031 戦乙女の無双
港町グランシャリー。
ゲヒルロハネス連邦国の最北端にある街。
あまり大きな街ではないが、ここから各国へと渡る船が複数停泊している。
ここから船に乗りユーフラテス公国へと向かい《気の魔術禁書》を強奪する――。
――予定だったのだが。
「ちょっとカズハ! これは一体どういうことなのよ!」
リリィが俺の頭をポカポカと叩きながらヒステリックに叫ぶ。
「俺に言われても困るんだけど……」
「囲まれましたぞ! 如何いたしますかカズハ様!」
俺とリリィに背を向け、竜槍を構えるグラハム。
その先にいるのは――。
「くくく……。とうとう見つけたぞ……! 貴重な奴隷と魔剣、きっちり耳を揃えて返してもらおうか……!」
「全体、構え! 相手はあの戦乙女とその仲間だ! 傷つけるなとは言わん! 殺してでも捕らえよ!」
黒服の集団と魔法衣に身を包んだ兵士達。
「いやまさかここで《和漢》の闇ブローカー達とラクシャディアの兵士達が待ち伏せしてるなんて思わなかったからなぁ。てへ///」
「照れてる場合じゃないでしょう! どうすんのよ! 船まで押さえられちゃってるじゃないのよ!」
耳元ででっかい声で叫ぶリリィ。
だから、何度も言うけど俺は女王――。
「《焔鋏》!」
「うわっち!」
いきなり《陽魔法》を使ってきた黒服のひとり。
名前は確か……瑠燕だったか。
「《アトミックシールド》!」
リリィがとっさに防護魔法を唱えてくれる。
俺達の周囲に薄蒼色の防護結界が張られる。
「くっ、あの男……どこかで見覚えがあると思ったら、手配書にもあった瑠燕ではありませんか……! また厄介なやつに追われていたのですな、カズハ様……!」
竜槍を振り回し、黒服達を威嚇するグラハム。
「そいつさぁ。セレンやアルゼインをボロボロに痛めつけて手錠をかけて牢に繋いでやがってさぁ。今思い出してもマジムカつくんだよなぁ」
「手錠……! 牢に繋いで痛めつけられて……! そして服も引き裂かれてあんな所やこんな所が露に……!! けしからん! 真にけしからん!」
「いや……そこまでは言ってないけど……」
「うおおおおお! 羨まけしからんですぞおおおおおお!!」
なんか勘違いしながら叫んでいるグラハム。
そしてそのまま黒服の集団に突っ込んでいく。
「……はぁ……馬鹿グラハム……」
頭を抱えながらラクシャディア兵の集団に身体を向けるリリィ。
「あっちはグラハムに任せて、私は奴らを食い止めるわ! カズハは占拠された船をどうにかして!」
「はーい。ラクシャディアの奴らも結構手ごわいから気をつけろよー、リリィ」
「力が抜けるからそういうの止めてよカズハ!」
すごい、怒られました。
もう俺、不貞腐れちゃうかも。
せっかく心配してやったのに……ぶつぶつぶつ……。
「あの女の杖は……《聖杖フォースレインビュート》! 気をつけろ! 奴はあの『大魔道士リリィ・ゼアルロッド』だ! 総員、総攻撃の準備を!」
一斉に魔法を詠唱しだしたラクシャディアの兵士達。
さすがは元、アムゼリアで五本の指に入っていた大魔道士。
有名人ってツライっすね。
「ぐっ……! 瑠燕! この槍使いの男も手ごわいぞ……!」
「囲い込め! 奴の槍の攻撃範囲外から一斉射撃をしろ!」
グラハムもたったひとりで黒服集団と渡り合っている。
大槍を振り回し無双する姿は流石としか言いようがないな。
あとでパンツくらいは見せてやろう。
それで満足するだろう。あの馬鹿なら。
「さて、と。俺達の乗る予定だった船はどれかなー」
港に停泊している複数の船を眺めながら近付いていく。
どの船にもうじゃうじゃと黒服やら魔法衣姿の敵が待ち構えている。
これは暴れ甲斐がありそうだ。
「久しぶりに『剛炎剣ちゃん』を使ってやるかぁ。最近ずっと退屈してたし」
よっこらしょ、と剛炎剣を構える。
めっちゃ重いし、早速二刀に分離させよう。
右手には剛剣ドルグを。
左手には炎剣ドグマを。
「お、あったあった。あれがユーフラテス公国行きの船か」
港の一番奥に停泊してある、中くらいの大きさの客船。
乗っている敵の数は……ざっと見でも50名ほどか。
「ったく……。ラクシャディアの兵士も《和漢》の闇ブローカーと手を組むなんて、落ちぶれたモンだよなぁ。いくら俺を捕まえたいからって裏の権力と堂々と手を組んじまったら色々と問題があるだろうに」
うんうん、と頷きながらラクシャディア行きの船に近付いていく。
まあ、最初に問題を起こしたのは俺なんだけど、そこんとこはスルーの方向で。
「来たぞ……! 《戦乙女カズハ・アックスプラント》……!」
「先日の恨み、ここで晴らさせて貰うぞ!」
めっちゃ殺気立っている黒服とラクシャディア兵達。
どうしよう。
ウインクでもしとくか。
……いや、やめておこう。
「船をなるべく壊さないように威力を抑えないと……。まあ、穴が開いたらグラハムに塞いで貰えばいいかー。じゃあ――」
いい終わるか終わらないかのタイミングで地面を蹴る。
俺の無双――。
とくとその目に焼き付けるが良い――。
◇
「《迅雷》!」
「おっと」
黒服のひとりが雷を纏ったナイフを投げてくる。
「《ウッド・ドッグ》!」
避けた先には木魔法を詠唱するラクシャディア兵の姿が。
『ワンワンワン!』
「うわぁ/// 可愛い犬/// なわけあるかあああああ!」
大きな口を開け牙を剥き出しにした木製の魔法犬を剛剣の腹で弾き飛ばす。
「今だ! 取り押さえろ!」
黒服のひとりの掛け声で一斉に俺に飛びかかってくる5名の黒服達。
俺は左手の炎剣ドグマを逆手に構えニヤリと笑う。
「《エンゲージ・フレイムタン》!」
「ぐわあああ!」
「熱ちぃ!!」
その場でぐるりと一回転し、炎の斬撃を黒服の集団に喰らわせる。
「あ、やべ。船が燃えちまう」
「え? あ、やめ――ぎゃああああ!」
傍らにいたラクシャディア兵を捕まえて船に燃え移った火をごしごしと擦らせて消す。
「あっぶねぇ、あっぶねぇ」
「鬼だ……! この女王……鬼だ!!」
「誰が鬼だ」
「ひっ――」
そのままラクシャディア兵達の中心に飛び込んだ俺は剛剣ドグマを上段に構える。
「《グレイブル・バスター》!」
「ぎゃああああ!」
「ひいいいいぃぃ!」
振り下ろしたと同時に敵の中心で爆発が起こる。
数名のラクシャディア兵が一瞬で吹き飛び気絶する。
「あ、やべ。ちょっと穴開いちゃった」
後頭部を掻きながら照れ笑いをする俺。
でもこれくらいの穴なら沈まないだろ。
「ひ、怯むな! こうなったら全員で――」
「《鎖錠》、《緊縛》、《奈落》、《盲目》、《痺針》」
ウインドウを開きノーチャージで《陰魔法》を連続使用する。
次々と身動きが取れなく敵集団。
「めちゃくちゃだ……。なんという戦い方を……」
「くそ! 《陰魔法》には《陽魔法》だ! 幸いにも我等には陽魔法使いが沢山――」
「せーの、」
「え――」
剛剣と炎剣をひとつにし、剛炎剣を大きく振りかぶる俺。
「《フルスイング・バースト》!!」
かきーん!
「うぎゃあああああ!」
「うわああああああ!!」
次々と海にすっ飛んでいく黒服とラクシャディア兵達。
もう残りの敵はあと僅か。
「こ、こうなったらこの船だけでも沈めてやる……!」
ラクシャディア兵のひとりが船底に向かい魔法を詠唱する。
それに釣られて生き残ったほかの奴らも次々と武器を船に構える。
「あー、もう……。そんなことしたら――」
瞬時に奴らの前へと移動した俺はたった一言、こう告げた。
「――殺しちゃうぞ☆」
◇
静かになった船内。
外を眺めるとグラハムとリリィが死闘を繰り広げているのが見える。
「おーい! こっちは制圧したぞー! お前らもほどほどに切り上げろよー!」
俺の声に振り向く2人。
まあ当然、瑠燕や他のラクシャディア兵たちにも聞こえちゃってるんだけど。
「あの馬鹿カズハ……!」
「分かりました! 今すぐカズハ様の胸元へと飛び込ませていただきます!」
頭を抱えるリリィと目がハートになっているグラハムが駆け寄ってくる。
その隙に俺は船長へと出航の準備を命じておく。
黒服らに捕らえられていた船長は、助けてくれたお礼に無償で船を出してくれるらしい。
せっかくだから、俺のせいで捕らえられていたことは黙っておこうと思う。
うん。
「逃がすか……!」
直前で立ち止まった瑠燕は何かの魔法を詠唱しだした。
きっとこの船を沈める為の特大魔法かなにかだろう。
「諦めの悪い奴だなぁ……」
俺は船尾に立ち、ウインドウを開く。
陰魔法の欄にある《奈落》を選択し、長押しする。
青白く光った選択画面からは別の魔法ウインドウが開かれる。
「もう二度と追ってくるなよ」
「なっ!?」
奴の足元に巨大な魔法陣が出現する。
命の危機を感じ取ったのか、瑠燕は咄嗟に防御魔法へと詠唱を切り替えた。
「無駄だぴょん。――《大奈落》」
上位魔法である《大奈落》を選択した俺。
瑠燕の周囲に展開されていた巨大な魔法陣が、大きな黒い穴へと変貌する。
どこに繋がっているのか全く分からない異次元への扉。
その穴に吸い込まれていく瑠燕と残りの黒服やラクシャディア兵達。
「み、見てろよ戦乙女……! 必ず……! 必ずお前を追い詰めて、仲間もろとも八つ裂きに――」
大穴に落ちていきながら、それでも恨み節を残していく瑠燕。
「その執念だけは認めてやるよ。いつかまた、どこかで会おうなー」
振り返りもせず、俺は手をヒラヒラとさせそう答える。
まあ、別に死にはしないだろう。
他の奴らにもちゃんと手加減はしたし。
「はあ、はあ、はあ……。もう……疲れたわよ……」
「リリィお疲れー」
「か、カズハ様……! ご、ご褒美を私めに……!」
「いいよ。おいで、グラハム」
「カズハ様っ……!!」
目を輝かせたグラハムは涎を垂らしながら俺の胸に飛び込もうとする。
「きもい」
「ぶへぇ!!」
つい咄嗟に拳を突き出してしまった俺は、見事グラハムの顔面を捉える。
「そ、そんなぁ……。カズハ……様…………がくっ」
そのまま気を失ってしまったグラハム。
俺はそっとハンカチを奴の顔へと被せる。
いい夢を見るんだぞ、グラハム。
「はぁ……。もう何でもいいわよ……」
その場にへたり込んだリリィ。
俺も一緒になって地べたに座る。
「いやー、久しぶりに暴れたー。やっぱたまには運動しないと駄目だな。腕が鈍っちまってぜんぜん動かなかったよ」
足をバタつかせながらそう答える俺。
いつもならここでリリィのツッコミがあるのだが、彼女もほとほと疲れ切った様子だ。
「追っ手も来ないみたいだし、ユーフラテスに到着するまではゆっくり出来そうだな」
そのまま海原を眺める俺。
もう何度目だか分からない船旅。
早く国に帰りたい。
おうちに閉じこもっていたい。
俺達は一路、ユーフラテス公国へ――。