032 戦士たちの休息
ユーフラテス公国、港町シグマリオン。
俺達を乗せた客船は無事に航海を終え、船長はすぐさまこの国のギルドへと状況報告に向かって行った。
一応、俺達のことは伏せておくようにお願いしておいたけれど、果たしてどうなることやら。
そして俺はというと――。
「……酔った」
「だらしないわねぇ……。貴女がそんなに船に弱かったなんて……」
グラハムに背負われた俺に対し溜息を吐くリリィ。
「私はいくらでもカズハ様を背負う御用意は出来ておりますぞ! いやむしろ毎日でもこうやってカズハ様の御身体と密着いでででで!」
キモイことを言うその口を思いっきり抓る。
俺いま気分悪いんだからそういうのやめて。
「どうする? 少しこの港町で休んでいく? ここから首都までは、まだかなり距離があったわよね」
「うん……。俺もう今日は使い物にならないと思う……」
ぐったりしながらそう答えるのがやっとの俺。
きっと航海の直前で久しぶりに暴れたのがいけなかったんだと思う。
吐きそう。
「このまま宿に向かいましょう。少し横になられたほうが良いかと」
「まあ、確かに私達も戦闘続きで疲れたしね。今日一日くらいゆっくりしてもいいでしょう」
大きく伸びをしたリリィは港町を北へと進んでいく。
その先には5軒ほど宿が連なっていた。
ちょっとした宿泊街かなにかだろうか。
前はこんな所は無かった気がするんだけど……。
「それにしても、様々な人種がおりますなぁ。ユーフラテス公国は人種差別の少ない国だとは聞いておりましたが」
周りを見渡しながらグラハムがひとり呟く。
確かにこの国には人間族以外にもエルフ族やドワーフ族、ラビット族やゴブリン族も普通に生活している。
俺の国に棲みついているゴブリン族の集団は、この国から追放された賊かなにかなのだろう。
そのうち時間が出来たら追い出さねぇとな……。
「この国の主教様は人種差別を撤廃するって世界会議でも公言してたしね。もしかしたら魔族とも共存を考えているのかも……」
ユーフラテス公国の代表にしてメリサ教の主教、エルザイム・マカレーン。
齢80にもなる爺さんなんだけど、これがまた頭でっかちというか人の話を聞かないというか……。
正直苦手なタイプ。
「もしも本当に全ての種族が共存出来れば、この世界から戦争が無くなりますな。アゼルライムス帝国での『勇者制度』も撤廃になるでしょうし、魔王率いる魔族の集団も広大な魔族の領土で十分生活も出来るでしょうし」
「うわ、デモンズ・テリトリアなついなぁ……。最近あの辺まったく行かないけど、最果ての街にいるタオのおやじさんとかも元気なんかな……」
あの街にある道道飯店で飯を喰うのが勇者であった俺の日課だった。
強敵揃いの魔王軍との戦闘でなかなか魔王城まで突き進むことが出来なかったし。
毎日がレベル上げ、道道飯店での食事、温泉宿での宿泊の繰り返しだったし。
いやー、なつい。
「一度、じっくりとエルザイム主教のお話を伺いたいと思っていたのだけれど……はぁ……」
「何故そこで俺を睨みながら溜息を吐く」
「理由が貴女だからでしょうが!」
「いてっ!」
バチンとお尻を叩かれました。
まあ、そのとおりだから何も言い返せないけど。
「リリィ。カズハ様も弱っておられるのだからそれぐらいにしろ。……で、カズハ様。どの宿に致しましょうか」
いつの間にか宿泊街に辿り着いた俺達。
5軒もあるから悩んじゃうんだけど……。
「ああ、なるほど。カズハ、ここって種族ごとにゆっくり泊まれるように5軒も並んでいるんだわ。ほら、看板を良く見てみて」
「あー、そういうことかぁ。人間族専用、エルフ族専用、ドワーフ族専用――。へぇ、さすがはユーフラテス公国だなぁ」
それぞれの宿のカウンターを覗くと、それぞれの種族の店員がニコリとこちらに微笑み返してくれる。
でもゴブリン族のおっさん店員の笑顔とか、別にいらなかった。うん。
「じゃあラビット族の宿にしようぜ」
「なんで! 貴女いま私の話を聞いてたの!?」
だから……耳元で叫ぶなとあれほど……。
まだちょっと気持ち悪いんだからやめて……。
「カズハ様? 何か考えがおありで?」
「ああ、聞いて驚くなよ。ちょっと耳貸せお前ら」
グラハムの背から降りた俺は2人の肩に手を乗せ、円陣を組む。
そしてニヤリと笑い、こう告げた。
「――今、ラビット族の宿のカウンターに居たお姉さん……。バニーガールみたいで超可愛かったぜ」
◇
港町シグマリオン、ラビット族専用宿。
宿泊の手続きを終えた俺達はそのまま部屋へと案内される。
「か、カズハ様……! 私……! いま猛烈に鼻血が出そうですぞ!」
「だろ! あのうさ耳姉ちゃんやばいだろ! ラビット族って美人が多いとは聞いてたけど、あの姉ちゃんはレベル高いだろ!」
「ええ……! しかもあの刺激的な格好……! どこに目を向ければ良いのやら……!」
盛り上がる男性陣。
……いや、俺は女だけど。
「……はぁ。そんな理由で無理言って泊めてもらったのは良いけど……。どうしてこう馬鹿ばっかりなのかしら……」
「馬鹿じゃないぞ! うさ耳萌えってやつだ!」
「それが馬鹿だって言ってるのよ!」
うん。
正論を言われると言い返せない。
「どう致しましょうカズハ様……! この高鳴る気持ちを、どう彼女に伝えたら……!」
「OK、相棒。食事が済んだら、まず俺が声を掛ける。で、良い感じに雰囲気が和んだらお前に合図を送る。そしたら彼女を連れて3人でバーにでも向かおう」
グラハムに詳細な指示を送っている最中、リリィは呆れた表情でソファへと座る。
もう勝手にしてくれとでも言わんばかりの態度だ。
分かっていないな、リリィ。
うさ耳だぞ?
世の男どもの憧れのアイテムだぞ?
リアルバニーちゃんだぞ?
「でも、貴女はどうするの? まさかそのままの格好でバーになんて行かないわよね。自分が有名人だってことを忘れないでよ」
ぐったりとソファに身体を預けながらリリィが口出しをしてくる。
まあ、確かにここで問題を起こしてはマズイ。
主教が俺の入国を知ったら、警備を強化する可能性もある。
既にラクシャディアの一件は耳に入っているのだろうし。
「よし。じゃあ変装しよう。グラハム、あとで男物の服を買いにいくから付いてこい」
「了解致しました!」
「……はぁ……」
そして俺達のバニーちゃんナンパ作戦が始まった――。