037 カズハの野望(したごころ)
「おー、着いた着いた。やっぱ陸路はいいなぁ。船酔いしなくて」
大きく伸びをしながら首の骨を鳴らす。
辺りはすっかり日が落ちて静まり返っている。
このままエルザイムのおっさんがいる聖堂まで向かって忍び込むか。
それとも戦闘続きでちょっと疲れちゃったから宿で一眠りするか。
「まだシグマリオンでの噂はここには広がっていないみたいね……」
周囲を見回したリリィがそう呟いた。
確かにほとんど警備兵が見当たらない。
まあ最速でここまで来たんだから、1日くらいは大丈夫だと思うけど。
――魔法便とかで緊急連絡とかされてなければの話だが。
「どういたしましょうか、カズハ様。ミミリ殿もかなりお疲れの様子。ここは一旦宿に泊まって様子を見てみては?」
心配そうにミミリの様子を窺うグラハム。
確かに疲労が顔に出ているミミリ。
うさ耳も若干垂れ下がってしまっている。
「わ、私は大丈夫です……! 皆さんの足手まといにだけはなりたくないですし……」
慌てて俺とグラハムの間に入り込むミミリ。
こんな健気な女の子が俺の仲間になってくれるなんて夢みたいだ……。
そう、これだよ!
俺が求めていた女の子の仲間って……!
「あー、こほん。今夜は宿で休もう。皆疲れてるだろ? 俺も疲れちゃった」
「では、宿の確認に行って参りますな。ほら、リリィ」
気を利かしてくれたのか。
グラハムがリリィを連れて先に進む。
若干機嫌が悪そうなリリィ。
袖を引っ張るグラハムに対し「分かってるわよ! だから引っ張らないで!」とか怒っているし……。
「なんか、私のために……すいません」
うさ耳を更に垂らし、シュンとしてしまったミミリ。
どうしよう。
抱きしめちゃおうか……!
「えー、あー、そんなことはないよ。うちの連中は体力があり余っている馬鹿ばかりだから、同じレベルでものを考えないほうがいい」
そう答え、ミミリの肩をぽんっと叩く。
いやー、こうやって普通に女の子を慰められるなんて……。
ミミリを仲間に加えて本当に良かった……。
「……あの、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「うん? なに?」
静かな夜風が俺とミミリを優しく包み込む。
え? なんだろう、この空気――。
もしかして――。
「カズハ様って……その、ええと……」
急にモジモジし出したミミリ。
これはもしかすると、もしかするかも……!
俺は胸に手を置き深呼吸する。
さあ、こい!
バッチこいコノヤロウ!
「……もしかして……その、女のひとが、好きなんですか?」
「うん! 俺もミミリのことが大好――え?」
思っていたのと違う質問だと気付き、慌てて口を閉じる。
でもまあ、大きく違っていたわけではない……のかどうか分からんけど。
「わ、私……カズハ様のことは、その、感謝していますし、その、ええと、そうだ、格好いいと思っているのですけれど……」
なんだろう……。
なんか急に空気の流れが変わった感じがするのは気のせいだろうか……。
「女のひと同士で、その、そういう……経験、というか……。ああ、もう恥ずかしい……」
徐々に赤面していくミミリ。
まあ、言いたいことは何となく分かった。
これがレイさんだったら鼻血を噴き出しながら大喜びするところなんだろうけど。
俺は奴のように腐っているわけではない。
「ミミリ。たぶんいつかお前の耳にも入る話だから、先に伝えておくな。……あー、でもグラハムとリリィにはまだ黙っていてくれると助かる」
俺は首を傾げるミミリにひとつひとつ丁寧に説明した。
俺が元々『男』だったこと。
そして勇者として世界を2度も平定させた転生者だということ。
彼女がどこまで理解出来ているかは分からない。
でも、真剣な面持ちで俺の話を最後まで聞いてくれた。
「……それが、それこそが、戦乙女カズハ・アックスプラント様の強さの秘密だったのですね」
「あれ? 驚かないの?」
「いや、凄く驚きましたけど……。でも、あの桁違いの強さと豊富な知識を見せつけられてしまったら、納得する以外に他ありませんし。それに……」
そっと俺の傍に近付き、俺の胸に顔を寄せたミミリ。
超いい匂いがする……!
くそ、静まれ!
俺の煩悩!
「……身体は女性になってしまっても、心は男性のままなのですよね? それだったら、色々と頑張れば、その、なんとか、なるかなって……」
「ごくり」
ミミリの『色々と頑張ればなんとかなる』という言葉に、つい生唾ごっくんしちゃいました。
ナニをどう頑張るのでしょうか。
期待が高まりすぎて、変な叫び声とかでちゃいそうです。
「カズハ様……。この大変なときに、こんなことを言うのは不謹慎だと思うのですけれど……。今夜、その、ちょっと予定とか空いていたり……しますか?」
「空いてます。めっちゃ空いてます。空白地帯です」
心の中でガッツポーズをした俺。
問題は奴らだ。
アホのグラハムと委員長キャラのリリィをどう撒くか――。
というか、このまま身を眩ませるか。
ミミリを連れて、夜の街へと――。
「ミミリ!」
「は、はい!」
「このまま俺と夜のバカンスおおおおぉぉぉ!?」
あまりの驚きに声が裏返ってしまった俺。
だって急にミミリの後ろにリリィの顔が出現したんですもの。
背後霊かと思っちゃったよ!
心臓止まるかと思った!!
「……カズハ? 今、なんか変なこと言おうとしなかった?」
「してませんしてません! リリィめっちゃ顔こわい! 悪夢に出てくるあれみたいになってる!」
怖い顔のまま俺に近づいてきたリリィ。
駄目だ。
この委員長がいる限り、俺はミミリと夜のバカンスを楽しむことなど夢のまた夢――。
「宿がとれましたぞカズハ様。……と、何をしてらっしゃるのですかな?」
遅れて登場したグラハムは無邪気に俺達に近づいてくる。
その顔があまりにも純粋で。
無性に腹が立った俺はいつものごとく――。
「グーラっハム」
「はい?」
「先に謝っておくね☆ ごめん☆」
「何を仰ってぶはあああああ!?」
俺の拳がグラハムの鼻を直撃する。
そのまま後方にすっ飛んでいったグラハム。
すまない、親友よ。
ただの憂さ晴らしだ。
「か、カズハ様ぁ……! 嗚呼、カズハ様の熱い拳が私めの顔面にめり込んで……嗚呼!」
「だ、大丈夫ですかグラハムさん……!」
目を真ん丸くしたミミリが口を押さえて驚いている。
そして溜息を吐いているリリィ。
このままここにいると、また騒ぎが起きてしまう。
グラハムを陽動役にして、さっさと宿にズラかろう。
「待って! 置いていかないで! カズハ様ぁぁぁ!!」
◇
宿で飯を食い、男女別々の部屋をとった俺達一行。
この街は宗教の街だけあって、そういうところは厳しいみたいなんだけど。
でもさ、俺っていま女だからさ。
当然、男部屋はグラハム1人で借りているわけで――。
「あー、マジで喰ったなぁ。結構旨いんだよなぁ、ユーフラテスの食事って」
「そうよね。肉類とかは少な目だけど、味も上品だし私も結構好きかも」
満足げな表情でそう言い、3人分の紅茶を淹れるリリィ。
ミミリも彼女を手伝い、お茶菓子などを用意してくれている。
うんうん。
こうやってうさ耳メイドとして立派に成長してくれよ、ミミリ。
「今夜はもう、早めに寝るわよ。ユーフラテスに着いてからまだ1日だってまともに寝ていないんだからね」
「分かってるよー。俺だって疲れたし、もうヘトヘトだし。ミミリもそうだよな?」
「え? あ、はい……」
俺の目線に気付いたのか。
少しだけ頬を染めたミミリ。
「……何よ、この空気」
それを敏感に感じ取った様子のリリィ。
やはり委員長は鋭いからやりにくい……!
「カズハ……? 分かっているとは思うけど……」
「あー、はいはい。さすがに今夜は問題を起こさねぇよ。明日は大変な日だからな。なんたって主教から魔術禁書をパクるんだし」
「もう、そういうことは小さな声で言いなさいよ……。どこで誰が聞いているか分からないんだから……まったく……」
そう言ったリリィは大きく欠伸をした。
もうだいぶ目がトローンとしている。
良い子は寝る時間だから、さっさと寝なさい。
「ああ、もう眠い。私、先に寝るから、貴方達も遅くまで起きていたら駄目よ」
「はーい」
「は、はい……」
しばらく虚ろ虚ろとしていたリリィだったが、さすがに睡魔に勝てなかったのか。
そのままトボトボとベッドまで歩き、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。
「……」
俺はそっと彼女に近付き、頬を突く。
まったく反応がない。
これは完全に寝ている。
「……にやり」
俺はリビングを振り向き、めっちゃ悪い笑顔でガッツポーズを取った。
ミミリも頬を染めてモジモジしている。
さあ、今夜は宴だ――。
もう俺達2人を止める者など、この世界のどこにもいないのだから――。




