020 明かされた事実
「ユウリが……勇者に内定した?」
「ああ、それもつい先日な。正式発表はまだ先なんだが、アゼルライムスでは既に式典の準備を始めている」
デボルグの口から発せられた真実。
ユウリが、勇者に――。
「……このタイミングで勇者に内定アルか……。絶対に裏があるアルよねそれって……」
「私もそう思います。行方不明になっている元勇者ゲイルの消息も気になりますし……」
精霊王にその身を乗っ取られた元勇者のゲイル。
その後を引き継ぐ形となった新たな勇者ユウリ。
俺はルルにアイコンタクトを送る。
しかし彼女は首を横に振るばかりだ。
(ここまで条件が揃っていても、精霊王は関わっていない……? どういう事なんだ……?)
いや、それよりもユウリが正式に勇者になったらどうなる?
アゼルライムス王は魔王城への遠征準備を始めるだろう。
世界に平和を齎す為に、一軍を率いて――。
「……」
セレンは何も言わずに俺に視線を向けている。
ユウリは彼女が元魔王だと知っているのだろうか。
この世に1つしか存在しない筈の魔剣を2つも所持する俺達インフィニティコリドルに対し、脅威を感じた可能性もある。
だから魔剣と共にセレンとアルゼインを誘拐した――?
「おい、そこの赤いの。あんた、そのユウリって奴の手下なんだろう? そいつが黒幕で、私らを誘拐して魔術禁書を集めさせているってのは分かっているんだ。一体目的は何なんだい?」
大きな胸を揺らしながらアルゼインが質問する。
「別に手下になったつもりはネェな。俺もルーメリアもエアリーも、あいつが目指していた未来に賛同しただけの事だ。それなのにあの野郎……」
ユウリが目指していた『未来』。
それが一体どういったものなのかは分からないが――。
「『目指していた』ってことは今は違うってことだな。それに嫌気が差して逃げ出してきたって訳か」
「逃げ出したんじゃねぇ! あの野郎の考えてる事が気に喰わなかったんだ! そもそも俺はてめぇらが闇ブローカーに誘拐されてたことすら聞いてなかったんだぜ!」
俺の言葉に反応するデボルグ。
その目は真剣そのものだ。
「本当アルか? ならどうしてカズハから氷の魔術禁書を奪って逃走したアルか?」
「それは……」
言葉に詰まるデボルグ。
皆の厳しい視線が集まる。
「言えないのかい? この状況で。あたしらが一体どんな目にあったか知らないわけじゃぁないんだろう?」
アルゼインがデボルグに詰め寄る。
セレンは腕を組んだまま彼を見下ろすばかりだ。
「……」
何も話さずに唇を噛み締めたままのデボルグ。
この状況で理由を話さないと、自身がどんな目に遭うか分かっている筈なのに。
「あー。はいお前らちょっとストップ」
「……カズハ?」
ずずい、と前に出た俺に声を掛けるルル。
皆の視線が俺に集まる。
「こいつから聞きたいことは山ほどあるとは思うんだけど、ちょっと一旦ストップ。おい、立て、デボルグ」
無理矢理デボルグを立たせる俺。
「おいおい、カズハ……。あんたまさか……」
アルゼインが鋭い視線を俺に向ける。
というか鋭いおっぱいを俺に向ける。
「ああ。この一件は俺が預かる」
「はあ? 何を言っているアルか? 私達が一体どんな目に遭ったと思っているアルか! きちんと説明して貰わないと流石の私も怒るアルよ!」
珍しくタオが俺に突っ掛かって来る。
恐らくこのパーティで一番に皆を心配しているのはタオだ。
彼女は本気で俺達の事を家族だと思ってくれている。
しかし、俺は彼女を制す。
「カズハ……。どうして……」
ルルが心配そうな顔を俺に向ける。
幼女にこんな顔をさせてしまう俺は、きっと駄目な人間なのだろう。
「ふざけるんじゃないよ、カズハ。いくらあたいでも、今回の件についてはしっかりと説明して貰わないと――」
更に怖い目をしながら追求してくるアルゼイン。
しかし彼女の前にセレンが立ちはだかる。
「……」
「おい、セレン。あんたまさか、カズハの事を肩に持つ気かい? あんただって酷い目に遭わされただろう? なのにどうして……」
何も答えずに、アルゼインに鋭い視線を向けるセレン。
その気迫に皆がたじろぐ。
(セレンはやっぱ気付くか……。なるべく他の奴等は巻き込みたくない話なんだけどな……)
セレンの気遣いについ頬が緩んでしまう俺。
こいつも本当に変わったと思う。
俺に魔王城から強制拉致されて、無理矢理パーティに入れさせられたというのに。
「……行け、カズハ。こやつ等は私が説得する」
「……悪いな、セレン。でも喧嘩はほどほどにしておいてくれよ。後でギクシャクとか俺、嫌だから。ホレ、場所を変えるぞデボルグ」
デボルグの首根っこを掴み、別の部屋へと向かう俺。
後ろを振り返ると、納得の行かない仲間達が道を塞ぐセレンに問い詰めているのが見える。
(マジで悪ぃ、セレン……。嫌な役をやらせちまって……)
きっと自分ならば適任だと即座に機転を利かせたのだろう。
後でお礼を言っておこう。
サンキュウな、セレン。
◇
「……」
別の部屋に移りデボルグを椅子に座らせる。
下を向いたまますっかり意気消沈気味のデボルグ。
「さて、と……」
俺はウインドウを開き《解縛》を選択。
幾何学模様の魔法陣がデボルグの足元に出現し、奴に掛けられた陰魔法が解呪されて行く。
「……いいのかよ、カズハ」
「ああ。別にお前ももう、悪さをするつもりは無いんだろう? だったら必要無いだろ」
「……ったく。お前のその性格は一体何なんだ? 人を疑うことを知らないのかよ……」
バツが悪そうに視線を逸らしながらそう言うデボルグ。
しかしすぐに逃げ出そうとしない所を見ると、俺の予想は的中していたことになる。
「しかし、あのセレンとかいう女……。何故、俺達を行かせたんだ?」
腕を回しながら質問してくるデボルグ。
「あいつの名は……あ、言っちゃ駄目か。正式名は言えないけど『グランザイム』って言えば分かるだろ」
「グランザイム……? まさか……」
セレンの真名を明かしてしまえば、魔族である彼女は眷属として召喚されてしまう可能性がある。
俺を信頼して真名を教えてくれたんだ。
他の仲間でさえ、彼女の真名を知らないのだから。
「あいつは『魔王』だ。今は違うけど、俺があいつを仲間にするまで、この世界を恐怖のどん底に陥れていた張本人だ」
魔族と人間族の戦い。
この世界では幾度と無く戦争が繰り広げられて来た。
人間族は精霊の力を借り、勇者を始めとする軍を作り。
魔族は魔王の魔力を糧として、殺戮の限りを尽くして来た。
本来は相容れない種族同士である人間族と魔族。
「カズハ……。お前はどこまで知っている」
「まあ、大体は。お前が言えなかったことを当ててやろうか。…………『魔法遺伝子』」
「!!」
俺の言葉に反応するデボルグ。
やはりそうだ。
ならばユウリのやろうとしている事とは――。
「お前……マジで一体何者なんだよ……」
頭を抱えてそう言うデボルグ。
その姿を横目に見ながら、俺は思考する。
魔法遺伝子。
古代の人間族が魔族を虐殺し、実験により抽出した未知なる遺伝子。
当時の研究者達は人間の王族の命により魔法遺伝子の抽出に成功。
貴族王族を中心にその移植を試みたが、発現に失敗。
研究者達は極刑を受け、研究成果だけがひっそりと後世に残される形となった。
しかしそれから数百年が経過した後、次々と魔法が使える人間族が出生する。
古代図書館に眠っていた資料から、当時の研究は失敗では無かったことが判明。
何世代か後に発現した魔法遺伝子の効果により、現代では魔法を使えない人間族はほとんどと言っていいほど存在しない。
そして問題の魔術禁書。
この世界には全12種類あるといわれている属性魔法と同数の魔術禁書が存在する。
火属性ならば火の魔術禁書。
水属性ならば水の魔術禁書。
元々は当時の研究者が魔法遺伝子を抽出する際に発見した、古代文字で描かれた解析不能の文書だ。
しかし、俺は知っている。
この世界には13番目の属性魔法があることを――。
ならば、存在するはずだ。
幻の13番目の魔術禁書が――。
「ユウリは魔術禁書を集めて、魔法遺伝子に隠された13番目の属性――『無属性』を解放しようとしているんだろう? その為に必要な《無の魔術禁書》を奴は手に入れようとしている。ゲヒルロハネス連邦国の研究者とユウリは繋がっていた。そして――」
一旦言葉を止める俺。
デボルグは頭を抱えたまま何も言わない。
「そして――ルーメリアは実験台になったって訳だ。無属性の魔法を駆使する《夢幻魔道士》として――。かつての悪魔の様な実験の被験者として、彼女は――」




