眉を顰め、しかし聖杖を構えたままのリリィ。
「貴女の事情なんて知らないわ。でも、これだけは言える」
そこまで言ったリリィは、一呼吸置いた。
相も変わらずエアリーは俯いたままだ。
「貴女はカズハの気持ちを裏切った。あんな奴でも、私達の国の大事な女王なの。ほんと、これっぽっちもそんな風には見えないんだけどね」
そう言い、ふぅと息を吐いたリリィ。
エアリーは何も答えないまま、拳をぎゅっと握り締めていた。
「でも……私は、ユウリ様の描く未来に、自分の人生を賭けたんです」
ゆっくりと顔を上げるエアリー。
寂しげな表情の彼女に、はっと息を呑むリリィ。
彼女は決して操られているわけではない――。
自分の意思で、彼について行ったのだ。
「……はぁ。まあ、なんとなく気持ちは分かる気がするかも。私がカズハについていった理由も、似たようなもんだしね」
「……」
何も答えないエアリー。
しかし、彼女は返事の代わりに細剣を抜いた。
「貴女は貴女の目的のために、私は私の目的のために……。恨みっこ無しでいきましょう」
「……はい」
答えると同時に地面を蹴ったエアリー。
細剣を突き出したまま、正確にリリィの心臓を貫こうと突進する。
「聖者の魂よ! 我を刃から守りたまえ! 《セイグリッド・シールド》!」
最短で詠唱を済ませたリリィの眼前に、光り輝く盾が出現する。
大きく弾かれた剣閃は地面を抉り、泥にまみれた雪が視界を遮った。
その瞬間に《浮遊》を使い、上空に飛んだエアリー。
「《ウッド・バインド》!」
ウインドウを操作し、ノーチャージで木魔法を使用するエアリー。
「くっ……! 貴女もカズハと同じ戦い方を……!」
地面から出現した蔦を間一髪避け、上空で一回転したリリィ。
「《遁甲》!」
「また……!」
連続でノーチャージで使用された魔法に今度は反応しきれず。
異界から出現した数体の陰陽師の念仏により、四方から巨大な門が降りかかる。
「その身に宿りし眷族を解放せしめん! 《アトリヴュート・リバイバー》!」
間一髪――。
魔法により飛躍的に防御力を高めたリリィだったが、そのまま門の下敷きとなり――。
「一気にいきます……!」
宙に浮いたまま細剣を鞘に収め、今度は詠唱を始めたエアリー。
彼女の全身が淡い緑色の光に包まれていく。
最強の木魔法――。
彼女の詠唱に合わせ、次々に地面から巨木が突き上げるように生えてくる。
それらがまるで生きているかの如く地面を割り、自らの意志で這い出てきた。
「《世界樹の嘆き》!!」
まるで蜘蛛のように無数の巨木を動かしながら這い出てきた幻獣。
そしてそのまま大きな口を開け、巨大な門ごとリリィを丸呑みにしてしまう。
勝利を確信したエアリーはふわりと地面に着地する。
しかし、直後。
幻獣の腹の中心が大きく膨らんだ。
「なっ……!?」
風船のように膨らみ続ける幻獣の腹。
その中心は真っ赤な炎のように燃えさかり――。
ドオオオン!
という音ともに爆風が周囲を覆った。
「まさか……」
目を疑うエアリー。
自身の持つ最強魔法を、最高のタイミングで発動できたという自負が彼女にはあった。
それを退けた大魔道師リリィ。
「甘いわ。でも、さすがに無傷ってわけにはいかないわね。《ヒール》」
傷付いた身体を癒し、再び戦闘態勢に入ったリリィ。
彼女が今、発動したのは《火属性》と《風属性》で作り出した特大魔法だ。
詠唱時間の長い特大魔法が使えたのも、事前に防御力を高めておいたお陰である。
だが、短い時間に何度も魔法を使い、そして今も回復魔法を使ってしまった。
これではとてもSPの自動回復が追いつかない。
「くっ、回復魔法まで……!」
歯軋りをしたエアリー。
次の手を考えようにも、もう物理で攻めるしか手立てがない。
(……良かった。残りのSPが少なくなっていることは、バレていないみたいね)
余裕の表情を取り繕っていたリリィだが、彼女は内心焦っていた。
いくら魔法で防御力を高めることができ、特大魔法で敵を蹴散らすことができる大魔道師でも、SPが底をついてしまえば、いとも簡単に倒されてしまう。
上手く相手を騙し、SPの底値を知られないことが勝利の近道ともいえる大魔道師の戦法――。
「ねえ、貴女……エアリーって言ったかしら」
聖杖を下ろし、策略を練るリリィ。
少しでもSPの自動回復のための時間を稼ぎたい――。
動揺を隠し、完璧な演技でこの場を乗りきるつもりで、彼女は話す。
「エルフ族ってことは、《エルフの里》の出身ってことよね」
「……それが、なにか?」
ぴくりと耳を動かし、リリィの言葉に反応したエアリー。
すでに彼女の術中に嵌っているとも知らずに――。
「確か、前にアルゼインから聞いたわ。エルフの里の族長の要請で、部族内の争いを止めに入ったことがあるって」
「!!」
リリィの言葉に明らかに動揺したエアリー。
そして、それがリリィの策略だと気付き、再び剣を抜こうとするが――。
「『エルフィンランド』――。エルフの国に住む貴方達は、決して恩を忘れない種族らしいわね」
「黙って!」
剣を抜き、大声で叫ぶエアリー。
その叫び声はまるで、泣き叫ぶ少女のようで――。
「貴女は2度も裏切ったのよ。カズハの気持ちと、アルゼインの厚意」
「うるさい! もう、黙って……」
剣を落とし、耳を塞いでしまったエアリー。
少し心を痛めたリリィだったが、これで十分時間は稼げた。
再び聖杖を構え、容赦なくエアリーに言い放つ。
「貴女はまだ、心が弱いわ。本当に信じているものがあるのならば、こんな戯言なんて鼻で笑って吹き飛ばせるのに」
聖杖に赤く燃える光が集まる。
《火属性》と《光属性》の特大魔法――。
先ほどの戦闘からずっと、リリィは分析をしていた。
木魔法を使いこなす者は、高確率で《火》を弱点として持つこと。
そして最初に使った光魔法で作り出した盾で、彼女の剣閃が予想以上に大きく弾き返せたこと――。
大魔道師は属性魔法を使いこなすスペシャリストだ。
当然、相手の『弱点属性』を見抜く術を日々磨いている。
リリィは確信していた。
エアリーの弱点属性は《火》と《光》であると。
ならば、この一発に賭けよう。
すべてのSPを注ぎ込み、特大のオリジナル魔法で――。
「しまっ――」
「遅いわ。――《神聖なる大炎槍》!!」
聖杖から放たれた、炎に包まれた一本の大槍。
それが光のスピードでエアリーに襲い掛かる。
「ぐっ……!!」
間一髪、細剣を抜き、受け止めたエアリー。
しかし徐々に身体ごと後方へと押しやられていく。
「無駄よ。その槍は、決して貴女を逃がさない」
後ろを向き、それだけ言い残したリリィ。
そして――。
「う……ううう……! ユウリ……様……!! ああああああああああああ!!!」
弾かれた剣は宙を舞い――。
――エルフ少女は信じる者の名を叫びながら、敗北の二文字を突きつけられる。
勝者、リリィ・ゼアルロッド――。




