1話
ばちん!と頬を叩かれ、響く音と共に花束が崩れ落ちていく。
彼女の為に選んだガーベラやカスミソウの花束が。
今回の恋愛は上手くいくと思っていた、まあそれも一方的なものだったらしい。いつも俺の恋愛はこの形で終わりを告げる。職業のせいもあるだろうが、四季の根っからの性格のせいもあるだろう。
四季は一度たりとも誰かのことを愛したことがなかった。そのせいか彼女が出来たとしても愛し方が分からなかった。自分なりに愛していたつもりでも上手くいったことがなく、いつもこのような終わりの告げ方をするのであった。
「あーあ、また上手く愛せなかった。」
四季には人を愛するという感覚が上手く分からない。幼い頃から親や身の回りの人に愛されず、愛されたとしても上っ面だけの愛だった。みな幼少期から芸能界へ入りたくさんのお金を稼いでいた四季にはお金を求めてや、芸能界へのコネクションが欲しくて関わるものばかりで人が自分に対してどんな感情を持っているかを感じ取りやすいようになってしまった。その中で「彼女」という関係は自分のことを愛してくれている人が少なくともいた、だが自分なりに愛したとしても四季には、愛すということが出来ない。幼い頃に愛を知らなかった四季だ人の愛し方をどこからも学べていない。
「失恋が辛いことぐらい、俺にもわかるよ」
四季がそう呟く。それでも時間はすぎていく、辛いということがわかるのであれば多少は愛を学べているのかもしれない、だが、上手くいかない。
「もう帰らなきゃだな、」
落ちた花たちを拾い集めながらそう呟く。
ジリリリリ、と鳴り響くアラームで目が覚めた。
また一日が始まる。昨日叩かれた頬が痛い。鏡を見て確認すると跡が残っていないのでそこには安心をした。
アイドルという職業柄、跡がついてしまうとメイクなど面倒くさいことになってしまうからだ。
まだ、四季の頭の中では昨日のことが鮮明に脳にこびりついている。叩かれた頬、落ちた花束、彼女の泣き顔、全てが彼を後悔の闇の中に引きづっていく。
「でも、今日も頑張らなきゃだな」
そう、自分を鼓舞して今日を乗り過ごす準備をしていく。今日は今度後輩アイドルがライブをやるのでそのためのフラスタの予約をしに行くという重大な予定がある。四季のことを先輩!と慕ってくれている後輩故にフラスタにはこだわりたく、最近フラスタで有名な花屋に行ってみることにした。
「Fleur de saison」
最近できたばかりの花屋だが、某SNSで見かけることが多い。四季のライブでもFleur de saisonのフラスタをいくつか見たことがあり、とても感動したことがある。前までは「フラスタなんて」と思っていた四季でさえ、綺麗だと思ったとても素敵なお店だ。
花屋Fleur de saisonの目の前に行くと明るく
「いらっしゃいませー!」
と活気のある声で挨拶をする茶髪の男性がいた。
ドキン、と初めての感覚に四季はびっくりする。なんだ、この感覚は、と。その茶髪の男性を見ているだけで胸が弾み、顔が熱くなる感覚がある。自分より2、3歳か、それよりもう少し下に見えるその男は可愛い顔をしていた。茶髪でふわふわとした髪、茶色がかった目、八重歯がチラリと覗くその口、その全てに四季の心がざわめいた。
「どうかしました?」
その茶髪の男性に話しかけられた四季は動けずに声にならない声を発する。
「体調悪いですか…?」
そう心配してくれる茶髪の男性に四季は何も返せないでいる。
「え、どうしよう!救急車!?」
そう慌てる茶髪の男性に四季は何か返さないと、と思い掠れた声で発する。
「だ、だいじょ、ぶです…!」
いつも冷酷で慌てる姿などほとんど見せることがない四季のその姿は四季の知人などが見たらとても驚くことだろう。ドキドキするその気持ちに名前をつけることは今の四季にはできない。傍から見れば「一目惚れ」という名前が着くことは一目瞭然だろう。だが、ちゃんと人を好きになったことがなく、恋愛下手な四季にはその気持ちが何か分からないのであった。ただただ、その人に近づきたい。その気持ちを持った四季が発した言葉は
「あの…!名前なんですか!!!」
思ったより大きな声になってしまったその言葉に茶髪の男性は驚いたようだ。さっきまで具合が悪そうに見え、救急車を呼ぶことすら検討していたのだ。急に名前を聞かれてなんのことだと思うだろう。
「え、えと椿っていいます!!!」
椿と名乗る男性も大きな声で返す。その声にすらドキドキしてしまう四季。心が暖かくなり、溢れ出すその感情に四季は名前が付けられない。ああ、これが恋なんだろう、と実感するのはいつになるのだろうか。四季は心の中で復唱する、椿…椿…と。
「椿くん、でいいかな」
精一杯四季なりに返してみる。もうこの頃には四季の冷静さは戻ったような見た目をしているが、内心はそんなことはなく四季の心は大騒ぎだ。
「はい!おにいさんはなんて名前ですか?」
そう上目遣いで聞く椿にうっ、と四季はダメージを食らったかのような声を出しそうになるところをぐっと抑えて笑顔を作り椿に返事を返す。
「四季、四季って呼んで」
やはり、傍から見ると冷静でクールなただのイケメンに見える。
「分かりました!四季さん」
ぐっ
四季から明らかにダメージを食らったような声が出た。もう耐えきれなかったらしい。四季が人を「可愛い」と思ったことが今まであっただろうか、あったのだろう、だが無自覚にここまで可愛いと思う人間は初めてであろう。四季は動じずに対応したつもりであったが、またしても椿に不信感を持たせてしまったようだ。
「四季さん…?」
そう怪しむ椿に笑顔を作る努力をし不自然ではないように返そうと思ったが、無理なようだ。なんだろう、この気持ちは、と自問自答が止まらない。
「ごめんね、椿くん。俺は大丈夫。」
そう、自分に言い聞かせるように呟いた。今思えば大丈夫ではないのに「大丈夫」と言い聞かせる人生だった。体調が悪い時も大丈夫、意見が合わない時も大丈夫、と。そんな人生で大丈夫ということに慣れ、誰にも気づいて貰えない。気づくはずがない。もう期待すらしていなかった。そんなことを思い耽っていると椿が
「大丈夫じゃない時に大丈夫って言わない方がいいですよ!」
そう健気に訴える椿に四季は間抜けな声が出てしまった。
「は…?」
自分でも言った後にはっと気づく。四季らしくない冷静さをかいた発言をしてしまった、と。今まで親や友達にも気づいて貰えなかった「嘘の大丈夫」を初めて会った、たった今名前を知っただけの人に見抜かれたのだ。




