008 氷の神獣
「いたぞ!」
俺の姿を確認し、そう叫ぶ兵士長風の剣士。
まずはあいつを潰すか。
「あー。今更だけど、そこを通してくれる気は無いよな」
一応聞いてみる俺。
まあ、無駄なのは分かってるんだけど。
「相手はあの《戦乙女》だ! 一瞬でも気を抜いたらやられると思――うぐぅ!?」
一瞬のうちに兵士長の元へと走り込み、その口を手で掴む。
「だ・ま・れ♪」
そのまま空いた方の手で頚椎に手刀を叩き込む。
「「兵士長!」」
「ちょっとのいてね」
そのまま兵士達に気絶した兵士長を投げ渡し。
怯んだ隙に《月の秒針》の門を潜り抜ける。
「に、逃がすなぁ! 要人とは言え、この際仕方が無い! 殺さない程度に捕らえるのだぁ!」
「『その身に繋がれし楔は死の契りよりも堅し!』 《鎖錠》!」
振り向きざまに陰魔法を発動。
異空間から出現した漆黒の鎖が兵士達に襲い掛かる。
「ぐっ……! 陽魔道士をもっと呼べ! 《戦乙女》は陰魔法の使い手だ!」
「それは困る」
詠唱するのが面倒臭くなった俺は魔法ウインドウから立て続けに陰魔法を選択する。
《奈落》、《緊縛》、《鎖錠》、《暗黒》、《悪夢》――――。
「うわああああああああ!」
「ぎゃああああああああ!」
「目が! 目が見えないいいいぃぃ!!」
時計台広場は阿鼻叫喚に包まれる。
《陽魔法》は《陰魔法》とは表裏一体に位置する魔法だ。
互いに互いの魔法を打ち消す効果もあるから、俺にとったらある意味天敵。
呼ばれる前にある程度の兵士は無力化しておかなきゃならん。
「なんてでたらめな魔法の使い方を……」
「おい。そこのお前」
「ひぃ!」
「宰相のおっさんに会ったら伝えておいてくれ。『戦争をする気は無い。ちょっとだけ《氷の魔術禁書》を借りるだけだ』って」
「う……」
本当に伝えてくれるのかは分からんが、一応念の為だ。
俺は再度振り向き、時計台の門を開ける。
◇
時計台の内部に入ると螺旋状の階段が延々と続いているのが見える。
広く一般にも観光名所として知られている《月の秒針》。
その最上階のある場所に《氷の魔術禁書》が隠されているとは誰もが思わないだろう。
灯台下暗しならぬ『時計台下暗し』ってか。
うん。
いま上手い事言ったな俺。
(しかし問題なのは……)
『追え! まだ入り口付近にいる筈だ! 陽魔道士を先頭に編隊を組み――』
門の外から兵士達の怒号が聞こえて来る。
もう増援が来たのか。
時間が無いな。
「よおし! 10段飛ばしで駆け上がったるぜ!!」
地面を蹴り階段を駆け上がって行く。
延々と続く螺旋階段。
とりあえずは最上階まで向かわねぇと。
◇
「…………酔った…………」
最上階に最短で到着したものの。
グルグル回りすぎて気持ち悪くなりました……。
俺、この国に来てから酔ってばっかり……。
フラフラとした足取りで展望台の手すりによじ登る。
「うわ! あっぶ……!」
ついうっかり足を滑らしそうになり肝を冷やす。
流石の俺も、この高さから落ちたら気絶だけじゃ済まないし……。
そのまま足元に気を付けながらも大時計の秒針の先に取り付けられている『月のオブジェ』を取り外す。
そう。
《氷の魔術禁書》はこのオブジェの中に隠されている――。
「ふぃー。あっぶねぇ、あっぶねぇ。一瞬お花畑が見えた」
そのまま展望台まで戻って来た俺。
でも問題はここからだ。
「前はここでえらい目に遭ったからなぁ……。どうすっかな……」
ここではあまりにも狭すぎる。
もっと広い場所じゃなきゃ駄目だ。
『上の方から声がしたぞ! もっと早く登らんか!』
「うげぇ……。もう追いついてきた……」
螺旋階段の下から無数の足音が近づいて来る。
うーん。
蹴散らして階段を引き返すか、それとも――。
「あ、そうだ。試してみっか」
ぽんっと平手を打った俺は月のオブジェを胸に仕舞い込み。
魔法ウインドウを開き《陰魔法》を選択する。
選択した魔法は《平包》。
通常は風呂敷みたいに広がった布にその身を包み、瞬間的にあらゆる魔法攻撃から身を守るっていう防御魔法なんだけど。
「んでもって、このクソ重い剛炎剣のスイッチを……」
両手両足に風呂敷の端を結んだ俺は、時計台の手すりに立ち――。
「とう!」
――そのままムササビの様に、空を飛んだのでした。
◇
ゴオオオオ!!
うん。
俺、飛んでる。
ゴオオオオ!!
熱気球みたいに、お空を、飛んでる。
ゴオオオオ!!
でもね。
上手い事ね、火炎放射が調整出来ないの。
うん。
ゴオオオオ!!!
「熱い! やっぱ無理これ!! 落ちる!! 嫌ああああああああああああああ!!!」
ドオンッ――!!!
そのままどこかの建物の屋根に激突する俺。
思い付きでこういう事をやるもんじゃないと、深く深く反省しました……。
「いつつ……。あぶねぇ……。柔らかい屋根で助かった……」
ルルやタオに見付かったらまた怒鳴られる所だった……。
でも脱出は成功したみたいだ。
時計台の最上階からは兵士達の叫び声が聞こえて来る。
今のうちに何処か広い場所に移動しよう。
「……うん? あれ……。オブジェが……」
懐に仕舞っておいたオブジェがいつの間にか無くなっている事に気付く。
そして、寒気――。
「やっべ……! 屋根に落ちた拍子にオブジェが壊れて封印が解かれちまってる!」
そう――。
12種類存在する《魔術禁書》にはそれぞれ、12体の《神獣》と呼ばれる云わば守り神的な化物が取り憑いているのだ。
そりゃぁもう、とんでもない強さの化物が――。
『……グルルル……』
1つ向こうの建物の屋根で、低い唸り声を上げている化物。
冷気を身に纏う狼型の神獣。
しかしその大きさは狼型の魔獣の数倍はでかい。
「……よう。久しぶりだな。って、覚えている訳無いんだろうけどな」
前世の話をした所で、何の意味も無い。
俺は今『3周目の世界』にいるのだから。
『グオオオオオオン!!』
「さっそく来るか! いいぜ! そのまま俺に付いて来い!」
屋根を飛び移りながら、《氷の神獣》を誘導する俺。
こんな街中で戦ったら、アムゼリアが全部氷漬けになっちまう。
人も動物も全て。
『グオオオオオオン!!!』
街中に《氷の神獣》の咆哮が響き渡る。
流石に宰相のおっさんにも聞こえているだろう。
封印を解いたのも俺だって事は明白だろうし。
もう、逃げられねぇ。
「お! ちょうど良さ気なところ発見!」
前方に開けた土地を発見し歓喜する俺。
あれは恐らくアムゼリアのギルドの演習場か何かだろう。
丁度誰もいないみたいだし、あそこを借りてしまおう。
「こっちだ! 来いよ! 化物が!」
『グオオオオオオン!!』
演習場に向けひた走る俺。
地面を凍らせながら凄い勢いで追跡して来る《氷の神獣》。
さあ、今度こそお前の出番だぞ。《剛炎剣ドルグドグマ》。
あのゼギウスじいさんが作った代物なんだ。
ただの使い辛い火炎放射器じゃ無いんだろう?
背に背負った剛炎剣の柄を握りながら俺は――。
――久々の強敵に心を躍らせていた訳で。




