036 力の差
ユーフラテス公国、首都メリサム。
世界最大数のメリサ教信者を抱える、教主国家であるユーフラテス公国の聖地だ。
俺が国を作るときに土地を買い取ったのもこの国からで、有り金の10億Gを全て持っていかれ、あの辺境の土地を渡された。
主教であるエルザイム・マカレーンは主教としては3代目。
初代主教は聖教戦争の覇者であり、それによりユーフラテスを建国したらしい。
「聖教戦争といえば、世界中の宗教団体が軍隊を率いて戦ったっていうあの戦争のことで御座いますな、カズハ様」
首都メリサムに向かう道中、先頭を歩くグラハムが後ろを振り返り質問する。
「ああ。なんでも聖魔戦争の再来? だかなんかを掲げて盛大におっぴろげたって聞いたけど」
聖魔戦争。
遥か何千年前に精霊軍と魔王軍が世界の覇権を握るために全種族を巻き込んだ戦争だ。
結局勝ったのは魔王軍で、後の暗黒時代に繋がるわけなんだけど。
「当時の主教はずいぶんと精霊王を崇めていたみたいね。メリサ教の歴史を辿ると、必ずといっていいほど精霊王の勇姿を称える文言が出てくるし」
俺達の会話にリリィが加わる。
ここでも出てくる精霊王の名……。
本当に奴は今回の事件に関与していないんだろうか。
めっちゃ怪しい……。
「私達ラピッド族も、大昔は精霊軍の一員だったみたいですけれど……。やはり戦争は何も生み出さないのですね。大切な命を奪い合うだけで……」
うさ耳を垂らしながら会話に加わるミミリ。
いちいち仕草が可愛いんだなこれが。
後ろから抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
「まあ、俺達の目的はエルザイムのじいさんから魔術禁書を奪うだけだかんな。んで、レイさんを助けてめでたしめでたしだ」
鼻をほじりながらそう答えた俺は大きく伸びをする。
そろそろ夜が明けそうだ。
徹夜とかお肌に悪いからあんまりしたくないんだけど。
「貴女ね……。それで解決するんだったら、苦労しないわよまったく……」
怒る元気もないのか。
大きく溜息を吐いただけのリリィ。
まあ、さんざん怒ったから疲れただけなのかもしれないけど。
「(……あの、グラハムさん。カズハ様って、普段からいつもこんな調子なのでしょうか?)」
「(うわおっふぅ! そ、某は耳が弱くてですな! あ、いや、でももっとこう、息を吹きかける感じで攻めてもらっても全然問題ないですぞ!)」
「(え? あ、いや、そうじゃなくて、カズハ様の話……)」
なんか前の方でごそごそとやっているミミリとグラハム。
なんで嬉しそうに身をくねらせているんだ、この馬鹿グラハムは……。
「はぁ……。馬鹿ばっかり……」
「ほんとそれな。俺も疲れるよ、リリィ」
「どの口がそんなことを言えるのかしら! どの口が!」
「いだい! やべで! いだいがらやべで!」
思いっきり唇を引っ張り上げられました……。
全然元気じゃんリリィの奴……。
「ふふ、皆さん仲が良いのですね。他の方達もきっといい人達なのでしょうね」
嬉しそうにそう言い、笑ったミミリ。
「うん。なんたって俺が集めた仲間だからな。王都に戻ったらみんなに紹介するぞ。精霊族のお姫様とか、元魔王とか、おっぱいぷるんぷるん剣士とか、チャイナっ子とか、あとはセクハラ野郎とかいるけど」
「け、結構濃いメンバーなのですね……ははは」
苦笑いをしたミミリ。
でも決して嫌な顔ではない。
こいつならきっと皆とも上手くやってくれるだろう。
だってうさ耳だもん。
国に帰ったらメイド服を着てもらって、当初の予定通りうさ耳メイドとして働いてもらおう。
レイさんはメイドをクビにして。
(……レイさん。メイドはこの子に任せるから、絶対に無事でいてくれよ)
少しだけ彼女のことを考える。
勇者ゲイルの妹で、百合気質万歳なレイさん。
ユウリに捕らえられた俺の仲間のうちの、最後のひとり。
きっと俺のことを首を長ーくして待っていることだろう。
「この調子だと今日の夜には首都に到着できるかしら」
前方に視線を向け、リリィがそう呟いた。
「うん。リリィの魔法のお陰で移動速度が格段に速いからなー。ほんとお前が居てくれて助かったよ」
彼女の豊富なSPならば魔法の効果が切れる前に重ね掛けをしても当分は持つ。
移動中に自然回復もしているし、このまま最速で首都に到着できるだろう。
「カズハ様! 前方にモンスターの群れが!」
「あ、はいはい。じゃあ前衛を交代だ」
そう言いグラハムとミミリを後ろに回す。
さっきから道中はこれの繰り返しだ。
とにかく早く首都に到着したいから、今回のモンスターとのエンカウントは俺が一手に担うことにしている。
前方には大蛇みたいなモンスターが10匹くらいか。
俺は剛剣を抜き、地面を蹴る。
「《ストライプ・トラスト》」
右手で構えた剛剣を一瞬溜め、前方に突き出す。
『『ギュワアアア!!』』
10匹のモンスターが一瞬のうちに縦の縞模様に寸断される。
集団戦ではこの大剣技が一番楽だ。
俺だったら一撃で倒せるし。
「(……ねえ、グラハム。あのモンスターって……)」
「(……ああ、リリィ。恐らく『ギガント・スネイク』だな……。一匹でもちょっとしたドラゴン級の強さの)」
「あわわ……! か、格好いいです……! カズハ様ぁ……!」
なんか3人で楽しそうに話しているのが聞こえる。
そういうときって、どうして俺を混ぜてくれないんだろう。
これが嫌われ者の定めというやつか。
……泣いてもいいですか。
剣を収めようとしたところで、更に前方から巨大なモンスターの群れがこちらに近付いてくるのが見えた。
あれはゴーレムの集団だな。
あいつら固いからあんまり戦いたくないけど。
「うーん。回り道するのも面倒だし……」
速度を緩めることなくウインドウを操作する。
こういうときに火魔法があれば、最大火力で一気に吹っ飛ばせるんだけど。
やっぱ魔術禁書の代償って大きいのだと改めて感じさせられるな。
「あー、いいやこれで。面倒臭いし」
ウインドウ内の陰魔法から《痺針》を選択。
例のごとく長押しし、隠しウインドウを出現させる。
「《大痺針》」
ゴーレムの群れの上空に、数千もの魔法の針が出現。
そしてまるで嵐のように奴らに降り注いだ。
『『グググ……! グギギギギ……!!』』
「倒すの面倒臭い。このまま脇を素通りするぞ」
唖然としている3人にそう声を掛ける。
お金は欲しいけど、倒すのに時間が掛かるモンスターは勘弁。
「……」「……」「……」
「うん? なにその目」
何故か3人の視線が俺に突き刺さる。
訳わからん。
と、今度は大きな地鳴りが俺達を襲った。
「なんだよ、次から次と……! 急いでるんだっつうの!」
イライラしながら前方に視線を向けると、大きく地面が割れてなんか角みたいなのが出てきた。
「ひっ……! あ、あれは、ユーフラテス一帯の最強モンスター……!」
ミミリが怯えた表情でそう叫ぶ。
次第に地面から現れたのは、角が4本の毛がフサフサしている、ありえないくらい大きな魔獣だ。
「あれは『デビルスフィンクス』よ! 政府指定危険魔獣の!」
「いかん! カズハ様! こいつは本気で戦わねば、我らの命に関わりますぞ!」
そう叫んだ2人は聖杖と竜槍を構えた。
「わ、わたしも……!」
遅れてミミリも炎剣を抜く。
「あー、あれか。世界に数匹しか指定されていないっていう魔獣の」
ちょうどいいや。
あの角とか武器素材に使えそうだし、国に帰ったらゼギウスじいさんに加工してもらおう。
そうすればミミリの武器とか、他の奴らの装備も充実するだろ。
「ちょっとカズハ!? 貴女まさか――」
リリィが何か言ったが、俺はそれを聞かずに地面を蹴った。
『ウガルウウウゥゥゥ!!!』
上空から奇襲しようとした俺に向かい大口を開けた魔獣。
その口内には眩い光が集束している。
「カズハ様!! お逃げください!!」
危険と判断したのか。
グラハムが俺に向かい猛ダッシュしてくる。
「ええと、あー、どれだっけ……」
「カズハ!!」「カズハ様!!」
リリィとミミリの叫び声が木霊する。
「……あ、これだ。《大縫糸》」
陰魔法である《縫糸》の上位魔法をノーチャージで発動。
突如異次元から出現した糸は大口を開けた魔獣に襲い掛かる。
『!?』
まさに今、口からレーザーみたいなのを発射しようとしていた魔獣。
しかし俺の陰魔法によりその口が縫われて塞がれてしまう。
直後――。
『!!!!!』
声にもならない叫びを上げた魔獣。
どうやら口を塞いだままレーザーを発射しちゃったみたい。
目やら鼻やら耳から蒸気みたいなのが噴出してる。
あれは痛そう。
「ごめんな、指定魔獣。でもさ、時間が無いんだよね」
一閃――。
そしてまた一閃――。
4本の角を切り落とし、ドロップアイテムを手に入れた俺。
「どうして一撃で角を破壊できるのよ!? なんなの貴女は!?」
リリィの叫び声が聞こえるが、無視。
「今度会ったらお礼くらいするね。バイバイ」
ウインドウから《大奈落》を選択し、魔獣を異空間に放り込む。
「……」「……」
あんぐりと口を開けたままのグラハムとミミリ。
お前らさっきから何をしているんだよ。
新しい顔芸か。
「早く来いよー。置いていくぞー、お前ら。あ、あとこれ持っていって」
ぽい、と4本の角を投げ渡す。
慌ててそれを受け取ったグラハム。
「……私、夢でも見ているのでしょうか」
「……いいや、ミミリ殿。あれが我々の主、カズハ様ですぞ。もはや人間ではありませぬが」
「ああもう! ますます化物みたいになってるじゃないのよこの子は! ついていけないわよほんっとに!」
文句を言いながら俺の後をついてくる3人。
聞こえてるっつうの。
誰が人外だ、誰が。
静かになった草原で、俺達の話し声だけが周囲に木霊する――。




