第九話 力の片鱗
今回が今までで最長です。
第九話 力の片鱗
闇深き夜明け前の森で、颯太たちは恐ろしい魔物と遭遇していた。その月明かりに透ける魔物の身体に、颯太たちは魂を吸い込まれるような恐怖をかきたてられる。身がすくんでしまった彼らは互いに顔をつき合わせた。
「イコ、あれは何だよ!」
「スピリットドラゴン! ネオ・ヘスラーの危険魔物リストに載っていたわ!」
「あんなのがいるなら言ってくれよ!」
「言おうとしたら出てきたの!」
颯太たちは混乱とその身にせまる恐怖から口論になった。しかし、そうしている間にもスピリットドラゴンは颯太たちにゆっくりと近づいてくる。その何も映さない虚ろな眼が颯太たちを捉え、その単純な本能がそれを獲物だと認識した。
「そうだ! メル、お前はドラゴンだっただろ? あいつを説得してくれ!」
スピリットドラゴンがもうその息遣いまで感じられそうなほど近づいた時、颯太が妙案を思いついた。そして期待に満ちた目でメルを見る。メルは颯太のその視線に、首を勢い良く横に振ることで応えた。
「無理ですわ! あんなのと話せるわけないでしょう!」
「やっぱ無理かよ……戦うしかないか」
メルにきっぱりとダメ出しされた颯太はスピリットドラゴンを見据え、構えを取った。彼は鷹のような目でその朧げな身体に狙いを定める。
一瞬の静寂。そして颯太が跳んだ。右足を真っすぐ伸ばし、スピリットドラゴンの鼻に当たる部分に痛烈な蹴りを繰り出す。だが……
「すり抜けた!!」
颯太の動きを見ていた二人が悲鳴を上げた。なぜか颯太の身体はスピリットドラゴンを突き抜けてしまったのだ。
「攻撃が通用しないのか……」
木々を薙ぎ倒して地面に落ちた颯太は、埃を払いながらそうつぶやいた。イコは急いで颯太に駆け寄り、メルはスピリットドラゴンを睨みつけた。
「これなら……フレイア!」
メルの手から炎が噴き出した。燃える炎が夜空を焦がす。炎はスピリットドラゴンの身体をなめるように覆いつくした。
「グギャアア!」
スピリットドラゴンは悍ましい雄叫びを上げると、その長い尾を振り回した。しなる鞭のように風を斬った尾はメルに直撃し、その身体を吹き飛ばす。
「メル!」
二人の叫びが重なり、森にこだました。二人は顔を凍りつかせ、地面に伏したメルを見つめる。すると、メルはすっくと起き上がった。その目には怒りの炎が燃え盛っていた。
「もう許しませんわ!」
メルは怒りにまかせて空へと舞い上がった。そして、スピリットドラゴンに向かって次々と蹴りやパンチを放つ。残像すら見えそうなほどの速度だった。だが、それらの攻撃はスピリットドラゴンの身体をすべてすり抜けてしまう。
「ギャオオオ!」
スピリットドラゴンの口に光が灯った。蒼炎がまばゆく輝き、熱量が離れていた颯太やイコまでも伝わってくる。
「危ない、逃げて!」
イコが叫ぶと同時に炎が放たれた。それは空を焼き尽くしながらメルに迫る。
メルはその身を翻した。炎は長い髪をかすり、わずかに焦がす。彼女が後ろを向いて見ると、森が一面炭になっていた。
「あんなの当たったらひとたまりもありませんわ!」
驚愕に顔を染めたメルは助けを求めるように颯太たちの方に走った。颯太たちはメルと合流すると、森の奥へと逃げて行く。
その後しばらく全速力で走った三人は大きな岩を見つけた。三人は迷うことなくその岩の陰に隠れる。
「これからどうしますの? あんな化け物、勝てませんわよ」
「でも、すぐにここも見つかるわ」
イコは逃げた獲物を求めてさまようスピリットドラゴンの姿を指差した。イコの言う通り、じきに見つかってしまうだろう。
「じゃあどうすればいいんだよ!」
「そうね……。ここはあなたに賭けるしかないわ」
イコは颯太をじっと見つめた。見つめられた颯太は戸惑い、自分で自分を指差す。
「俺!?」
「そうよ。あなたはたしかネオ・ヘスラーの戦闘員だったわよね」
「たしかにそうだけど……」
「だったら何かしらの特殊能力があるはず。それであいつを……」
イコがそこまで言ったところで颯太が青い顔をしてイコの言葉を遮った。イコはきょとんとして颯太を見る。
「そんなの俺にはないぞ!」
「う、嘘。そんなはずない!」
「嘘も何も本当にない!」
「うっ、嘘じゃなさそうね……」
颯太のあまりの剣幕にイコは彼の言っていることが本当らしいと考えた。仕方ないので彼女は顎に手を当て、必死に打開策を考える。人間の脳とは比べものにならない性能の量子頭脳がフル回転して、数千もの計算を瞬時にこなしていく。
「勝率が三割を切るけれど……魔力弾を使うしかないわね」
「魔力弾? なんだよそれ」
イコの発した言葉を颯太はおうむ返しした。颯太には何のことかさっぱりだった。イコはそんな颯太の言葉に真剣な眼差しのまま答える。
「あの女がやって見せたようなエネルギー弾のことよ。あなたにも出せるはず」
イコの言葉を聞いた颯太は、手の平に光の弾を作っていた女のことを思い出した。そして後ろに後ずさり、顔の前で無理だと言わんばかりに手を振る。
「あんなの地球人の俺に出せるか! あんなことできるのは某戦闘民族だけだ!」
「あいつもあなたも同じネオ・ヘスラーの戦闘員よ。威力はともかくあいつに出せてあなたに出せない道理はない」
「そりゃそうだけどさ……」
「時間がない。試すだけでもいいからやって」
「私からもお願いしますわ。あなたができないと私たちここで死んでしまいますわよ!」
イコとメルはここぞとばかりに畳み掛けた。颯太は地面に手を叩きつけると、目を閉じ神経を研ぎ澄ます。意識が身体の内部に潜り、脈拍、呼吸、身体に関わるすべてが感じられるようになった。
「ううむ……」
「暖かい力、それを感じるのよ」
唸る颯太はイコの指示にしたがって暖かい力を感じるように努めた。すると、身体の中心になにかポカポカと暖かなものを感じた。
「感じた! 感じたぞ」
「よし、そうしたら次はその力を手に集めることを意識してみて。それで魔力弾が形成されるわ」
颯太は全身に力を込めて力を移動させるように意識した。徐々に力の塊が移動していくのが感じられ、手の平に淡い光が現れる。
「すごい……レベル三百でこれだけの魔力弾ができるなんて……」
形を成し始めた魔力弾にイコは感嘆の声を上げた。彼女は驚きと関心が入り混じったような表情をしていた。その様子をメルが不思議がる
。
「そんなにすごいんですの?」
「ええ……私のデータが正しいならレベル二千以上の戦闘員でも難しいぐらいよ……」
「レベル二千ですって~!」
メルが驚き呆れたように叫んだ。しかし、それでもまだ颯太の手には魔力が集まっていく。それに危険を感じたイコは慌てて颯太を止めた。
「も、もう十分よ。これ以上魔力を加えるとかえって危険」
「そうか。それなら……」
颯太は魔力を貯めるのを止めると、岩の陰から出て行った。スピリットドラゴンはすぐにその姿を見つけて、突撃してくる。
「ウギャアア!」
スピリットドラゴンは鼓膜をつんざくような雄叫びを上げた。颯太は顔をしかめつつも、向かってくるスピリットドラゴンに狙いを定め、右手を後ろに引いた。魔力弾は火花を散らし、一際激しい光を当たりに振り撒く。森は颯太の右手を中心に白く染まった。
「行っけええ!」
スピリットドラゴンが颯太をその口で飲み込もうとしたまさにその時。気迫のこもった咆哮と共に、颯太の手から光が放たれた……。
ついに主人公最強っぽい描写が入りました。ここに来るまで長かったです……。