第四話 コンピュータとネーミング
話がなかなか進まない……すいません!
第四話 コンピュータとネーミング
薄暗く、無機質な空気に満ちた空間で、謎の少女と颯太たちは向き合っていた。颯太たちの目つきは刀のようで、顔は険しい。
「君の言うことを総合すると、君はここのコンピュータの管理を任されていた、えーと……」
「高次元量子思考生命体よ」
「そうそう、高次元量子思考生命体。で、俺たちがそのプログラムとやらを解除したら味方をしてくれると」
颯太は少女のした小難しい話を極限まで大雑把に要約した。少女は理解力のない颯太に呆れたような顔をしていたが、とりあえずうなずく。
ちなみに颯太の要約に足りない部分を補うと、少女の話はこうであった。彼女はこの基地のコンピュータを管理するために造られた試作の人工生命体である。わかりやすく言うと意思や自我がある機械のような物だ。ただし、ロボットのような存在ではなく、実体を持った情報体というのが適切だろう。
そんな彼女は長年この基地でコンピュータの管理をしていたのだが、このたび基地が廃止されることになった。仕事の無くなった彼女はこの基地から出て行こうとした。ところが彼女は、自身も知らない間に人間にしか解除できない設定のプログラムで、コンピュータに縛り付けられていたらしい。
そこで、颯太たちがそのプログラムを解除したら仲間になってくれると言うのだ。
「でもそれは本当なのかしら? 私達を騙そうとしているような気がしますわね」
メルと部下たちは胡散臭そうな目で少女を見た。それに対して少女は無表情なままメルたちの方を向く。そして少女はメルたちに静かだが強い口調で言った。
「私にまだ名前はない。だからあなたたちが私の名前を決めていい。これで少しは私のことが信頼できるようになるはず」
「私達に名付け親になれと言うのですか! 確かにそれなら信用できるようにはなりますけれど……本当にそれでいいんですの!」
メルと部下たちは少女の申し出に口をあんぐりと空けた。どよめきが怒涛のように広がる。 名前を付けるということは、相手のすべてを支配するに等しい。逆に名前を付けてもらうということは、相手にすべてを預けるということと同じという考えがこの世界にはあった。これを少女はメルや颯太たちに提案しているのだ。
「そうですわね……。わかりましたわ。私があなたに素晴らしい名前を付けてあげましてよ」
メルは顎に手を当てて考え込んだ後、腰に手をそえて高らかに宣言した。少女は期待に満ちた柔らかな目でメルを見る。
「スペシャル・プリンセス・エリザベータなんて素晴らしい名前はどうかしら?」
「嫌。とっても嫌!」
「あらそうですの? こんなに素晴らしいのに」
青を通り越して紫色になった少女は、身振り手振りも交えながら、全力でメルの提案した名前を拒否した。メルは自分のセンスの無さがわからないのか、ぶつぶつ少女に対する文句をつぶやき続ける。
それを見兼ねたメルの部下の老人が前に出てきた。老人はもったいぶるように咳ばらいをすると、自分の考えた名前を披露する。
「姫はネーミングセンスがいまいちですからなあ。ここは私が付けましょう。東方風に山田太郎なんてどうでしょうか」
「根本的に何かが違う!」
「そうですか? わかりやすくていいと思うのですが……」
老人は萎れたような顔をしてすごすごと後ろに下がっていく。メルたちへの落胆をかくせない様子の少女は、颯太を見つめた。少女の澄み切った紅い瞳と、夜の闇のように黒い颯太の瞳が交錯する。 少女の言いたいことがわかった颯太は、すぐに脳内検索エンジンを起動して少女の名前を考え始めた。颯太は肩をすくめてウンウンと唸る。しばらくしてようやく、颯太の頭に良い名前が思い浮かんだ。
「イコなんてどうだろう?」
「それで良いわ。決定」
少女あらためイコは、スーパープリンセスが良いだの一郎が良いだのと言い争っているメルと老人を無視して自分の名前を決定した。二人は不満がありそうな顔をしたが、周りのの雰囲気に圧倒されて口をつぐむ。
「名前が決まったわ。早速プログラムを解除して欲しい」
「わかった。それでプログラムはどうしたら解除できるのさ」
「このコンピュータルームの最下層に入力用のキーボードがあるわ。そこに私が指示するコードを打ち込んで欲しい」
「それだけでいいの?」
「ええ、そうよ。キーボードには向こうのエレベーターから行けるわ」
イコは自分たちのいるベランダのように張り出した空間の端を指差した。そこには小さなエレベーターらしきドアがあった。
「じゃあ俺が行ってくる。機械の操作がわかるのは俺だけだから」
颯太とイコはエレベーターに向かって歩き出した。すると、彼らの後ろから良く通る甲高い声が聞こえてきた。
「私もついていきますわ。あなたたちだけでは不安ですもの」
「でしたら私も!」
「俺も姫について行きます!」
メルが颯太について行こうとすると、その部下たちも我も我もとついて行こうとする。みんなよほどメルのことが心配なのか、必死だ。
「エレベーターの定員は三人まで。四人以上は無理」
イコはきっぱりとした口調でそう言ってのけた。メルの部下たちは仕方なくその場で動くのをやめた。そして、みんな話すこともやめてメルの目を見る。
「姫、お気をつけて!」
直立不動でみんな一斉に胸に手を当て、頭を下げた。メルはそれに手を振って応える。みんな笑顔であった。
「そろそろエレベーターが来る」
エレベーターの脇に付けられていたボタンが青くなり、ドアが開いた。三人は無言ですばやく乗り込む。
三人はこうして最下層へと向かっていった。
感想・評価をお願いします!