第零話 召喚
第零話 召喚
鳴海颯太は目の前の物体に困惑していた。住宅街の細い道路の真ん中に、鏡のように銀色に輝く物体が浮かんでいるのだ。
「いかにも異世界とかに通じてますっ! みたいな感じだな」
颯太は物体に対して呆れたように言うと、携帯電話を取り出した。そして、物体をバッチリと写真に写してメールで送る。するとすぐにメールを送った悪友から電話がかかって来た。
『もしもし、今のメールマジか』
『マジだ。どうしたらいいだろ』
『飛び込むしかないだろ! リアルル○ズとかに会えるかもしんないぜ!』
颯太は自分の友人がそういう人種だったことを思い出した。彼は疲れたような顔になったものの、すぐに気を取り直して会話を再開する。
『……まったくオタクの上山らしいな。もっと現実的な対応はないのか』
『さあ? リアルに考えるなら放っておくしかないんじゃね?』
『確かにそうだよな。それじゃまた』
『またな~』
颯太は電話を切ると、携帯を制服のポケットにしまった。彼はそのまま物体を気にせずに歩き去ろうとする。ところがここで、物体が勢いよく当たりの物を吸い込み出した!
「うおお!? 吸い込まれる! くそ、負けてたまるかぁ! ファイト、いっぱ~つ!」
颯太は近くの電信柱にしがみついた。吸い込まれてたまるかと必死だ。颯太は気合いで体中の力を振り絞る。しかし、普通の高校生である彼の力などたかが知れていた。彼はどんどん吸い込む力を増していく物体の前に少しずつ力負けしていく。そしてとうとう、最後の指が電信柱から離れた。
「ふわあああ~!」
こうして、痛烈な叫び声だけを残して鳴海颯太は地球から消えた。
★★★★★★★★
「いたた……おおお!?」
颯太が痛みで目を覚ますと、目の前にかわいい女の子がいた。髪は銀色で肩にかかるぐらいの長さで、顔は端正で人形のよう。はかなげな印象の青い瞳は吸い込まれそうだ。とにかく、美少女というのが相応しい女の子だった。
「ごめんなさい……」
女の子は俯きかげんでつぶやいた。目が潤み、氷の結晶のように冷たく光る。
「な、泣かないでくれよ。俺は何も怒っちゃいないぜ」
颯太は目を潤ませて、今にも泣き出しそうな女の子を必死に慰めようとした。勝手に呼び出されたことを怒ってはいたが、今はそれより女の子が泣かないようにするのが優先だ。
「ううっ、ごめんなさい。ううっ……」
「誰かいないのか? 俺には手に負えないぞ」
颯太は笑いかけたり散々努力はした。しかし、とうとう女の子は泣き出した。一人では手に負えなくなった颯太は助けを求めるべく辺りを見回す。だが、颯太と女の子のいる部屋には、魔法陣のような物が床で怪しく光るほかは、真っ暗で何も見えなかった。颯太はその暗闇に気味が悪くなったものの、泣き止まない女の子のために誰かいないかと呼びかけ続ける。
しばらくしてようやく女の子が泣き止んだ。すると部屋に光が差し込んできた。颯太と女の子は光の差した方向に振り向く。白髪で、白衣を着た老人が立っていた。髪は手入れしていないのかボサボサで、彫りの深い顔は陰険な老人の顔を絵に描いたようであった。
「おや、ずいぶん時間がかかっていると思ったらもう勇者が召喚されているではありませんか。困りますねえ、すぐに知らせてくれないと」
「白神博士、私は良いと言うまで部屋には入らないでと言ったわ」
女の子は男に不快感をあらわにした。しかし、男は意にかいさない。
「あまりにも遅いからですよ。巫女、あなたは自身がどれだけ組織にとって重要なのだか分かっておりますかな? あなたに万が一のことがあれば私の首など簡単に飛んでしまうのですからね」
怪しい男は女の子にそう言うと、颯太を値踏みするような目で見た。颯太は何がなんだか分からずにキョトンとした顔をする。それとは対象的に、女の子は射殺すような目で男を睨みつけた。
「ふむ、なかなか資質はあるようだな。君、私についてきたまえ」
「すまないんだけど、俺に事情を説明してくれないか? いきなりここに召喚されて、わけがわかんないんだけど」
「巫女は何も言わなかったのか?」
「俺が召喚されるとすぐに泣いちゃって」
「困った人だ。よろしい、この私が説明しよう」
男は女の子の方を困ったような目で見た。小さく舌打ちして。颯太はそのことに苛立ったが、男の説明に耳を傾けることにした。
「まず、自己紹介しようではないか。私の名前は白神狂一。君の名前は?」
「鳴海颯太だ」
「良い名前だ。そうだな、最初に君がなぜ呼ばれたのか話すとしよう」
男は大きく息を吸い、間を置いた。颯太も息を呑み、男の目をみる。男の目はからかうような愉悦を帯びていた。女の子はその様子を何も言わずに見据えていた。その唇からスッと紅い筋が滴る。
「君が召喚された理由は、我々『ネオ・ヘスラー』の戦闘員の改造素体となるためだ」
そう告げた男の瞳が、冷徹に輝いた……。
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