001 新たな旅立ち
【アックスプラント城:王の間】
「あー……。やっぱ我が家は落ち着くなぁ……」
エーテルクランで開かれた闘技大会に参加し、優勝賞金1000万Gを祖国に持ち帰ってきた俺。
これで当分はまた遊んで暮らせる筈だ。
無駄遣いするアホ達に今度こそ節約生活をさせてやる――。
そう心に誓い、昨日は夕食後、すぐに熟睡してしまった訳なのだが――。
「なんか喉渇いたな……。ルル。お茶」
「嫌です。自分で用意してください、カズハ」
「ぐっ……」
目の前の会議机で静かに本を読んでいた幼女が鋭い口調でそう答える。
俺はブツブツと文句を言いながら、幼女のすぐ脇に置かれたティーカップに自分でお茶を注ぐ。
「タオー? 今日のおやつのケーキはまだかー?」
「え? さっきもう皆で食べちゃったアルよ? カズハの分はもう無いアル」
「なんで俺の分が無いアルか! おかしいアルよそれ!」
同じく会議机の前で裁縫をしているタオに詰め寄り、文句を言う俺。
わざとタオと同じ口調で。
「耳元でうるさいですよ、カズハ」
「そうアル。せっかく天気が良くて静かな午後なんだから、もう少し大人しくしていて欲しいアルよ」
「ぐぐっ……」
ルルの言葉に同調し、そう言い放つタオ。
仕方無しにその横の席に座る俺。
「ふぉっふぉっふぉ。相変わらずじゃなお前達も……。ケーキならばワシのが余っておるが、いるかの?」
王の間の横に勝手に設置された工房から顔を出す髭面のじいさん。
その手には皿に乗った食べかけのケーキが――。
「いらねぇよ! 小汚いじじいの食べかけのケーキなんてよ!」
「そうか。残念じゃのぅ。ワシ、ちょっと胃もたれで全部は食べ切れんかったのじゃが……」
そう言い残し、また工房の方の作業に取り掛かるゼギウス。
「……お前等……。相変わらず俺の事、王様だなんてこれっぽっちも思っていないのな……」
全てを諦めた俺はそのまままた王の座へと戻り、深く深く溜息を吐く。
結局、ご馳走を作ってもらってちやほやされたのは昨日の1日だけだったという事だ。
王自ら1000万Gを出稼ぎしてきたというのに、家臣であるこいつ等は全く俺に感謝をしていない……。
・・・。
・精霊ルリュセイム・オリンビア → 強制拉致☆
・料理人タオ → 強制的に精霊捕縛の共犯(重罪)☆
・鍛冶職人ゼギウス・バハムート → 大臣兼専属鍛冶師として面倒臭い仕事は全部任せている☆
……うん。
まあ、自業自得というか、うん。
改めて考えてみると俺…………うん。
「それにしてもあいつ等、まだ任務を完了していないのかよ……。おっせぇなぁ……」
王の座の横に置かれた大量の資料を適当にめくりながらもそう呟く俺。
俺の予定では闘技大会終了よりも、あいつ等の任務の方が先に完了するものだと思っていたのだが……。
「確かに遅いですね。連絡も1週間前に届いたっきりですし」
「もうとっくに完了してて、アムゼリアの酒場で飲んだ暮れているんじゃないアルか? 酒飲みのセレンやアルゼインがいるアルし……」
「……もしもそうだったら、あいつ等クビにして国外追放してやる……」
ラクシャディア共和国にある《古代都市アムゼリア》での任務。
レイさんを始めとした傭兵団《インフィニティコリドル》の主要メンバーを送り込んでいるのだ。
よっぽどの事でも無い限りは任務を失敗するなど考えられないし。
ていうか『世界最強の傭兵団』だし。一応。
「……ん?」
ピー、ピー、という音と共に光に包まれた封書がどこからとも無く王の間に飛んで来る。
これは――?
「ほう……? 《魔法便》じゃな……。緊急連絡かの」
通常は封書を送るのに使者をよこすものなのだが、それだと最長で10日は掛かってしまう。
緊急連絡の際には魔法の一種である《魔法便》を使うのだが、コストが半端なく高い。
なので普段は滅多にお目に掛かれない代物なのだが……。
「……ラクシャディア共和国からですね」
椅子から立ち上がったルルはそっと封書を受け取る。
ルルの手に収まった瞬間に光が消え、魔力を消失する。
「なんて書いてあるアルか?」
身を乗り出すタオ。
俺も席を立ち、幼女の手元にある封書に視線を落とす。
「ええと……。『傭兵団《インフィニティコリドル》の全滅により任務失敗。重要文化財である《四宝》が奪われ――」
「ちょ、ちょっとタンマ! え? 全滅……?」
一瞬ルルが文書を読み間違えたのかと思い再度読み返す俺。
『傭兵団《インフィニティコリドル》の全滅により任務失敗』
確かにそう記載されている。
「カズハ……。これって……」
幼女が不安げな表情で俺の顔を見上げる。
「いやいやいや、無いだろそんな事……。あいつ等アホみたいに強いだろうが。ていうか勇者の剣の使い手が一人と、魔王の剣の使い手が二人もいるんだぞ? それにグラハムやリリィがいて、どうして全滅になんか――」
そこまで言いかけて、俺の背筋が凍る。
「な、なんアルか? そんな怖い顔しないで欲しいアルよ……」
俺の様子に気付いたのか、タオが顔を引き攣らせてそう答える。
「……ルル。あいつか? あいつがまだ、生きているのか?」
「……いいえ。あの時、確かにカズハが消滅させた筈です。生きていたとしたら、私ならば気配で気付く筈ですから」
精霊王。
元勇者であったゲイル・アルガルドに取り憑いた封印されし精霊族の王。
過去何千年と行われてきた《精魔戦争》を引き起こした張本人――。
確かにあの時、俺が完全に消滅させた筈だ。
《火の魔術禁書》により得た、禁断の《火魔法》を使って――。
「……そうか。そうだよな。ちょっと場所が場所だけに、もしかしたらと思っちまったんだけど……」
精霊王が封印されていた《聖杯》の眠るアムゼリアという土地で、『重要文化財』の搬送に失敗――。
関係無いと考える方がおかしいのだが、ルルがそう言うのであれば奴はもうこの世にはいないのだろう。
「でも、じゃあどうしてレイ達が『全滅』したアルか……? というかみんな生きているアルか……?」
「……」
黙り込む俺とルル。
とにかくこれだけじゃ情報が少なすぎる。
まずはあいつ等が生きているのか死んでいるのか。
連絡が途絶えていた事を考えると、最悪の事態も想定できる。
「カズハ……」
「んな不安な顔すんじゃねぇよ、ルル。あいつ等がそう簡単にくたばる訳がないだろう? おい! ゼギウスじいさん!」
事の次第を黙って見守っていたゼギウスに声を掛ける。
「ああ。行くのじゃろう? 《アムゼリア》に。ほれ、出来ておるぞ」
ゼギウスが工房から持ち出したのは一本の巨大な剣。
闘技大会に出発する前に、特注しておいた俺専用の大剣。
「《剛炎剣ドルグドグマ》。また作り甲斐のあるものを注文しおってからに……」
巨大な剣からは陽炎の様に赤い靄が纏っているのが見て取れる。
名称の通り、《火属性》が付加された大剣。
「よっと……。うげぇ……これ重すぎないか? ゼギウス」
今まで使用していた張りぼての《ツヴァイハンダー》よりも遥かに重い。
こんなん振り回せる人間なんているのか……?
「ふぉっふぉっふぉ。通常の『大剣』のおよそ倍の重さじゃからのぅ。常人にはまず扱えない代物じゃて。お主が《火属性》を付加させた大剣が欲しいと言うから――」
「わーってるよ、そんなの。でもこれで消失した《火魔法》の代わりくらいにはなるのかな。使ってみないと分からないけど」
よっと担いで軽く振ってみる。
俺でさえ、気を抜くとそのあまりの重さに落としてしまいそうだ。
しかしそれ以上の《力》を、この剣からは感じる。
まあ《咎人の断首剣》と《聖者の罪裁剣》には遠く及ばない事には違いないんだけど。
「……私も行きます。何だか嫌な予感がしますので……」
「私も行くアルよ! もう留守番は飽き飽きアルし、それに食事当番がいた方が皆と無事再会出来たときにすぐにパーティを開けるアルしね!」
「いや、でも……」
正直、ルルとタオは城に置いて行きたい。
これから先、何が起こるのか予測出来ないし……。
――これも恐らく3周目限定のイベントなのだろうから。
「ふぉっふぉっふぉ。ワシの事は気にせず行って来い。こう見えてもワシはまだまだ現役じゃて。城の1つや2つ、一人で守り切ってみせるわい」
「いや……別にじいさんの事は心配して無いんだけど……」
ゼギウスの言葉に苦笑しながらも、ルルとタオに視線を向ける俺。
二人とも真剣な表情だ。
……はぁ。
「わーったよ! 連れて行くよ! どうせあいつ等に会ったら、お前等を連れて行かなかった事をグジグジと言われそうだからな!」
そして俺達3人は一路、《ラクシャディア共和国》へと向かう事に――。




