三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず蔦で縛ることでした。
竜の吐いた炎により辺り一面が火の海と化す。
ていうか良いんですかね。
精霊が自分の住む土地を燃やしちゃっても……。
『そんな馬鹿な……! 我が炎を防ぐことができるのは、この世に勇者と魔王だけのはず……!』
うん。だって俺、元勇者だからね。
お前だってさっき俺を勇者と間違えただろ。
竜の炎を全て喰らい尽くした巨人は大きくゲップをして、空間の狭間に吸い込まれるようにして消えていきました。
どうも。ご苦労様です。
「あー、ビックリしたー。もうマジおっかねぇなぁ。いきなり丸焼きにされるとこだったー。ホント勘弁してくださいよ」
深く溜息を吐いた俺はその場であぐらを掻いた。
どうやら意気消沈気味の精霊は追撃をしてこないみたいだ。
氷の息とか吐かれたらどうしようかと思ったけど、それはできないみたいです。
『あなたは本当に、一体何者なのですか……?』
精霊が徐々に姿を変えていく。
腰まで伸びた長くて艶のある金髪。
全てを見渡せそうな青い瞳には、あぐらを掻いたまま鼻をほじっている俺が映し出されている。
『……それほどまでの力を持ちながら、どうしてそこまでやる気が無いのですか? その力を世界のために使おうとは考えないのですか』
「うん」
『……。はぁ……』
さすがの精霊も困り果てたみたいです。
なんかだんだんこの精霊をイジるのが楽しくなってきました。
というか見た目が完全に幼女なんだけど、色々と大丈夫なんでしょうか。
でもまあ今はやることがあるし、今度ヒマができたら遊んであげよう。
じゃ、そういうことで。
『ちょ、待ってください! どうして私の言うことを理解してくれないのですか! あなたの力は危険過ぎます……! もしも魔王軍に囚われ、その力を悪用されてしまったら――!』
大きく腕を広げ道を塞ぐ幼女。
うーん。この目は本気だな……。
あれ……?
何か知らんけど、気分が高揚してきた……?
なんだろう、この不思議な感覚は――。
『ここは通しません! この先はもう『デビルロード』です! 凶悪な魔王の手下が蔓延る、魔の巣窟です! あなたの持つ力が闇に囚われてしまってからでは遅いのですっ!!』
俺は空間をタップし、ウインドウを出現させた。
そして魔法の欄を開き、陰魔法を選択する。
『な、何をしているのですか……?』
俺は何も答えず、陰魔法の『緊縛』を使用した。
実はウインドウから直接、魔法を選択して使うこともできるんですよ。
これだとわざわざ詠唱しなくてもいいし、すぐに魔法が発動するんです。
まあ裏技みたいな感じかな。
『こ、この魔法は……!?』
幼女の足元に幾何学模様の魔法陣が出現する。
次の瞬間、その魔法陣から蔦のようなものが生え、徐々に幼女の全身を侵食していった。
……うん。
あれ、なんだろう。すごくドキドキする。
いやいやいや。俺にそんな趣味はないはずだ。
こいつが道を塞ぐから、俺は仕方なく魔法を使ったまでだ。
これは、そう――正当防衛ってやつだ!
光の蔦は幼女の手首や足首、そして首に巻き付いた。
そして一瞬だけ強い光を発したのち、青と金の紋章が刻み込まれた拘束具へと姿を変える。
「はあ、はあ、はあ……! ち、力が……! 私の精霊としての力が……封印、されて……」
そのまま膝から崩れてしまった幼女。
声も普通の人間の少女の声に変わっちゃいました。
今まで全身に纏っていた神々しい光も消え、普通の可愛らしい幼女になっちゃったし。
「くっ……! 私を魔法で捕えて、どうするつもりなのですか……!」
倒れたままキッと俺を睨み上げる幼女。
……! 何だ……? このときめきにも似た感情は……!?
幼女に睨まれて、俺は喜んでいるとでもいうのか……!
いやいや、待ちなさい!
さっきから俺、色々とおかしいから!
「いや、別にどうもしないけど……」
「嘘です! その証拠に、今あなたはニヤついていたじゃないですか!」
「ばばば馬鹿を言うんじゃない! ニヤついてなんかいねぇしっ!!」
動揺を隠せず、つい声がうわずってしまいました……。
焦るな俺!
相手のペースに惑わされるんじゃない!
「……こほん。いいか、精霊。お前はこの先に俺を行かせたくないんだろう? でも俺は魔王に用があるんだ。だったらお前を一緒に連れていけばいい。それなら文句ないだろ?」
「魔王に用がある……? まさか……! あなたはすでに魔王の手先に――」
「いやだからそうじゃなくて! 諸々の事情があって、魔剣を奪いに行くだけだっつうの!」
「…………はぁ?」
◇
幼女、もとい精霊を連れてデビルロードへと向かった俺。
さすがに最果ての街に近いとあって、モンスターは強敵揃いだ。
すでに俺は最強の剣を二本とも装備している。
幼女を保護しながら先に進むとなると、万全の準備をしておかないといけないからね。
「よっと」
『グギャアアアァァ!!』
「せいやっ」
『ギャオオォォン!!』
次々と襲い掛かってくるモンスターを真っ二つに斬り裂いていく。
やっぱ二刀流が一番使いやすいな。
周囲を囲まれてもすぐに対応できるし、素早く攻撃もできる。
さすがは最強の剣技。
「何なんですか……。その桁外れの力は……」
呆気にとられて口を開いたままの幼女。
まあ誰が見ても最初は驚くだろうし仕方がない。
「あ、そういえばお前、名前はなんて、言うんだ?」
『ガアアアァァ!!』『グオオォォン!!』『ゲエェェェ!!』
幼女に話しかけつつ三匹のモンスターを同時に斬り刻む。
ていうか断末魔の叫びがうるさくて耳が痛いんですけど……。
声が出ないように喉を斬るか。
「……人に名を尋ねるときは、まず自ら名乗るものだと思います」
「あ、そうか。まだ名乗ってなかったっけ。俺はカズト……じゃねぇや。『カズハ・アックスプラント』だ」
照準を敵の喉元に変更したことでだいぶ静かになりました。
最初からここを狙ってれば良かったな。
「カズハ・アックスプラント……」
俺の後ろに隠れつつ、そう呟いた幼女。
俺の陰魔法で能力を封じちゃってるから、こうやって隠れるしかできません。
「お前の名は?」
そういえば、今思い出したんだけど。
俺ってこいつと出会うのはこれで三回目なのに名前すら知らないんだよなぁ。
ドラゴンに変身できることも知らなかったし……。
まあ精霊に出会うのは物語の終盤だし、あとは魔王を倒して終わりだから聞く必要もなかったんだけどね。
「……私の名は『ルリュセイム・オリンビア』です」
「ふーん、そっかぁ。じゃあ長いからルルで」
「そ、そんな……! 勝手に人の名前を……!」
文句を言う幼女だったが俺はそれを無視しました。
だって長いし覚え辛いし、ルルで良いじゃん。
精霊のルル、かぁ。
何だか知らんけど、これから長い付き合いになりそうな気がする……。