003 幼女の憂鬱
《ラクシャディア共和国/港町リンドンブルグ》
「はぁ……。やっと着いたアルねぇ……」
「はい……。久しぶりの船旅は少々キツかったですね……」
大きく伸びをしながら甲板に出るタオとルル。
俺はというと――。
「ほら、カズハ。さっさと降りるアルよ」
「うぅ……。もう船いやだ……」
よろよろとした足取りで船から降りる俺。
毎度思うのだが、どうしてラクシャディアに向かう船はこうも揺れるのだろうか。
船が安物だからなのか。
それともラクシャディア近郊の海が常に荒れているからなのだろうか。
「とりあえず今日はもう宿を取って休みましょう。タオ? 以前に泊まった宿は覚えていますか?」
「あー……。どこだったアルかな……。ちょっと探してみるアルよ」
「お願いします。私はカズハを見ていますので」
幼女に船酔いを心配される俺。
凄くいたたまれない……。
苦笑したタオはそのまま街中へと宿を探しに向かう。
それを見送った俺は地べたに腰を下ろす。
「あー、気持ち悪い……」
「しっかりして下さい。お茶、飲みますか?」
「あ、うん。ありがと」
背負ったリュックからお茶を取り出し用意してくれるルル。
以前じゃ考えられない行動を、今ではたまーにだが、自然とこなすようになった。
これが教育というやつなのか。
うんうん。俺、子育て上手いのかも。
「どうだ? ルル。感じるか? 『奴』の気配とか……」
ルルから受け取ったお茶を飲みながら、何となしに聞いてみる俺。
「……いいえ。やはり何も感じません。精霊王はあの時、カズハにより完全に消滅させられたのですから」
「……そうか」
ルルの表情には何も変化が無い。
精霊族であるルルにとっても精霊王は絶対に従うべき『王』である筈なのに。
「なあ、ルル。お前、もしかして『精霊王』の事を憎んでいたとかなのか?」
「……何故、そんな事を聞くのですか?」
少し驚いた様な表情に変わるルル。
「何故……? うーん……。何となく……ていうか、前に《古代図書館》の地下道で聖杯を見つけた時も、何か変だったじゃんか」
「……」
あの時。
聖杯を見つけた瞬間、ルルは気絶してしまった。
そしてアゼルライムス城で勇者ゲイルに取り憑いた精霊王を、庇う事無く、俺に倒させた。
「……まあ、言いたくなければ言わなくてもいいんだけどよ」
「……」
ルルの表情は固い。
精霊族にも色々とあるんだろう、きっと。
俺もルル達に言っていない事も沢山あるんだし。
「カズハ、実は――――」
「ルルちゃん、カズハ~! 宿とれたアルよ~!」
「あ、タオだ。宿が見つかったみたいだな」
立ち上がり尻の埃を払う俺。
「カズハ……」
「いいよ。どうせ言い難い事なんだろう? 無理に話さなくたっていいさ」
そう言った俺はルルに手を伸ばす。
「行こうぜ、ルル」
「…………カズハと手は、繋ぎたくありません」
「…………うん」
俺はそっと涙を拭き、空を眺める。
幼女に優しい言葉を掛けた事を後悔しながら――。
◇
宿で食事を終えた俺達はそれぞれ自由な格好で寛いでいる。
「うーん、と……。はぁ……。最近肩こりが酷いアルねぇ……」
腕をグルグルと回しながら片方の手で肩を揉むタオ。
ていうかお前、ラフ過ぎるだろう。その格好……。
ブラジャーをちゃんと着けなさい、ブラジャーを。
「運動不足だからではないですか? 最近はずっと城に閉じこもってばかりでしたから」
なんだか小難しい書物を読みながらもそう答えるルル。
端から見れば絵本を読んでいる幼女にしか見えないが。
「違うアルよ。最近また、おっぱいが大きくなってきたアル。ほら」
本を読んでいる幼女の前に胸を引き寄せ強調するタオ。
確かに前よりも大きくなっている様な……。
「……それは何かの嫌味でしょうか、タオ」
じと目で睨む幼女。
ぺたんこ幼女の嫉妬は闇よりも深し。
「ち、違うアルよ! 本当に最近また大きくなって来て困っているアルよ!」
「じーーーー……」
「カズハ! 見てないで助けるアルよ! またルルちゃんの説教が始まっちゃうアル!」
船での一件で懲りたのだろう。
急いで俺の背に回り、ルルから隠れようとするタオ。
うん。
その大きくなったっていう胸を押し付けるのはやめなさい。
ていうか、ブラジャー着けなさい。
「まあ、アレじゃね? ルルも大人になったらボインの美女になると思うよ。多分」
「なっ――!」
「だから頑張って牛乳を飲むんだ。背も伸びるし胸も大きくなると思うぞ」
適当な事を適当に告げる俺。
ていうか暑苦しいから離れてタオ。
「……カズハだって大して大きくない癖に」
思った以上にショックだったのか。
自身のペタンコの胸をまさぐりながらもじと目で俺の事を睨むルル。
「ふっふっふ……。ふわーっはっはっは! 甘い! 甘いぞルル!」
「うわ! びっくりした……。急に何アルか……」
腰に手を当て、そのままベッドの上に立ち上がった俺。
そして背筋を伸ばして胸を強調する。
「実は俺も最近、胸が大きくなって来たのだよ! どうだ! すげーだろ!」
「……ぐっ……。確かに前よりも少し大きい気がします……」
「おー。カズハもまだまだ成長期なのアルねぇ」
悔しそうに書物を握り締める幼女。
パチパチパチとやる気の無い拍手を送るタオ。
「だからか知んないけど、防具が最近合わなくなってきたっていうか、胸の辺りがキツイんだよな……」
未だに属性の付いていない『裸』の防具を装備している俺。
そろそろ別の防具を新調しないといけない時期なのかもしれない。
「はっはーん。あれアルね?」
「……なんでしょう、タオさん」
悪い顔で顎に手を乗せ、俺を見上げるタオ。
この位置だと胸の谷間が思いっきり見えてしまう。
というか見えてる。
何が見えてるのかは言うのはやめておこう。
「恋する乙女パワーで、女性ホルモンが分泌されて……ってやつアルよ。恍けても無駄アルよ、カズハ!」
「うわっ! ちょ! やめっ――」
急に立ち上がり俺を押し倒すタオ。
なにすんの!
「この恋する《戦乙女》が! あ! いま上手いこと言ったアルね私!」
「上手くねぇよ全然! うっぷ!! もごもごもご!!」
「あんっ! そこは駄目アルよぅ……///」
タオの胸を顔面に押し付けられ、窒息しそうな俺。
助けてルル。
俺、息できない。
「……はぁ……」
何かルルの溜息が向こうの方で聞こえた。
ていうか助けてよ!
この胸どうにかしてよ!
「さあ! 白状するアルよ! 実はもうユウリと色々とやっちゃっているアルよね! さあ! さあさあ!」
「もご! もごもごもご!!」
これ見よがしに左右の胸を交互に顔面にプレスしてくるタオ。
ていうか色々とやっちゃってるって何だよ!
やってねぇよ!
お前馬鹿だろ!!
「その胸が大きくなったのだって、女性ホルモンの影響だけでは無いアルね! そうアル! きっとそうアル! カズハばかりずるいアルよ! 私だって恋したいアル! イケメンとラブラブしたいアルーー!!」
タオの暴走は続く。
俺の窒息も続く。
死ぬ。
もうマジ死ぬ。
「……馬鹿達は放っておいて、お風呂にでも入ってきましょうかね」
そう言い残したルルは部屋から出て行ってしまう。
何故、助けない。
あれか。
胸の話は幼女にとっては禁句か。
ていうか死ぬ。
「今度ぜーーーーったいに紹介してもらうアルからね!! 嗚呼……ユウリ様ぁぁぁん///」
凄く気持ち悪い、艶っぽい声を出したタオの胸に溺れながら――。
――俺は薄れ行く意識の中、またユウリの事を考えてしまっていた訳で……。