034 燃え上がる魔術書
酒場を出た俺達は、その足で奴隷商人ガレイドの屋敷へと向かう。
この港町で一番大きな屋敷だ。
この街に到着したときは、どんな富豪が住んでいるのかと思ったが、まさか奴の屋敷だったとは――。
ガレイド・ブラスト。
『2周目』のときに何処かで俺の名を聞きつけ、奴隷を売りにきた最低野郎だ。
魔王軍の王都襲来を退け、世界各国に俺の名が知れ渡ったのだから、有名税みたいなものだと若干諦めていたんだが。
「ちょちょちょちょっと待ってください! 私まだ頭が混乱していて……! カズハ様って、あの有名な……?」
俺とグラハムの後を必死に追いかけてくるミミリ。
さすがはラピッド族というだけのことはある。
手加減して走っているとはいえ、俺達のスピードに付いてこれるなんて。
ますます気に入った。
「か、カズハ様……! ここで問題を起こすとエルザイム主教に見つかってしまいますぞ……! そうなったら《魔術禁書》の入手が困難に……!」
グラハムの言葉にミミリの表情が青ざめる。
あーあ。
もう後に引けなくなっちゃったじゃん。
引くつもりはこれっぽっちも無いんだけど。
「ミミリ。最後にもう一度確認するな。俺達の素性はお前が今、想像しているとおりだと思う」
一度立ち止まり、2人を振り返る。
「ガレイドの性格はよく知っている。お前、今でも奴隷をやらされているんだろう?」
「そ、それは……」
言葉を濁すミミリ。
いくらこの国では法律で奴隷制度が禁止されているからといって、他国では普通に奴隷は蔓延しているのだ。
名目上は奴隷から解放されたといっても、実態はなんら変わりない。
さっきのミミリの話でそう確信した俺。
「俺はお前をアックスプラント王国に迎えたい。だからガレイドをぶっ飛ばし、《奴隷契約》の魔術書を破り捨てる」
この世界でいう『奴隷』とは、主と主従関係を築き、《奴隷契約》という形で縛りをつけている。
その魔術書を破棄してしまえば、晴れてミミリは自由の身となるわけだ。
「まさか、カズハ様……! この国では奴隷が禁止されているというのに、この子はまだ《奴隷契約》をしたままだと仰るのですか……!」
グラハムの言葉に首を縦に振る俺。
ミミリは下を向いたまま、何も言わない。
それがすでに肯定の意思だというのは、誰が見ても明らかだ。
「お前が決めろ、ミミリ。俺と共にこの国を出るか、このまま奴隷を続けるか」
一瞬の沈黙。
こんな意地悪な質問をする俺を、この子は嫌うだろうか。
でもまあ、俺は元々嫌われっ子だし。
嫌だと言われても無理矢理連れていくつもりなんだけどね。
「……ても……ですか?」
「うん?」
俯いたまま肩を震わせてるミミリ。
一発殴られるくらいは覚悟している。
だって俺、奴隷商人に負けず劣らず勝手な人生を歩んでいると自覚してるもん。
「信じても……いいんですか? 奴隷の人生を……終わらせることが出来るって……!」
「うん」
涙を流し、俺の肩を掴むミミリ。
その手が、彼女の表情が、本当は嫌で嫌で仕様がなかった日々の生活を表しているようで――。
「もう……もう……! 嫌なんです……! 毎日が地獄で、このまま死ぬまでずっと、私は奴隷でいるんだって思うと……気が狂いそうになるんです……! 私は……自由になりたいです!!」
「いい答えだ」
彼女の意思を受け止め、俺は彼女を抱き上げた。
もう俺は、止まらない。
「グラハム。悪いけどこのままガレイドの屋敷に直行して、奴をぶっとば――」
「うおおおおお! こんな可愛いバニーちゃんを奴隷にしたままとは!! 許せん!! ぜーーーーったいに許せんぞおおおおおお! うおおおおおおおおお!!!」
俺とミミリをその場に置き、全速力で走っていったグラハム。
あーあ。
あいつも火が点いちゃったか。
「う……うう……!」
「もう泣くな。解決したら、いっぱい泣け。あとでいくらでも話を聞いてやるから。な?」
まるで子供のようにコクンと頷いたミミリ。
そして涙を拭き、ぎゅっと俺の首にしがみ付いた。
「そうだ。しっかり掴まってろよ」
身を屈め、力を集中する。
あの馬鹿グラハムは正面から突入するだろう。
あいつには悪いけど、陽動役を買って出てもらおう。
俺は直接、ガレイドを叩く!
地面を蹴り、跳躍する。
通りに立ち並ぶ屋根に飛び乗り、ウインドウを操作。
《隠密》を選択し、途端に半透明になる俺とミミリ。
――さあて。
俺の大暴れが、始まっちゃうぞ☆
◇
「な、なんだ貴様は……! おい! 賊が侵入したぞ!」
「うおおおおおお! 許せん! 奴隷なんて如何わしいことをしている奴らは、一匹たりとも許すことはできん! おりゃあああああ!」
予想どおり正面から突っ込んでいったグラハム。
さっそく強面のお兄さん達に囲まれているけど、俺はそれを無視し屋根伝いに屋上へと降り立つ。
そしてミミリを地面に下ろし、扉を開けようとするが開かない。
「あれ、鍵が掛かってる。……えい」
扉を蹴破った俺。
ビー! ビー! ビー!
「あ、やべ」
なんか知らんが警報機みたいなのが作動したみたい。
まあいいや。
細かいことは気にしない。
「か、カズハ様……! 本当に、いいのですか? こんな私のために……」
「うん。お前、俺の好みだから」
「あ……」
俺の正直な返答に頬を染めたミミリ。
やべ、正直に言い過ぎた。
エリーヌに聞かれたらぶっ殺されそうだから、自重しよう……。
「こっちからも来たぞ! ……あ? お前はガレイド様の奴隷の――ぶほぅ!?」
さっそく集まってきた野郎共を無差別にぶっ飛ばす俺。
とにかくガレイドのいる部屋を探そう。
「ミミリ。案内して」
「は、はい……!」
彼女を守りながら、建物の内部に侵入する。
どうせ警報が鳴っちゃったんだから、《隠密》を使ったって意味がないだろう。
対策魔法くらい使える奴はいるんだろうし。
背に持つ剛炎剣を二つに分ける。
そして一方の炎剣ドグマをミミリに手渡した。
「ミミリは剣とか使える? 何も持たないよりは持ってたほうが安全だろう?」
「はい! 他国を旅していた頃はガレイド様の警備を任されていましたし……」
やっぱりな。
ならば細いほうの炎剣はミミリにはちょうどいいかもしれない。
剛剣は俺が使おう。
もういっそのこと、この子にあげちゃおうか。
両方あったって、重くて使い辛いし。
「……帰ったらゼギウス爺さんに怒鳴られたりして」
「カズハ様! こっちです!」
ミミリの言葉で意識を集中させる。
前方から、これまたウジャウジャと警備の兵が集まってきているし。
よーし。
やったるか。
◇
「えい。《グレイブル・バスター》」
「うぎゃああああああああ!」
「うわあああああああああ!」
剛剣ドルグを振り下ろし、爆風とともに数名の兵士が吹き飛んでいく。
「ほい。《奈落》」
「うがあああああああ!」
「ひいいいいいいいい!」
ウインドウから陰魔法を選択し、ノーチャージで発動。
奴らの足元に現れた魔法陣が落とし穴に変貌。
異次元の空間へと飲み込まれていく。
「はああああ!」
背後から迫る敵に炎剣を巧みに使い応戦するミミリ。
あれ、結構強いんじゃね?
タオと同じくらいの戦力はあるのかもな。
「余所見してんじゃねえよ! この賊が!」
大斧を振り上げた、これまた負けず劣らずの大男が俺の頭上に得物を振り下ろそうとしている。
酷い奴だな。
こんなかわい子ちゃんな俺の頭を潰そうとするなんて。
……うん。
自分で言って、すごくなんか、うん。
振り下ろされた斧を左手の親指と人差し指でちょこんと摘まむ。
「んなっ!?」
あまりの行動に驚いたのか。
なんか鼻水噴き出しながら、目玉が飛び出しそうになってるし……。
「えい」
バキィ、と音を立て崩れ去った大斧。
その様子を見た他の警備兵らが、明らかに戦意喪失ぎみにこっちを見ている。
いや、そんな化物を見るような目で見られても……。
「賊はまだ捕まらんのか! いったいお前らは何をしているのだ!」
後方から恰幅のいいおっさんが大声で喚き散らしているのが見えた。
あのおデブさんには見覚えがある。
相変わらず悪趣味な宝飾品を身体中に付けているキモイおっさん。
「ガレイド……様……」
ミミリが俺の背に隠れ震えているのが分かる。
いったいこの子は今まで、どれだけ酷い仕打ちを受けてきたのだろう。
想像するだけでも怒りがこみ上げてくる。
「んあ? ミミリか? いったいそこで何をしておる。こっちに来なさい」
ガレイドの言葉にびくんと反応したミミリ。
そして意思とは関係なく、奴の声に従おうとする。
「い……や……。カズハ様……!」
「ああ。分かってる」
彼女はまだ奴隷契約中だ。
ということは、魔術書を破棄しなければ、ガレイドの命令に従うしかないということ。
ならば――。
「……え?」
一瞬のうちに警備兵の間を潜り、ガレイドの首に刃を突きつける。
まったく目で追えていなかったのだろう。
その場にいた誰もが目を丸くしていた。
「おっす、デブキモのおっさん。さっそくで悪いんだけど、ミミリの奴隷契約書を渡してくんないかな」
「なっ……! おい、お前たち! 何をしているのだ! さっさとこいつ――」
「聞こえなかったかな。契約書を渡せっつってんの。首、落としちゃうよ」
奴の耳元でトーンを抑えた声でそう囁く。
そして一気に青ざめたガレイド。
俺やっぱ、女王とか勇者とかやるよりも、こっちの方が向いてんのかもしれないな。
「ば、馬鹿にするなよ女風情が……! この世界は男が仕切っているのだ……! 女は男の道具として生きていればいいものを……!」
首に刃を突き立てられたまま、まだ虚勢を張っているガレイド。
奴が言いたいのは、以前の『勇者制度』のことも含まれているのだろう。
女は決して勇者になれない。
男尊女卑のこの世界の決まりは、嫌というほど痛感してきたし。
しかし、もう法は変わったのだ。
こいつの考えはもう古い。
世界は『3周目』に入り、大きく変わりつつある――。
なんて哲学的なことを考えてみたり。
「……ガレイド様」
ミミリがゆっくりと俺とガレイドの傍に寄ってくる。
俺はその様子をただ見守るだけ。
「くくく……くははは! やはりお前には分かるか! そうだよなぁ……! さんざんお前には金を掛けてきたからなぁ……! さあ! 早くこの女を斬れ! ワシを解放しろ!」
とうとう目の前に立ちふさがったミミリ。
そして顔を上げたミミリは、右手を挙げ――。
――バチン!
「へ?」
周りにいる誰もが、一瞬目を疑った。
ミミリは俺を斬るどころか、主人であるガレイドの頬を叩いたのだ。
通常ではありえない彼女の行動。
奴隷契約の魔法を覆した、彼女の『意思』というわけか。
「き、きき、貴様……! 主に向かって、今、何をしたのか分かっていだだだだ!」
「もういいだろおっさん。早く出せ。契約書」
思いっきり頬を抓る俺。
あまりの痛さにジタバタし始めたおっさん。
その瞬間、なんかの紙がひらりと落ちた。
「あ」
「あ」
それは紛れもなくミミリの奴隷契約書だった。
なんだ、持ってたんじゃん。
ラッキー。
俺はそのまま剛剣を振り上げ――。
「や、やめろ……!」
「うん。やめない」
――振り下ろした刃は炎を巻き上げ、奴隷契約の魔術書は消し炭と化したのだった。




