022 ユウリの目的
港町ガイトの宿で旅の疲れを癒した俺達一行は一路、魔法都市アークランドを目指す。
街を出て、整備された道を真っ直ぐに北東へと向かう。
「おい、カズハ。いい加減こいつらをどうにかしてくんねぇか」
俺の後方を歩くデボルグが文句を言う。
奴の右手にはアルゼインが。
左手にはセレンがぴったりと寄り添っている。
「お前モテモテだな」
「どうみても違ぇだろうが! 両方のおっぱい剣士が両方とも剣を抜いてんだぞ!」
視線を向けると確かに二人とも魔剣を抜いている。
でもまあ警戒されて当然かもな。
俺も勝手に《緊縛》を解いちまったし。
「しっかりと見張るアルよ二人とも! そいつ昨日私のおっぱいを揉もうとしてたアルし!」
最後尾で鬼の様な顔をしながらタオが吼える。
「お前なぁ……。風呂上りでほぼ半裸でソファで寝られたら、そりゃ襲うに決まってるだろ。アホか」
「アホはどっちアルかああああ!! 死ねこの変態赤髪野郎!」
「……朝からどうしてこんなに五月蝿いのでしょうか……。カズハが変なのを捕らえるからこういう事に……」
俺の横で頭を抱える幼女。
良かった。
昨日はいきなり泣き出したから死ぬほど焦ったけど、今日は大丈夫そうだ。
幼女の涙とか、本気モードの真・魔王よりも遥かに怖い。
泣かれるくらいだったらいつものジト目で睨まれている方がよっぽどマシだ。
「所でカズハ。その魔法都市なんたらってのはここからどのくらい歩くんだい?」
「魔法都市アークランドだっつの。覚えろよ名前くらい……」
魔剣の切っ先をデボルグに向けたままアルゼインが質問してくる。
「昨日の話では距離約600UL程だと言っていたな。このペースでは歩いて半日といった所か」
俺の代わりにセレンが答える。
ちゃんと俺の話を聞いてくれている元魔王様だいすき。
お前も見習えアルゼイン。
「……ルーメリアに会ったら、どうするつもりだ? カズハ」
牙を立てて威嚇しているタオの頭を片手で抑えながら、デボルグが聞いて来る。
「どうするつもりって……。それはルーメリア次第だろう。こっちは人質が取られてんだぞ」
「ルーメリアは恐らく、ユウリに操られている筈……。説得するのは無理だぞ」
珍しく真剣な表情のデボルグ。
ユウリと科学者達により無属性の魔法遺伝子を組み込まれたルーメリアは、その実験の最中に洗脳を受けたという。
どこまでが本当の話なのかは分からないが、デボルグの表情を見るに嘘は言ってない様だ。
「ホント、クソみたいな男だねぇ。そのユウリとか言う奴は」
アルゼインが気分を害したかの様に言い放つ。
その言葉に皆、複雑な表情で頷く。
同じ女という性別で、実験台となったルーメリアに同情しているのだろう。
「あー、とにかく! 皆、しっかりと気を引き締めてだな! 俺達の仲間を全力で取り返して、ユウリの顔面をこれでもかと殴ってだな! あ、そうだ! 何なら俺が陰魔法を使って逆にルーメリアを洗脳して――」
パコン!
という音と共に色々なものが俺の顔面に直撃した。
「痛ってぇな! あにすんだよお前ら! 場の空気を和ませただけじゃねぇかよ!」
「カズハが言うと冗談に聞こえないアルよ! 一体どれだけあんたの被害者がいると思っているアルか!」
先程までデボルグに牙を剥いていたタオが、今度は標的を俺に変更する。
どうしてこうなる。
訳分からん。
「え? 被害者って……どこに?」
バチン!
という音と共に今度は皆の平手打ちが飛んできた。
痛い。
死んだほうがマシなくらい痛い。
どうしてこうなる。
マジで。
「くっくっく……! カズハ、マジで嫌われてるんだな……! 一体今までこいつらに何をしてきたんだ?」
デボルグが腹を抱えながら笑っている。
元はと言えば、こいつがルーメリアの話を持ち出したのが悪い。
俺はジト目でデボルグを睨みつける。
真っ赤に腫れた顔で。
「馬鹿は放っておいて先に進みましょう。こんな事では日が暮れてしまいます」
「そうアルね。何だかだんだん怒るのがアホらしくなってきたアル。行くアルよ、アルゼイン、セレン」
ジト目で睨みつける俺と笑い転げているデボルグを置いて先に行ってしまう面々。
だからどうしてこうなるの!
捕虜と王様置いてどこ行くの!
おまえら俺の家臣だってこと忘れてるだろ絶対!
「いや、ホント飽きないぜ、お前らといると。エアリーも毎日お前の話ばかりしてたし、あいつも連れてくれば良かったな」
ふいにエアリーの名前を出され、あの人懐っこい笑顔を思い出してしまう。
彼女はまだユウリの元にいるのだろうか。
もしかしたらルーメリアと同じく洗脳されてるのかも知れない。
(……冗談抜きに、マジで会ったらぶっ飛ばすぞユウリ……)
まず殴る。
それから事情を聞く。
何故、俺がこの世界をループしていることを知っているのか。
あの日に見た夢は、恐らく何らかの方法で奴が魔法を使い、俺に見せたものなのだろう。
云わば挑戦状のようなものだ。
奴は一体、勇者になって何をするつもりなのか。
俺をループ地獄から救うと言っていたが、今も魔王城の地下に眠る真・魔王を倒した所で更に強力な魔王が目覚めて来るだけだ。
俺は元の世界に戻ることなんて出来ない。
そして今更、戻る気も無い――。
(ああ、駄目だ駄目だ……! あいつの事を考えるとどうしても頭がモヤモヤする……!)
頭を振り、妄想を振り払う。
こんなんじゃユウリに勝てない。
恐らくあいつは、闘技大会で戦ったときも本気を出してはいない。
底の知れない力を持った《双魔剣士》という名の二刀使い。
奴が俺と同じく伝説の剣を手に入れ、二刀流の力と共に『魔法同時発動』という力を操り。
そこに魔術禁書の力まで加わったとしたら――。
俺は自身の両頬を力いっぱい叩く。
気合を入れ直さなくては。
俺が弱気でどうする。
「…………痛い」
そのまま蹲る。
さっき思いっきり仲間達にビンタされて腫れた頬に、もう一度自分でビンタを喰らわせたのだ。
俺……馬鹿かも。
「……何をしたいんだ、お前は」
デボルグの呆れた声が聞こえて来る。
やっぱりユウリの事を考えるとロクな事が無い。
俺は涙ながらに頬を擦っていた訳で――。
 




