028 親友×旧友
「いやー、久しぶりだなー」
魔法都市アークランドを抜け、北へと進む道中。
俺の後ろに付いてくるのは大槍を担いだグラハムと聖杖を小脇に抱えたリリィだ。
「久しぶり? 一体なんのこと?」
俺の独り言に首を傾げるリリィ。
「へ? あー、こっちの話」
「??」
何となく濁した俺は軽く笑い、そのまま北へと歩を進める。
グラハム・エドリード。
リリィ・ゼアルロッド。
俺が初めてこの異世界に転生した初日から、ずっと付き合いのある大事な仲間。
もう『仲間』という認識ではなく『親友』と言っても過言ではない。
1周目も2周目も、俺はこいつらと命を共にした。
3周目に入り女になってからは、随分と今までと違う人生を歩んではいるけれど。
「カズハ様。我々はこれから一体どこに向かうのでしょうか?」
珍しく真剣な表情でそう尋ねてくるグラハム。
流石にもう慣れたが、こいつが俺のことを『カズハ様』と呼ぶ日がくるとは思いもしなかった。
男だった頃の、俺の兄貴分みたいな存在。
俺の事はいつも『カズト』と呼び捨てで。
厳しくも優しい、俺の武術の師匠で――。
「おや? カズハ様。その顔は、私に惚れている顔ですね」
「……は?」
「あ、いえいえ。分かります。貴女様のような麗しい女王にとって、私めのような屈強な男など数ある男の中でも一際輝いて見えたとしても、それはそれは致し方の無い事で――」
「……は?」
「みなまで言わずとも、不精このグラハム。カズハ様の槍となりてこの命、燃やし尽くす所存で御座います。あ、槍と言いましても、決して、決して下のほうではございま――ぶっ!!」
鼻の下を伸ばしながらエロ方向に持っていこうとしたグラハムの下顎を思いっきり蹴飛ばす。
大丈夫。
少しぐらい本気で蹴ってもこの馬鹿は死なない。
「もう……。なに訳の分からないことをやっているのよ……」
頭を抱え溜息を吐くリリィ。
そういえば前世でも、俺とグラハムが悪ふざけをしてリリィが溜息を吐く場面は数え切れないほどあったっけ。
性別が変わっても役回りは変わらないということか……。
「か、カズハ様……! 今……! おみ足をお上げになられた際に……ぱ、パンツが――ぶへぇ!!」
「お前いい加減にエロから離れろこの野郎!」
その場で回転し、後ろ回し蹴りを鳩尾に喰らわせた俺。
宙を舞うグラハムはどこか嬉しそうな表情で。
うん。
すごく気持ち悪い……。
「で? ふざけるのはそれぐらいにして、何処に向かう気なの?」
リリィが呆れた表情で先を促す。
「もちろん《気の魔術禁書》がある場所だよ。ユーフラテス公国の主教が持っているはずだ」
「ぶっ!!」
俺が答えたと同時に吹きだすリリィ。
いや、あの、いまめっちゃ俺の顔に唾が――。
「ユーフラテスの主教って……! あのエルザイム主教のこと!?」
「うん」
「うん、じゃないわよ!! ユーフラテスのトップの要人じゃない! 話はつけてあるんでしょうね!」
「ううん」
「……嗚呼……頭いたくなってきた……」
その場で崩れ落ちるリリィ。
またまた大げさな奴だなー。
「いい? カズハ。よーーーーーーーく、聞きなさい」
「リリィさん。目が、すごく怖いです」
「いいから聞け!」
「……はい」
死ぬほど怒鳴られました。
耳がキーンてなってます。
「貴女は今、一国の女王よね」
「はいそうです」
「……で、貴女の国の土地は誰から譲ってもらった土地なのかしら?」
「ユーフラテスのあのおじいちゃんからです」
「主教! おじいちゃんじゃない!」
死ぬほど怒鳴られました。
耳が聞こえなくなりそうです。
「『魔術禁書』はそれ一つで世界を破滅させるかも知れないほどの力を宿しているのよ? それをユーフラテス公国のエルザイム主教が所持している……。それを貴女は話もつけずに奪おうというの?」
「だって仕方ねぇじゃん。あの偏屈じいさんに何言ったって魔術禁書なんてくれねぇのは確実だろ」
「そういう問題じゃないわよ! 下手したら戦争になるのよ! 嗚呼、もう……。どうしたら……」
オロオロと何かを計算するかの如く、宙に向かい指を動かしているリリィ。
彼女の脳内は今まさにフル回転をしていることだろう。
うん。
「でもどっちみち、ラクシャディア共和国も敵に回しちゃったしー。和漢の闇ブローカーも俺達を血眼になって探しているだろうしー」
「黙らっしゃい!!」
もう般若のような顔のリリィ。
お前がラスボスに決定!
「リリィ。カズハ様の仰ることは今までも、そしてこれからも『絶対』だということは、お前だって理解しているのだろう?」
鼻血を流しながらシリアスな表情で話に加わるグラハム。
いいから拭け。
めっちゃ出てるから。
「理解はしているつもりだったけど……。流石にエルザイム主教を敵に回すとなると……」
「いや、あのさ、リリィ。どうして俺があのじいさんを敵に回すとか勝手に決めてるわけ? 俺まだなにも言ってないじゃん」
「……じゃあ聞くけど、主教から《魔術禁書》をどうやって譲ってもらうの?」
「盗む」
「……ああ……」
ヘナヘナとその場に崩れるリリィ。
だって仕方ないじゃん。
あのじいさん、ホント俺の話なんてこれっぽっちも聞かないし。
アックスプラント王国の土地だって有り金全部持っていかれて、あんな辺境のゴブリンが支配しているような荒地を寄こしやがって……。
いま思い出しても腹が立つ。
金返せ。
貧乏生活はもう嫌だし。
俺の部下どもは浪費家揃いだし。
「まあ、とにかく、だ。このまま北に向かってユーフラテス行きの船に乗る。この前のお前らの酒代で金はスッカラカンだから、それまでにモンスターをぶっ倒して荒稼ぎする。以上!」
全財産を一夜にして使い切った呑み助ども。
あとで覚えてろよ。
どんなことをしてでも、金は返してもらうからな。
ていうか女王から金を借りんなよマジで。
自分で稼いで払えっつうの。
ヒモか。お前らは。
『グルルルルゥ……』
低い唸り声が遠くから聞こえてくる。
さっそく獲物がこちらに向かってくる。
「おい。そこの泣き崩れている般若女と煩悩剣士」
「だ、誰が般若女よ!」
「煩悩! それは男のロマン!」
余計に般若みたいな顔になったリリィと、相変わらずアホなグラハムが渋々と武器を構える。
「お前ら俺に借金があるんだから、船代と旅費くらいは稼げよ。俺はその間、一切手出しをしないからそのつもりで」
そう言い放った俺は鼻くそをほじりながら先へと進む。
「この鬼! 私はそんなに飲んでいないわよ! ほとんどセレンとアルゼインじゃない!」
文句を言いながらも聖杖フォースレインビュートを構え詠唱するリリィ。
「ふっふっふ……! カズハ様の望みとあらば、このグラハム! 地の果てまでお付き合い致しますぞ!」
不敵な笑いをあげながら竜槍ゲイヴォへレストを高らかと掲げるグラハム。
(ま、こいつらの化物じみた強さは俺が一番良く分かってるからな……)
奴らを横目に見ながら、少しだけ微笑む俺。
久しぶりの3人旅。
少しぐらい楽しんだってバチは当たらないだろう。
空に視線を向けると青空がどこまでも続いていた。
たぶん、なんとかなるだろ。
レイさんも無事だろうし、《気の魔術禁書》もきっと手に入る。
「あー、腹減ったなぁ……」
ぐぅ、と鳴ったお腹に手を当てる。
早く全部終わらせて、タオの料理を腹いっぱいに食べたい。
そんなことを考えながらの3人旅が始まったわけで――。




