044 絶対絶命
「ひひ……ひひゃひゃひゃぁ! 力が……力が溢れてくるぜぇぇ……!! ひーっひっひっひ!! 笑いが止まらねぇ……!!」
狂ったように笑い続けるゲイル。
奴の全身からは溢れんばかりの邪悪なオーラが周囲を汚染するかのごとく霧散している。
「か、カズハ……! どうするのよ、あれ……。魔術禁書を3つも身に宿した人間なんて……」
「お兄様……。せっかく更正なさったと思ったのに……どうして……」
慌てるリリィと落胆するレイさん。
「あんなひとが、元勇者様だなんて……」
「カズハ様! お逃げください! 奴は狂っている! これはもう、どうにもなりませぬぞ!」
怯えるミミリと敗北を悟った様子のグラハム。
確かに魔術禁書3つじゃ、今の俺でも勝ち目はないだろうな。
ユウリのやつ……まさかこんな隠し玉を持っていやがったとは……。
完全に俺の誤算だ。
「カズハ……」
ユウリに捕らえられたままのルルが不安そうに俺の名を呼ぶ。
ごめんな、ルル。
俺がもっとしっかり考えて行動しなかったせいで、お前にそんな顔をさせて。
お前の悲しむ顔なんて、見たくもないのに。
「ゲイル様。約束は果たしました。今度はゲイル様の番です」
「……くくく。いいぜぇ、ユウリ。約束だもんなぁ、約束。くくく……」
ユウリの言葉に含みのある笑いで答えたゲイル。
それを合図にルーメリアとエアリーがゲイルの前へと歩み出た。
彼女らが手にしているもの――。
それは――。
「!! あれは、《四宝》……!」
レイさんが叫ぶ。
彼女らがゲイルに捧げているものは、4つの武器だった。
『弓』、『扇』、『刀』、『爪』――。
レイさん達がラクシャディアの宰相から要請され、護送中だった重要文化財――。
精魔戦争時代に活躍した神器を、どうしてゲイルに……?
ルーメリアとエアリーの手から、徐々に宙に浮いていく《四宝》。
それらがゆっくりとゲイルの前で回転していく。
「カズト……。これで君は、呪いから解放される。『世界のループ』……。これは君ひとりだけの問題ではないんだ」
「!! ユウリ……! やっぱりてめぇは――!」
俺はつい叫んでしまう。
これで確信した。
奴は全てを知っている――!
「くっくっく……。俺も聞いたぜぇ? てめぇのそのアホみたいな強さの秘密をなぁ……! まさか、何度も同じ世界を繰り返す呪いなんてモンがあるなんてな!! くくく……! 笑わせてくれるぜぇぇ……!!」
右手を掲げ、四宝に念じたゲイル。
その瞬間、眩い光を照射した四宝はひとつに集約し、七色に輝く巨大な宝石へと変化した。
「ほらよ、ユウリ。これがあればてめぇの呪いも断ち切れるんだろう? くくく……。やっぱ神の力はいいよなぁ……! こんなことは朝飯前だぜぇ……!」
「ユウリの……呪い?」
宝石をユウリに投げ渡したゲイル。
しかし俺は奴の言葉に首を捻る。
一体なんのことを言っている……?
「……」
無言でその宝石を受け取ったユウリ。
その表情からは奴の心情が読み取れない。
「……くくく。これで契約は終了。俺は神の力を手にし、お前は七色の宝石を得た。ならば、俺はもう……自由にしてもいいんだよな?」
「!!」
そうゲイルが呟いた瞬間、信じられないスピードで俺の目の前に移動した。
俺でさえ目で追えないほどのスピード。
「おらあああああああ!」
ガズン――!
「ぐっ……!!」
目の前が一瞬、真っ暗になる。
そのまま後方に大きくすっ飛ばされた俺。
今、なにをされた――?
「カズハ!!」
「カズハ様!!」
皆の叫び声か遠くから聞こえる。
その直後、腹部から信じられないほどの痛みが俺を襲う。
腹を殴られたのか――?
「げほっ、げほげほっ!! う……」
口に手を当てると、大量の吐血が手を濡らした。
たぶん、何本か骨が逝ったなこりゃ……。
「うひゃひゃひゃ! 痛てぇだろう! 痛てぇだろうなそりゃ! これでも手加減してやったんだぜぇ? ぎゃーっはっはっは!!」
ゲイルの笑い声が洞窟内に響き渡る。
圧倒的な力の差――。
これが、魔術禁書を宿した者の力、か。
「……ゲイル様。もう1つの約束をお忘れになったのですか? 戦乙女とその仲間には手出しをせずに、このまま解放すると――」
「うるせぇ! 俺はもう神になったんだ! 指図をするんじゃねぇ!」
ユウリの言葉に一喝したゲイル。
その言葉に押し黙るユウリ。
「ひひ……。そうだ、それでいい。お前にも見せてやるよ。俺の本当の力を……」
満足した様子のゲイルは、そのまま右手を上空に掲げた。
そして詠唱を始める。
「まさか……」
ルルがその様子を見て青ざめている。
あの詠唱は『魔術禁書』の――。
「伏せろ!」
ユウリの叫び声でルーメリアとエアリーが慌てて地面に伏せる。
それに呼応するように、グラハム達も身を屈めた。
「――《無限の氷撃で凍りつけ》――」
上空に放たれたのは禁じられた『氷』の最強魔法。
一度きりの最強魔法を、何故上空に……?
無限の氷柱が洞窟を内部から破壊する。
崩落する岩壁は凍りつき、次々と放射される氷柱により粉々に砕かれていく。
大型の洞窟である『始まりの洞窟』――。
数秒後には、まるでそこには洞窟など存在しなかったかの如く。
すべての岩壁は粉々に吹き飛び、消滅した。
「……なんてことだ……」
唖然としたままそう呟くグラハム。
周囲の地形までもが、大きく変わってしまっている。
まるで氷の世界のように、辺り一面が銀世界となってしまった。
「ひひひ……ひひゃひゃひゃ!! これが《氷の魔術禁書》の力か……! 世界なんて簡単に滅ぼせるな! はーっはっはっは!!」
完全に自身の手にした力に酔っているゲイル。
奴が手にした『本当の力』とは、まさか――。
「くく、その顔は気付いたか戦乙女ぇ……。火の魔術禁書を使ったことのあるお前なら分かるだろう? そうさ! 俺は神になったんだ! 一度きりの禁術である最強魔法を、俺は何度だって使えるんだぜぇ! げひゃひゃひゃひゃ!!」
ゲイルの勝ち誇った笑い。
その場にいる誰もが言葉を失ってしまう。
「……この世の終わりね……」
聖杖を地面に落とし、諦めたように呟くリリィ。
神となったゲイルに、もう誰も敵わない。
これがユウリの思惑なのか?
そこまでして、俺のループの呪いを解きたかったのか?
「う……これは一体……」
静寂を打ち破る言葉。
そこには頭を抱えたまま赤い髪をした男、デボルグの姿が。
「うわ、寒いアル! 一体なにが起きているアルか!?」
それに続きタオが現れる。
彼女の後にも続々と俺の仲間達が――。
「……今の衝撃で睡眠魔法の効果が切れちゃったのね。どういたしますか、ユウリ様」
「ちょうどいい。このまま儀式を始めてしまおう。カズト、仲間を君に返そう。約束は覚えているね?」
ルーメリアの問いに答えたユウリは、俺に視線を向ける。
俺とユウリの約束――。
仲間を返す代わりに、ルルの《緊縛》を解く――。
「くく、いいぜぇ。どうせもう、この世界は俺の物だ。お前はお前で好きにやってくれ。退屈しのぎにはちょうどいい」
まるで余興を楽しむかのように、その場で胡坐をかいたゲイル。
完全に余裕の表情で、俺とユウリを交互に眺めている。
「この状況で……まだ勇者になろうというのですか! 一体貴方は何を考えて――」
「ルル」
立ち上がり、ルルの名を呼ぶ。
これは好都合だ。
ゲイルが『日和見をする』と宣言したのだ。
自身を神だと名乗る以上、発言を撤回することはしないだろう。
「ゲイル、お願いがある。あとで俺のことは好きにしていい。だから、今これから起こることには目を瞑っていてもらえるか?」
これは、賭けだ。
ゲイルさえ上手く誘導できれば、なんとか出来るかもしれない――。
「ほう……? なんでも、と言ったな。くくく……! あの戦乙女が……! いいぜぇ、俺は絶対に手出しをしない。約束を守ってやる……!」
ぺロリと舌を出し、余裕の表情でそう答えたゲイル。
俺は仲間全員の顔を順に見る。
ルル。
グラハム、リリィ、レイさん、ミミリ。
デボルグ、アルゼイン、セレン、タオ。
作戦は、誰にも伝えていない。
ルルはきっと分かっているが、他の仲間は知る由もないだろう。
「カズハ……」
ルルの呟きに、俺は首を縦に振る。
そして彼女の目で、俺の意図が伝わったと確信する。
「まさか、これは……」
「……うん。たぶん……」
次々と仲間が互いに顔を合わせている。
この状況で、俺の意図することを理解してくれているかどうか。
――いや、きっと伝わっている。
今までだって、ずっと俺のわがままに付き合ってきてくれた連中だ。
俺以上に、俺のことを知ってくれている――。
信じよう、仲間達を。
俺の大好きな、馬鹿野郎どもを。
ウインドウを操作し、陰魔法を選択する。
そして、俺は大きく息を吐き、魔法を発動した。
「――《解縛》」




