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ドラゴンマスクより「私・鈴(りん)」  作者: 美憂


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トラップ

サッカーは、好きだけでは何もできないことも知った。


 私は、サッカーがやっぱり好きだ。サッカー教室に通うようになってから、少しずつ、できることが増えてきた。でも、うまくなっている、という感じではない。できないことが明確になってきている。パスが来る。止める。少しボールが流れる。その“少し”で、全部が遅れる。出したい場所に止められない、自分が蹴りやすい場所にボールを出せない。顔を上げる余裕がない。奪われる。同じことを、何度も繰り返した。分かっているのに直せない。

ただ、“気づく”ことが増えた分、よく分からない例のドラゴンマスクの動画が役に立った。練習の帰り、タブレットを開いた。動画は、相変わらず、ちょうどいいところを見せてくる。止める瞬間で、画面が止まった。

 

よくわからないのは内容じゃなくて、なんでいつまでも「ドラゴンマスク」を名乗ってるかだ。コーチの律はとうちゃんの親友、ドラゴンマスクのとうちゃんみたいなもんだ。サッカー教室チラシのポスティングはありがたかったが、律からバレるとは予想しないのだろうか。本当に素直なおばかに育ったもんだ。でも、習うことの大切さは、高校の時に体験していた。騙されたふりして、ありがたく入会した。律の声はよく響くし、コーチングもわかりやすい。律が使うサッカー用語も誰かに似ていて馴染みがある。顔が上げられないことは、時々コーチングの中に入ってきた。「顔をあげましょう」「コースを確認しましょう」「手を挙げてる人にパスを出しましょう」ゲームのように行う練習にも、ちゃんと意味があった。コーチの律は丁寧で優秀だ。繰り返し行うとコーチに言われたわけでもなく、ふと、(あ、今、顔が下がってる)と分かる瞬間に出会うようになった。次のプレーで、意識してみる。ちょっとうまくいく。偶然かもしれない。これは、私の感覚的なこと。でも、同じことが、何度か続いた。ある日、タブレットを開くと、いつの間にか動画が増えていた。再生すると、見覚えのある動きばかりだった。

 足の置き所。

 体の向き。

 次に出す方向。

全部、つながっていた。その下に、一行だけ、文字があった。


『止める場所で、次が決まる』


 ため息が出た。そんなこと、分かっている。でも、できていない。もう一度、動画を再生した。今度は、ボールじゃなくて、“その前”を見た。動き出す前の、一歩。次の日、練習で、(気持ちだけ)真似をしてみた。止める前に、ほんの少しだけ、体の向きを変える。控えめな小野伸二だ。それだけだった。ボールが、足元に収まった。ほんの、数センチの違い。でも、次が、あった。顔を上げる時間ができた。パスが出せた。

(カタチからかぁ)と納得。サッカー選手がかっこいいのは、カッコつけてんじゃなくて理にかなった動きをしてるからかっこいいんだな。誰も、気づいていないだろう私の成長は、私自身がわかってる。そして、もうひとつ分かったことがある。

 あの一行は、ここに繋がっているんだね。

どれも、私がつまずいているところだった。スパイは律か。画面を止めた。少し、考えた。そして、また再生した。動画の最後に、文字が入っていた。


『顔を上げると、サッカーは簡単になる』


思わず、笑ってツッコんだ。「そんなわけあるかーい!」


動画作るのも大変だったろう。それをこっそりポスティングするのもね。でも、タブレットに送られてきたら、こりゃドラゴンマスクを知らないふりするのは難しい。でも、このダサい名前の正体を面と向かってバラすのは、公開処刑だな。まあでも、『顔を上げると、サッカーは簡単になる』そんなわけない。顔を上げること自体が簡単じゃない。でも、やってみたら、確かに蹴りやすくなってる。次の練習では、思いっきり意識して、空ぶったり、転んだり、ボールを見失ったりと数々の失敗をした。でも、ほんの一瞬だったけど、見えた。パスのコースが。通った。コントロールはできてないけど。誰にも気づかれないくらいの、小さな成功だった。でも、私には分かった。『止める場所で、次が決まる』あの一行が、ここに繋がっているんだ。


ドラゴンマスクは、何も言ってこない。でも、ちゃんと、届いている。わかってる。そういう距離にうちのゴールキーパーはいるんだと思う。

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