018 圧倒的な力
「黒銀の闇よ、怨念の元に全ての正義を喰らい尽くせ! 《ダークサーヴァント》!」
セレンの唱えた闇魔法により8本の黒銀の刃が出現。
神獣の周囲を取り囲み、間を置く事もなく襲い掛かる。
しかし目に見えない防護結界のようなもので全てが弾かれ四散する。
「ちっ、やはり効かないか。カズハの言ったとおりだな」
「魔剣での攻撃以外は物理も魔法も効果が無いなんてねぇ……。神獣って奴はこんなのばかりなのかねぇ……!」
言い終わると同時に魔剣を振り下ろすアルゼイン。
防護結界をすり抜けた魔剣は神獣の巨体に突き刺さる。
『グオオオオオン!』
先程とは打って変わり唸り声を上げた神獣。
しかし一撃では大した致命傷を与える事は出来ない様だ。
「くそ! 体格差がありすぎるよ……! いくら魔剣ならばダメージを与えられるからって、これじゃ――」
「アルゼイン! 上だ!」
「え――」
セレンの叫び声により上空に視線を向けるアルゼイン。
神獣の長い尾の先がアルゼインの死角より襲い掛かる。
「ちぃ……! 聖者の紋章よ! 悪しき刃よりこの身を守る盾となれ! 《セイグリッドクレスト》!」
光魔法を唱えたアルゼインの前方に幾何学模様の光の紋章が浮かび上がる。
瞬間的に防御力を飛躍的に高める防御魔法。
しかし――。
「ぐっ……!?」
「アルゼイン!」
巨体に似合わない程のスピードで振り抜かれた尾の先が、光の紋章ごとアルゼインを吹き飛ばす。
そして甲板の後方まで吹き飛ばされるアルゼイン。
「……ぺっ、こりゃ肋骨にひびでも入ったかねぇ……」
血液の混じった唾を吐き神獣を睨み上げるアルゼイン。
「防御魔法でも防ぎ切れんのか……。アルゼイン。なるべく攻撃は受けるな。反撃の予兆を感じたらすぐに離脱だ」
すぐさまアルゼインに駆けつけたセレンは治癒魔法を使用。
みるみるうちに傷口が塞がっていくアルゼイン。
「言われなくても分かっているよ。あんなに重い攻撃なんてそうそう受けてたまるかい」
「その意気だ。立てるか? バラバラに攻撃するよりも同時に攻撃したほうが効率が良い。息を合わせて左右から攻め込むぞ」
アルゼインに手を貸し立ち上がらせるセレン。
視線を合わせ頷いたアルゼインは再び戦闘態勢に入る。
「魔剣クリミナルダークネスよ。我に力を――」
「あんたの力はこんなもんじゃないだろう? もっとあたいによこしな……! その邪悪な力を――!」
二人の魔剣士が目を瞑り、魔剣に問う。
周囲の空間が徐々に歪み、深紫色の霧が彼女達を覆う。
全ての絶望、全ての混沌を宿した魔剣は互いに共鳴する。
破壊。殺戮。血塗られた過去。
数多の魂が怨念が、魔剣に集まり力を凝縮して行く。
「「――亡者の共鳴――」」
目を見開いた二人の魔剣士。
彼女達の目は真紅に輝いている。
そして血の涙が二人の頬を伝って行く。
それは亡者に対する哀れみの涙なのか。
それとも殺戮に対する歓喜の涙なのか。
「行くぞ、アルゼイン」
「ああ……!」
セレンの号令と共に同時に地面を蹴る二人。
眼前に迫る神獣は大きく口を開け二人を丸呑みしようとする。
「今だ……!」
まさに今、神獣に食われようとした寸前で左右に散り、攻撃をかわす二人。
「この世のあらゆる怨念よ……! 我が体内に全ての憎悪を注ぎ込め……!」
「生者に仇なす悪霊共よ! 今こそその咎を清算する時なり……!」
二人を覆う深紫の霧が幾千もの魑魅魍魎に形を変える。
全ての憎悪を飲み込んだ魔剣は、まさに今、二人の魔剣士により解放されようとしている。
「《混沌と怨念の斬撃》!!」
「《血と臓腑の咎人剣》!!」
同時に自身のもつ最強の魔剣技を繰り出すセレンとアルゼイン。
左右から放たれた魔剣の一閃が神獣の巨大な首をそぎ落とす。
「やった……!」
大きく飛沫を上げ、海底へと沈んで行く神獣の頭部。
「まったく……。最強の魔剣技を二人同時に使ってやっとかい……」
甲板に戻り大の字に寝転がるアルゼイン。
大技を使用し精神力が枯渇したのだろう。
傍らに蹲っているセレンにも疲労の色が見える。
「…………あ?」
寝転がったまま何かに気付き声を出すアルゼイン。
その顔は恐怖に引き攣っていた。
「? どうした?」
その表情に気付いたセレンが声を掛ける。
「……ハハ……嘘だろう……?」
「まさか――」
アルゼインの視線の先。
生首を捥がれた神獣の胴体。
その捥がれた首の先が――。
「――再生している?」
セレンの言葉どおり、徐々に首から先が再生していく神獣。
既に7割方は元の姿に戻っている。
「首を捥がれても復活するのかい……? この化物は……」
立ち上がろうとするも身を起こすことも出来ないアルゼイン。
セレンも片膝を突いたまま、再生されていく神獣を見上げることしか出来ない。
『グオオオオオオン……!!』
完全に復活した神獣は、その無慈悲な目を二人に向けた――。
◇
「やばいアルよおおおお! 何なんアルかあれえええぇぇ! 完全に反則アルよおおおお!!」
船室の窓から一部始終を静観していたタオがあたふたしながら叫び出す。
「どうするのですかカズハ……! あのままでは二人が……!」
ルルまでもが普段とは違い取り乱している。
俺はよいしょっとベッドから身を起こし首の骨を軽く鳴らす。
「まったく仕様がねぇなぁ。俺、体調悪いのに……。う、ぎぼちわるい……」
「そんな事言っている場合アルかああああああ!! いくらカズハでも本気で行かないとやばいアルよあれはああああああ!」
「おちけつ、タオ。さっきから唾が思いっきり俺の顔に掛かってるから」
「こんな時にふざけるんじゃ無いアル!!!」
ごんっ!
「いてっ! グーは無いだろ! グーは!」
涙目になりながらタオに訴えかける俺。
「……早く行かないと、今度は私がパーで行きますよ?」
「……すぐに行きます」
幼女が凄い目で睨んできました。
おしっこちびりそうになりました。
「あー、気持ち悪い……。頭いたい……。もう帰りたい……」
ぶつぶつと文句を言いながら甲板まで階段を登って行く。
あいつらならギリ倒せると思ったんだけどなぁ。
仕方ない。
ちゃちゃっと殺っちゃおう。
◇
「カズハ……!」
大の字で寝転がったまま、懇願するような目で俺を見るアルゼイン。
あれ? なんかちょっと色っぽい……?
ていうかおっぱい見えそう。
ご馳走様です。
「結局はお前を頼る事になるのか……。力になれなくてすまない……」
片膝を突いたまま悔しそうにそう言うセレン。
普段からこれくらいしおらしくしてたら、この元魔王様も可愛げがあるのに……。
俺ちょっと胸キュンになりました。
もしも男に戻ることがあったら嫁にしてやろう。
エリーヌには内緒で。
『グオオオオオン!!』
長い舌をペロペロと出しながら捕食対象を選別している様子の神獣。
俺はそいつを完全に無視し二人に声を掛ける。
「アルゼイン、セレン。剣貸して」
二本の魔剣を受け取る俺。
そして軽くストレッチ。
さっきまで寝てたから腰が痛い。
気持ち悪いし頭痛いし良い事一つも無い。
『グオオオオオオオン!!!』
「うるせぇよ。頭痛いんだっつってんの!」
さっきから咆哮している神獣に殺意を覚え始めた俺。
大事な仲間もボロボロだし、絶対に許さん。
……まあ、任せたのは俺なんだけどね。
「《ツーエッジソード》。《弐剰》」
二刀流スキルと陰魔法を発動し攻撃力を高める。
すると異常な程の力を感じたのか。
神獣の雰囲気が急変する。
『……௧ஊ௩௪௫ ௯௰௱கஅ
உஔகட ணதநன ௩௪௫௬௭
ஆஇஈஉ ஊஎஏ கஙசஜ ஞதநன
ப௭௮க ஙசஜரலள……』
「おいおい、いきなり《闇の禁術》かよ……」
前回の氷の神獣と対決したときにも聞いた禁術詠唱。
ここでそんなん発動されたら船もろとも吹き飛んでしまう。
「カズハ……! 早く……!」
恐怖のあまり顔を引き攣らせているアルゼイン。
隣で蹲っているセレンも似たような表情だ。
俺は深く溜息を吐きながら魔法のウインドウを開く。
そして陰魔法の一覧から《鎖錠》を選択。
しかしすぐに選択ボタンから指を離さずに長押しする。
すると選択画面が青く光り、別の魔法ウインドウが開かれた。
「《大鎖錠》」
そのまま新たに開かれたウインドウから《鎖錠》の上位魔法である《大鎖錠》を選択。
神獣の上空よりいくつもの異空間の扉が開かれ、巨大な数本の黒鎖が出現する。
「あれは……!?」
セレンが驚愕の表情で上空の大黒鎖を指差す。
本当はあんまり使いたくないんだけど、今回は仕方ない。
体調悪いから早く倒さなきゃだし。
『グググ……!! ググググ……!!!』
巨大な黒鎖は神獣の首、胴体、尻尾を幾重にも拘束する。
そして完全に身動きが取れなくなった神獣。
「お前の再生能力は厄介だからなぁ。でも、それを上回るほどのオーバーキルを連続で与えればそれでお終いだ」
地面を蹴る。
二本の魔剣を構えた俺は、最大まで高めた攻撃力を余すことなく神獣に与えて行く。
20、30、40、50連撃。
60、70、80、90、100連撃。
まるで微塵切りにでもするかの様に。
拘束された神獣をいくつもの肉塊へと変貌させて行く。
「あー。気持ち悪いー」
連撃が300を超えた辺りで戻しそうになるのをすんでで堪える。
まあ、ここは海上なんだから吐いても誰にも迷惑掛からないんだけど。
「・・・」
「・・・」
口が開いたままのセレンとアルゼインが視界の隅に見える。
お前ら口閉じておいた方が良いよ。
俺が戻しちゃったら口に入っちゃうかもしれないし。
責任取れないよ。
「980……990…………1000!」
ちょうど1000連撃を終えた所で甲板に降り立つ。
肉塊と化した神獣の胴体が次々と海面に落下していく。
その中心に光るものを発見しニヤリと笑う俺。
「《闇の魔術禁書》。確かに受け取ったぜ、ブラックレヴィアタン…………おえっ」
最後の決め台詞を格好良く決めれずに、とうとう吐いてしまった俺。
あとで甲板を掃除させられたのは言うまでも無く――。
タオ「…………(あんぐり)」
ルル「……もはやカズハを人間とは思わないほうが良いですね……」




