002 船室にて
《ラクシャディア共和国》――。
古代都市アムゼリアを中心とした、信仰深い国民の集う国。
何千年と続いた《精魔戦争》の中心地でもあり、街の中央にある《古代図書館》には今も尚『魔術禁書』のうちの1つが厳重に保管されている。
世界を滅亡させる程の魔力を宿すと言い伝えられている『魔術禁書』。
俺ですら3度の転生人生で1つしか手に入れた事が無い程の代物だ。
「……」
アックスプラント王国からアゼルライムス帝国に渡り。
その足で港町であるオーシャンウィバーに直行した俺達3人。
そこから船に乗り、ラクシャディア共和国にある港町リンドンブルグに向かっている最中――。
「……ぎぼぢわるい……」
「はぁ……。さっそく船酔いですか……。相変わらず駄目駄目ですね、カズハは」
船室のベッドで横になっている俺に冷たい視線を向ける幼女。
仕様が無いだろ!
おれ船苦手なんだから!
「ルルちゃん、お茶の準備が出来たアルよ。カズハは…………無理そうアルね」
船内に設備されたキッチンでお茶と菓子を用意していたタオは、哀れな目で俺を見やる。
その視線が凄く痛い……。
「カズハは置いておいて私達で頂きましょう、タオ」
自身の背よりも高い椅子にちょこんと座り、ティータイムを始めるルル。
苦笑しながらも用意したお茶菓子を配るタオ。
「うぅ……。俺も食いたいけど……。うっ……ぎぼちわるい……」
枕に顔を埋め、ティータイムを諦める俺。
この世界には酔い止め薬とかは無いのだろうか……。
ていうか相変わらず揺れすぎだろう、この船ぇ……。
「なんだか久しぶりですね。こうやって船に乗って出掛けるのって」
「そうアルねぇ……。前にレイやセレン達と一緒にラクシャディア共和国に行った以来かも知れないアルよね」
美味しそうにお茶菓子を頬張りながらも雑談しているルルとタオ。
確かにアックスプラント王国を建国してからというもの、外出する機会はめっきりと少なくなった。
というかルルは戦闘能力は皆無だし、タオは料理長なんだからほとんど留守番だったし。
傭兵団として各国の要請に従い仕事をこなすのはレイさんやアルゼイン、グラハム辺りがメインだし。
セレンは気が向けば参加するけど、元魔王というプライドもあるんだろうしな……。
リリィは魔法学校の講師として呼ばれる事の方が多いし……。
俺はというと、建国してからは1、2回エリーヌに公的に会いに行っただけで、闘技大会に参加するまではほとんど城でのんびりと暮らしていた。
外交関係は全てゼギウスに任せているし、ホント気楽に生活してたな……。
「ところでカズハ? 随分と髪が伸びたみたいアルけど、切らないアルか?」
ルルとの雑談で話題が無くなったのか。
枕に顔を埋めている俺に話しかけて来るタオ。
「確かに随分と伸びましたよね。前はショートカットだったのに」
綺麗にお茶菓子を食べ終わったルルは、食器を流しに片付けながらもタオに続く。
『いいの。おれ髪伸ばしてるんだから…………おえっぷ』
くぐもった声のまま、そう答える俺。
ていうか今、気持ち悪いんだから話しかけないで!
「……顔ぐらい上げて答えるアルよ……。まったく……」
「タオ? きっとあれじゃないですかね。ゼギウスの孫のユウリ、でしたか。その彼に言われたのではないでしょうか。髪を伸ばしたほうが良いと」
不意にユウリの名を出され、ドキっとする俺。
「あー……成程アル。恋する乙女は急に身だしなみを気にするアルからねぇ……」
「違ぇよ! ユウリに会う前から伸ばしてたっつうの! ていうか何でユウリの名前が出てくんだよ! 関係ねぇだろ!」
ベッドからがばっと起き出し反論する俺。
「……どうして顔真っ赤にして反応しているアルか」
「いま枕に顔埋めてたから赤いんだよ!」
「……カズハも女だったという訳ですね。ヤレヤレです」
「幼女がヤレヤレとか言うんじゃねぇ! ……うっ、きぼちわるい……」
もっと反論したい所だが、今はこれ以上は無理だ。
吐いてまう。
(でも、あいつ等も今頃、各国で引っ張りだこなんだろうな……)
ユウリを筆頭とした新たな傭兵団。
まだ噂は聞かないが、エアリーやルーメリア、それにデボルグがメンバーに名を連ねているのだ。
俺達《インフィニティコリドル》にとって脅威になる事は間違いないのだろう。
(ああ……。やっぱあの時、誘っておけば良かったかな……)
ユウリがゼギウスの孫だと知っていれば、すぐにでも俺達の傭兵団に誘ったんだが……。
それにルーメリアの『無属性魔法』の事も気になる。
13番目の新たな属性である『無属性』なんて、今までに聞いたことも無い。
(《魔法遺伝子》の研究、か……。ゲヒルロハネス連邦国の出身だって言ってたよなぁ……。ルーメリアのやつ……)
その辺りの研究にも少しは興味がある。
何故なら《魔法遺伝子》と『魔術禁書』は切っても切れない関係にあるからだ。
以前、俺が手に入れた『火の魔術禁書』。
かなりヤバイ橋を渡って手に入れたこの書物にも、俺の知らない謎がまだまだ沢山――。
「カーズーハー? とうっ!」
「うごっ!?」
考え事をしていた俺の背中に飛び乗って来るタオ。
いまちょっと酸っぱいものがこみ上げて来た……。
「また何か悪巧みしているアルね? 話すアルよ!」
「いってぇな! 何も悪巧みなんてしてねぇよ! つか重い!」
「はっはーん……。その顔は、まだゼギウスさんの孫の事を考えている顔アルねぇ……? 教えるアルよ! どんな感じのイケメンなのか、一切合切吐くアルよ!」
そのまま俺の背中を揺り動かすタオ。
はぁ、と溜息を吐きながら頬杖を付いて眺めているだけのルル。
「考えてねぇよそんな事! ていうか違うモン吐いちゃうから動かすのやめて! 気持ち悪いの! 酔ってるの! やめて!」
「どうしても教えないアルか~? それなら……こうアル!」
そのままえびぞり固めを決めるタオ。
無理。吐いちゃう。
「わ、分かったから……! 教えるから……! お願い離して……!」
降参する俺。
もう喉元までアレが来てる。
ここでぶちまけたら、大変な事になってまう。
「……何をしているんだか……」
呆れた表情でそう呟く幼女。
ていうか助けなさい、俺を。
そして止めなさい、暴走したチャイナ娘を。
「……ぐっ、危なかった……。もう少しでやっちゃうとこだった……」
急いでせり上がったアレを飲み込む俺。
そして深呼吸。
「どんな感じのイケメンアルか? そのユウリっていう子は?」
目をキラキラと輝かせながらもベッドの上に正座になるタオ。
お前……。
「どんな感じって……。金髪で……サラサラヘアーで……」
「ふむふむ。それでそれで?」
「……背が高くて、声が中性的で、良い匂いがして……」
俺の脳裏にユウリの姿が映し出される。
完成されたイケメンとは奴の事を言うのだろうか。
「彼女とか、いるアルか? それとも複数の彼女とかOKな感じの子アルか?」
身を乗り出し聞いてくるタオ。
お前……。
「し、知るかよそんな事……」
「……どうしていま、目を逸らしたアルか?」
追求して来るタオ。
いや……だってお前の顔が物凄い真剣で怖いから……。
ていうか近い……。
「どうしてこうも、男の話で盛り上がるのでしょうか……。人間族の女の考える事はちっとも分からないです」
「ルルちゃんは……まだお子様だから分からないアルよ。こういう話は」
「なっ……! 私を馬鹿にするんですか、タオ!」
あ、地雷踏みやがったタオの奴。
丁度いいや。
この暑苦しいチャイナ娘をルルにどうにかしてもらおう。
「あ、いや、そういう訳じゃ……」
「酷いですよタオ! 私は精霊族ですよ? お子様に見えるのだって、カズハに力を封じられているからです! タオだって知っているでしょう!」
「あ、その……あっ! どこに行くアルか! 逃げるアルかカズハ!」
そっとその場を後にしようとした俺に気付くタオ。
その目は助けを求めているが、地雷を踏んだお前が悪い。
自分で何とかしろ。
「ちょっとタオ! まだ私の話は終わってはいませんよ!」
「うぅ……」
幼女の攻撃に意気消沈気味のタオ。
いいぞもっとやれ。
『・・・・・・・・・・・・!!』
『・・・・・・・・・・・・』
船室のドアを開け、そしてそっと祈りながら閉める俺。
タオよ。
あの状態になったルルは、誰にも止められん。
骨は埋めてやるから安心しろ。
「はぁ……。風にでも当たって来るかぁ……」
でも少しは気持ち悪いのが取れたかな。
ベッドに横になっているだけじゃ身体も鈍っちまうし……。
「……あいつ等、無事だといいな……」
ふとレイさん達の事を考えてしまう。
きっとタオもルルもそれを分かっているのだ。
だから無理にでも気が沈み込まない様に、はしゃいでいるだけなのだ。
「……一体、何があったんだ? 《ラクシャディア共和国》で……」
重要文化財の護送の失敗――。
途絶えた連絡、傭兵団全滅の知らせ――。
俺の知らない所で、何かが起きているのは確かだ。
この3周目の世界で――。




