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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

18歳までに、君に食べられたい

作者: 義母
掲載日:2026/05/24

1. おと 視点:無菌室の解体ショー

---


ピンと張り詰めた静寂の中、ステンレスの机に鈍い金属音が響く。

メス、ピンセット、肉鉤にくかぎ、そして骨鋸ほねのこぎ。整然と並べられた銀色の器具たちを、私は医療用手袋をはめた指先で一つひとつ確認していく。


視線の先にあるのは、学校が授業用教材として正規に一括購入した、成人一歩手前の男性の身体だ。麻酔で完全に意識を失い、ただの肉の塊として横たわっている。


「――以上が、大腿部から臀部にかけての効率的な筋繊維の剥離、および主要血管の結紮けっさとつ手順です。出血を最小限に抑えることで、肉質の劣化を防ぎ、ヘモグロビンの流出による栄養価の損失を九割以上防ぐことが可能となります」


教壇に立つ私は、一瞬だけ眼鏡のブリッジを押し上げ、クラスメイトたちを見渡した。

私立翠嶺(すいれい)女子高等学院、特進クラス。そこにいる全員が、息を呑んで私を見つめている。彼女たちの瞳に宿っているのは、純粋な尊敬と、それから――肉を前にした獣特有の、じっとりとした「飢え」だ。


ここ翠嶺女子において、私は常にトップを維持し続ける学年主席、一之瀬いちのせ おと 。カマキリ遺伝子の発現適合率も今年度の全校生徒の中で群を抜いており、周囲からは「完璧な次世代の捕食者」と目されている。


半世紀前、世界は環境汚染の極致として蔓延した新種の劇症型ウイルスにより、人類絶滅の危機に瀕した。あらゆる既存の抗生物質が効かない中、科学者たちが目をつけたのが、節足動物の持つ強靭な先天性免疫、とりわけ『蟷螂カマキリ』の持つ抗菌ペプチド遺伝子だった。その過酷な免疫システムをゲノム編集で組み込むことで、人類はウイルスの克服に成功した。

だが、奇跡には代償があった。女性の生殖機能を覚醒させるスイッチが、カマキリ本来の生態――「交尾時のオス捕食による栄養摂取」と不可分に結びついてしまったのだ。


「男性を捕食しなければ、初経を迎えられず、二次性徴を迎えられない」

この残酷な生物学的呪いは、今や法律として絶対の義務になっている。18歳までに初経を迎えなければ社会的に完全に排除される。だからこの学校では、調理実習の延長として、こうしてクリーンで事務的な男子解体実習が行われているのだ。社会は男性を遺伝子グレードで格付けし、女性がそれを記号として消費する。それがこの世界の当たり前だった。


「素晴らしいわ、 おと さん。非の打ち所がない完璧な解体計画書レシピね」


教科担任の女性教師が、うっとりとした声を漏らしながら私の提出した計画書に最高評価のスタンプを押す。


「さすがは学年主席。あなたの18歳の誕生日タイムリミットもいよいよ間近に迫っているけれど……食材パートナーの処理日程はもう提出したの?」


待ってましたとばかりに、教室の空気が色めき立つ。女子生徒たちが身を乗り出し、下卑た品定めの視線を私に集めた。


「ええ」

私は努めて冷徹に、サディスティックな愉悦を孕んだ微笑を唇に浮かべてみせた。

「私の成人を祝う記念すべき一皿ですもの。この社会で最も無価値で、最も劣悪な遺伝子グレードを持つ『標本』を選びました。たっぷり私に依存させて、脳内麻薬で肉を甘くしてから、一番美味しくなる瞬間に一滴残らずすすり尽くしますわ。最高のごちそうにするために、ギリギリまで処理を引っ張っています」


ドッと教室が沸く。

「うわ、最悪! さすが主席、悪趣味の極み!」

「あはは、一番下のEグレードの男をじわじわ調教して食べるってこと? 逆にテクニック必要じゃん!」


耳を突き刺す笑い声。男を「食べ物」としてしか見ず、ブランド牛の格付けを語るように盛り上がる同級生たち。

私はその光景を、ただ冷ややかに、どこか遠い世界の出来事のように見つめていた。


最高の絶頂を作るため、という周囲への言い訳。

そうやって食べるタイミングを決められないまま、先延ばし、先延ばしを繰り返してきた。その結果、法律が定める18歳の誕生日という絶対のデッドラインが、もう目の前まで迫ってきている。

私の指先は、冷たいナイフの柄を握ったまま、誰も気づかないほど微かに、きつく強張っていた。


---

2. とも 視点:檻の中の幸福な家畜

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夕暮れ時の細い路地を、僕は一歩一歩、噛みしめるように歩いていた。

胸に抱えているのは、高級スーパーのロゴが入った紙袋。中には、高価な無農薬野菜と、最高品質の飼育用プロテインが入っている。


「これを毎日続ければ、僕の肉も、少しは柔らかくなるかな……」


ぽつりと呟いた言葉に、悲壮感はなかった。むしろ、僕の胸は淡い期待と、誇らしさで満たされていた。


僕の名前は、宮内みやうち とも 。成績も運動も底辺、これといって取り柄のない17歳の少年だ。

僕の左手首には、黒いスチール製のブレスレットが嵌められている。マイナンバーと連動した、男性専用の「遺伝子グレード証明書」。液晶に表示されているのは、残酷な『E』の文字だ。

遺伝子レベルで「劣悪食材ジャンクフード」と指定された僕のような男は、本来なら、行き場のない行き遅れの女性に、大衆食堂 of 安物のようにつまみ食いされて終わる運命だった。


それなのに、僕を「成人捕食のパートナー」として指名してくれたのは、あの翠嶺女子の学年主席、完璧な美少女である おと だった。


『あなたみたいな底辺のゴミを、私の手で最高の食材に育て上げてから食べるの。それが私の美学よ』


最初に おと からそう告げられた時、周囲の男たちは僕を哀れんだ。あんな恐ろしいサディストの優等生に目をつけられるなんて、きっと骨の髄までなぶられて苦しむに違いない、と。


でも、僕は嬉しかった。

何より、 おと は僕の幼馴染だった。

まだ世界のルールが僕たちの体を縛る前、普通の男の子と女の子として、泥だらけになって笑い合っていたあの頃の記憶。もちろん、今の彼女が僕を「美味しくするための家畜」として冷徹に見つめていることは知っている。だけど、世界から「価値のない食べ物」だと切り捨てられていた僕が、あの輝かしい、誰よりも優秀な女性の特別な「一皿」になれる。その最高グレードの記号に消費してもらえる名誉だけが、僕の歪んだ精神を支える唯一の拠り所だった。


「ただいま、 おと 」


鍵を開けて入ったのは、 おと が僕のために用意してくれたマンションの一室。捕食前の男性を、他の女性からの『横取り』から守るための、クリーンな隔離飼育室だ。


「遅かったわね、 とも 」


リビングのソファに座り、難しい専門書を読んでいた おと が、冷たい視線を僕に向けた。彼女の美しい黒髪が、夕日に透けてきらきらと輝いている。


「ごめん、肉質を良くするための食材を厳選してたら遅くなっちゃって」

「ふん……まあいいわ。服を脱いで、体重計に乗りなさい。一グラムでも痩せていたら、お仕置きだから」


冷酷な言葉。支配者と被支配者の関係。

僕は言われるままに服を脱ぎ、測定器に上がる。 おと は僕の身体を、まるで肉屋の品定めのような手つきで、指先でつついた。


「よし、体重は維持されているわね。……怖気づいて逃げようなんて思わないことよ。誕生日の期限が来るまでに、私の気が向いたその瞬間、最高の絶頂の中で私の一部にさせてあげるんだから」

「うん。楽しみにしてるよ。君みたいな最高の優等生に美味しく食べてもらえるなら、僕は本望だ」


僕は笑顔で答えた。誰もが認める優秀な女性が、僕を食べて完璧な大人になる。そのためなら、僕は喜んで命を捧げよう。


---

3. おと 視点:カウントダウンの足音

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夜、 とも が寝静まった後、私は一人でリビングの冷たい床に座り込んでいた。

カレンダーを見る。私の18歳の誕生日まで、あと――6日。

タイムリミットが、すぐそこまで迫っている。


「はぁ、はぁ、っ……」


胸が苦しい。呼吸がうまくできない。

とも をリビングに残し、一人になると、いつもこの激しい動悸が私を襲う。


周囲には「最高に依存させてから、私の気が向いたときに食べる」とうそぶいているし、自分でもそのつもりだ。最高に管理された状態の とも を、誕生日までに一滴残らずすすり尽くす。それこそが完璧な計画なのだから。


なのに、どうしてこんなに実行に移せないのだろう。


「まだ……仕上がりが完璧じゃないからよ」


暗闇の中で、自分の両手を見つめながら小さく呟く。

解体実習では、学校が用意したどんな教材用の男の肉を前にしても、ミリ単位の狂いもなくメスを動かせる、天才の誉れ高い私の両手。

それが、 とも を前にした時だけ、どうしてもスケジュールを決めることすら躊躇ためらってしまう。


もっと彼を私に依存させなければならない。もっと、もっと徹底的に。

そうやって自分に「引き延ばしの言い訳」を重ねているうちに、とうに猶予は消え失せ、誕生日は一週間を切ってしまった。


誕生日当日までに彼を解体して初経を迎えなければ、私は二次性徴を迎えるこ とも できず、法律違反者としてこの社会からすべてを剥奪される。

カチ、カチ、と、リビングの時計が、容赦のないカウントダウンの音を刻み続けていた。


---

4. とも 視点:甘やかな毒の味

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「あ、つ……っ」


首筋に走るピリッとした痛みに、僕は思わず声を漏らした。

鏡を見ると、僕の鎖骨のあたりに、小さな、けれど鮮やかな赤紫色の鬱血うっけつが残っている。 おと がさっき、僕の身体を検品するついでに、爪を立てて強く噛みついた痕だ。


「……これくらいで大声を上げないで。不快なストレスは肉の風味を損ねるわ」


ドレッサーの前で、 おと が冷たく言い放つ。彼女はすでに翠嶺女子の制服に身を包み、いつも通りの完璧な優等生の顔に戻っていた。


「ごめん。でも、痛いっていうより、なんだか熱くて……」

「馬鹿ね。ただの皮膚の炎症よ。私が処方したサプリメントを飲んで、大人しく部屋を掃除しておきなさい」


おと は鞄を肩にかけると、振り返りもせずにマンションを出て行った。パタン、と重いドアが閉まる音が、静かな部屋に響く。


僕は一人、残されたリビングで首筋の痕に触れた。痛い。だけど、それ以上に、僕の胸の奥はひどく満たされていた。

最近の おと は、僕を扱う手つきがどんどん荒くなっている。体重管理だけでなく、肌のツヤ、筋肉のつき方、果ては僕の精神状態まで、四六時中監視されているような感覚だ。時折、夜中に僕の寝室に入ってきて、僕が眠っているのを確認するようにじっと見つめているこ とも ある。


周囲の男たちは「あのサディスト女、お前を精神的に追い詰めて美味しくする気だぞ」と怯えるけれど、僕にとってはこれが至上の幸福だった。

だって、あの誰もが憧れる最高グレードの女性が、僕というEグレードのゴミを、これほどまでに執拗に、熱心に『管理』してくれているのだから。


「もっと、 おと の期待に応えなきゃな……」


僕は台所へ向かい、 おと が指定した苦い栄養ドリンクを厳選された水で薄めて一気に飲み干した。彼女の命令に従うたびに、自分が「特別な存在」に変わっていくような錯覚に陥る。

僕の全細胞が、彼女の身体の血肉になるその日を、今か今かと待ち望んでいる。

それが、家畜として生まれた僕の、唯一にして最高の生きる意味なのだと信じて疑わなかった。


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5. おと 視点:飢えた獣たちの包囲網

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「ねえ、一之瀬さん。まだあの『ゴミ』を処理してないの?」


昼休みの購買部裏。炭酸飲料の缶を指先で弄びながら、クラスメイトの佐伯さえきがじっとりとした視線を私に投げかけてきた。彼女の隣にいる取り巻きの女子たちも、一様にイライラとした空気を隠そう とも していない。


「私の計画に口を挟まないで。最高の依存状態を作るには、時間が必要なのよ」

私はいつもの冷徹な声で一蹴しようとした。しかし、佐伯はフンと鼻で笑い、缶をゴミ箱に乱暴に投げ捨てた。


「計画、ねぇ。でもあなた、あと4日で18歳の誕生日でしょう? 正直、じれったい設定おままごとに付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ。私たちはまだ、自分のパートナーさえ手配できてないっていうのに」


ハッとして、私は彼女たちの手首を見た。

佐伯たちのブレスレットに表示されている遺伝子グレードは『C』。そして、彼女たちの多くが、私と同じように数日後、あるいは数週間後に18歳のタイムリミットを控えている。


社会のシステムは残酷だ。私のような発現適合率トップの優等生には、優先的にクリーンな市場から男が割り当てられるが、グレードの低い彼女たちには、なかなか『食材』が回ってこない。男の数は限られている。18歳までに初経を迎えなければ、彼女たちは「不良品」として、この恵まれた特進クラスから、ひいてはま とも な社会から引きずり下ろされるのだ。


「学年主席様は余裕があって羨ましい。でもさ、Eグレードの家畜なんて、どうせ誰が食べたって一緒じゃない。そんなに引き延ばすなんて、まさか――」

佐伯が顔を近づけ、歪んだ笑みを浮かべる。

「食べるのが怖くなっちゃった、なんて言わないわよね?」


周囲の女子たちの目が、一瞬にして捕食者のそれに変わる。

飢え、焦り、嫉妬、そして制度への恐怖。彼女たちは追い詰められているのだ。男という記号を消費しなければ、自分が社会に消費される。その極限のストレスが、彼女たちを獰猛な獣に変えつつあった。


「くだらない」

私は背を向け、冷ややかに言い捨てた。

「私を誰だと思っているの。私があの男に与えるのは、完璧な、至高の死よ。あなたたちのように、焦って義務的に貪り食うだけの無能と一緒にしないで」


歩き出す私の背中に、「ちっ、相変わらずムカつく優等生」という舌打ちがぶつかる。


(あと、4日――)


足がすくみそうになるのを、制服のスカートを握りしめて誤魔化す。

とも をキープするための「サディスティックな育成」という建前が、周囲の『飢え』を刺激し、じわじわと私たちを追い詰めているのを感じていた。

もう時間がない。世界が、周囲の狂気が、私から とも を奪い去ろうと、すぐ後ろまで迫ってきている。


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6. とも 視点:忍び寄る影

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その日の夜、僕はマンションの窓から、じっと下の通りを見下ろしていた。

ここ数日、妙な違和感があった。

僕が食材を買いに出かける時、あるいはベランダで洗濯物を干している時、遠くからいくつかの視線を感じるのだ。


「……気のせい、だよね」


僕は頭を振った。ここは おと が手配してくれた、完全管理された隔離室だ。他の女性が立ち入ることは法律で厳しく制限されている。僕を横取りしようとする不届き者がいるはずがない。


ガチャ、と玄関の鍵が開く音がして、僕は弾かれたように迎えに走った。

「おかえり、 おと !」

「……ええ」


入ってきた おと は、心なしかいつもより顔色が青白く、酷く疲弊しているように見えた。


「どうかした? 体調が悪いの?」

「うるさいわね。何でもないわ……それより、今日の分のカリキュラムをはじめましょう。服を脱いで」


彼女の声は冷たかったが、どこか切羽詰まった響きがあった。

いつものように測定を終え、ソファに座る僕の前に、 おと は一本の鋭利な解体用ナイフを置いた。銀色の刃が、リビングの明かりを反射して冷たく光る。


「 とも 、そのナイフを見て、あなたは何を思う?」

おと が僕の顎を掴み、無理やりナイフに視線を向けさせた。


「……綺麗だと思うよ」

僕は本心を口にした。「君が僕を美しく捌いてくれるための道具だから。怖くはないよ。僕は、君みたいな素晴らしい女性の役に立てる日を、ずっと待ってるんだ」


おと の目が見開かれ、一瞬、その奥の瞳が激しく揺れた。顎を掴む彼女の指先が、痛いほどに震えている。


「そう……なら、もっと私を盲信しなさい。他の誰も見ず、私のことだけを考え、私のためだけにその肉を肥やしなさい。いいわね?」

「うん。約束するよ」


僕は微笑んだ。 おと のこの苛烈なまでの独占欲(調教)こそが、僕の価値を証明してくれている。彼女の完璧なシナリオ通り、僕は最高の状態でお皿に載るんだ。


夜、自分の部屋のベッドに入り、僕は静かに目を閉じた。

明日も、明後日も、 おと のために良い家畜でいよう。そう思いながら眠りに落ちる僕の耳に、遠くの街の喧騒に混ざって、どこか聞き覚えのある「複数の少女たちの笑い声」が、幻聴のように微かに響いていた。


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7. おと 視点:決断の拒絶

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深夜二時。

私は静かに部屋を出て、 とも の寝室のドアを微かに開けた。

ベッドの中で、 とも は穏やかな寝息を立てて眠っている。昼間、私が無理やり付けた首筋の痕が、痛々しく赤く腫れていた。


「…… とも ……」


声にならない名前が、唇から零れ落ちる。

私はベッドの脇に跪き、眠る彼の顔をじっと見つめた。


昼間、学校の女子たちが見せていたあのギラついた目。あれが、この世界の真実だ。男をただの「肉」として、自分の延命のための「記号」として貪り食う、悍ましい獣たちの群れ。

私は、あの群れの一員にならなければいけない。 とも を解体し、その肉を喰らい、胃袋に収めて初経を迎えることで、私は晴れて「完璧なマジョリティ」として認められる。


(いやだ)


頭の芯が、激しい拒絶反応でガンガンと痛む。

どうして とも を前にすると、教科書通りの完璧な手順が、すべて霧のように消え去ってしまうのか。

彼を依存させ、美味しくしているはずの私の行動は、ただの「時間の引き延ばし」でしかない。私は決断から逃げている。 とも を失う恐怖から、目を背け続けている。


「あと、3日しかないのに……」


私は とも の頬に、そっと自分の指先を滑らせた。温かい。この温もりを、私は本当に、自分の手で冷たい『肉』に変えなければならないのだろうか。


サディストの仮面の下で、私はただの、行き場を失った迷子のように震えていた。

背後に迫る法律の壁。クラスメイトたちの飢えた視線。そして、何一つ疑わずに私を信じる、 とも 。

破滅へのカウントダウンは、もう誰にも止められないところまで加速していた。


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8. とも 視点:お供え物の焦燥

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「…… おと 。僕のこと、本当は食べる気がないの?」


夕食の後、意を決して僕はその問いを口にした。

カレンダーの数字は、彼女の18歳の誕生日まであと2日を示している。それなのに、 おと は今日も僕の身体を検品するだけで、具体的な「調理スケジュール」を一切口にしない。


僕は、僕をエサとして完璧に管理してくれる「学年主席の おと 」を信じている。僕みたいなEグレードのゴミが、最高に優秀な彼女の役に立てるからこそ、僕は幸福な家畜でいられるんだ。

なのに、彼女がそれを引き延ばすということは、僕の食材としての価値を否定されているような気がして、たまらなく怖かった。


「……なんですって?」


ソファでリポートを読んでいた おと の動きが、ピタリと止まる。

振り返った彼女の瞳は、今までに見たことがないほど、暗く、冷たく、そして激しく昂ぶっていた。


「僕、もっと美味しいお供え物になりたいんだ。君みたいな最高の女性に食べられて、完璧な大人になってもらうのが、僕の生きている意味だから。だから、早く――」


「黙って」


地を這うような声だった。 おと は立ち上がり、僕の胸ぐらを乱暴に掴んでソファーに押し倒した。眼鏡の奥の瞳が、怒りと焦燥で血走っている。


「あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」


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9. おと 視点:むき出しの防衛

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「早く食べろ? 役に立ちたい?」


とも の胸ぐらを掴む私の指先が、怒りでがたがたと震えていた。

こいつは何も分かっていない。私がどれだけの不条理と戦いながら、このタイムリミットを引き延ばしているのかを。こいつはただ、教科書通りの綺麗な『記号』のままで、私の手で殺されるのを無邪気に待っている。


その純粋さが、その無知さが、今の私には狂おしいほどに憎たらしかった。

胸の奥から、防衛本能の毒となって、日頃から耳にタコができるほど聞かされてきた「社会の正論」が溢れ出してくる。


「男は悩みなんてなくて気楽でいいわね。国からのグレードに一喜一憂するだけで、自分で何も背負わなくていいんだから!」


私は とも をソファーに見下ろし、ヒステリックに言葉を叩きつけた。


「私たち女性が、どれだけの不条理を肉体に課されているか知っているの!? 生理の痛みに耐え、将来は陣痛にのたうち回り、出産の痛みを引き裂かれながら味わって、自分の血を分けた母乳で子供を育てるのよ! 遺伝子を繋ぐために、これだけの苦痛を強要されているの!」


とも は怯えたように目を見開いている。けれど、私の口は止まらない。そうやって誰かの受け売りの憎悪を並べ立てなければ、目の前の彼を前に、自分が今すぐ崩壊してしまいそうだったから。


「だったら、せめて男は女に食べられて、その肉体すべてで女の栄養になって役に立つのは当然でしょ!? それがこの世界の、カマキリの遺伝子を受け入れた人類の、絶対の役割分担よ! 私だって食べるに決まっているでしょ、学年主席の私が、あなたみたいなゴミを特別扱いするわけないじゃない!」


「…… おと ……」


「私の名前を安易に呼ばないで!」


私は とも を突き放し、激しく呼吸を乱しながら背を向けた。

……私は、一体何を言っているのだろう。

激しい自己嫌悪が、冷たい泥のように足元から這い上がってくる。自分の口から飛び出したあまりにも醜く、あまりにも傲慢な言葉の数々に、私自身が激しく動揺していた。


振り返ると、 とも はソファーの上で、悲しそうな、それでいてどこか「冷徹な優等生である私」に圧倒され、さらに依存を深めたような、複雑な目で私を見つめていた。


「……ごめん。僕、気が利かなかった。 君がそんなにたくさんのものを背負って戦っているなんて知らなくて。……やっぱり、君は素晴らしい女性だね」


とも のその言葉が、私の心臓をナイフよりも深く、抉るように突き刺した。


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10. 佐伯視点:ジャンクフードの祝祭

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「明日 18歳・一之瀬 おと 誕生日」と書かれたカレンダーが、リビングの壁で虚しく揺れている。

夜10時。つまり、後2時間以内に男を消費して初経を迎えなければ、あの学年主席の一之瀬であっても法律違反の不良品として社会から排除される。タイムリミット当日、その運命の朝が来る直前の深夜だ。


私は、あらかじめ買収しておいた電子ロックの解除コードを使い、一之瀬が用意したクリーン隔離室のベランダの窓を静かに開けた。背後には、私と同じように数日後にタイムリミットを控えて焦り狂っている取り巻きの女子二人――木下と谷口が、ギラついた目を暗闇に光らせて控えている。


ベッドで無防備に眠っているのは、Eグレードの家畜――宮内 とも だ。一之瀬が「最高に依存させてから食べる」と嘯き、大事に囲い込んでいたお気に入りの玩具。


「……ん、だれ……っ?」


気配に気づいた とも が、薄く目を開けた。私が彼の胸元にナイフの切っ先を突きつけると、その従順そうな瞳が恐怖に泳ぐ。


「一之瀬さんの可愛い飼い犬くん。大人しくついてきなさい」

「やめ……て、僕は おと の……っ、う、あ――」


彼が声を上げようとした瞬間、私は容赦なく彼の股間――睾丸目がけて思い切り膝蹴りを叩き込んだ。

男特有の急所を襲う破壊的な激痛に、 とも は声にならない悲鳴を上げて白目を剥き、そのままコンクリートの床へ崩れ落ちて失神した。


「よし、運ぶよ。一之瀬の誕生日は明日……つまり、今日中に一之瀬がこいつを食べれなきゃあいつは終わりだ。その前に、私たちが丸ごと食べちゃおう」


木下と谷口が低く下品に笑い、 とも の両手両足を掴んで引きずっていく。


街外れの廃ビルへと彼を連れ込み、太いロープで十字に縛り上げる。

私たちが抱える焦りと飢えは、とっくに理性を焼き尽くしていた。男を消費して初経を迎え、二次性徴を迎えなければ社会から捨てられる。その極限のストレスが、私たちのカマキリ遺伝子を狂おしいほどに昂ぶらせていた。


やがて意識を取り戻し、小さく身悶えする とも の制服を、私は吸い付くような音を立てて引き裂いた。谷口が彼の両腕を床に押さえつけ、木下が彼の両足を左右に大きく割る。露わになった白く滑らかな肌。一之瀬が毎日必死に管理していたというだけあって、底辺のくせに驚くほどきめ細かくて美味そうな肉質をしている。


「ねえ、先に『いただきます』しちゃおうよ」


私は逃げ場のない とも の身体に深く跨がり、その瑞々しい唇を強引に奪った。鉄の匂いと、男の甘い体温が口内に広がる。恐怖に震え、涙を流す彼を乱暴に弄び、無理やり私の中に導きいれた。


「あ、が……っ、あ!!」


とも が短い悲鳴を上げてのけ反る。私の下で交尾の快楽に喘ぐ彼の太ももの肉を、横から木下がナイフで削ぎ落とし、血の滴るそれを谷口の口へ放り込んだからだ。

「やばい、柔らかい! 最高のジャンクフード!」

「私にもちょうだい! あはは、一之瀬の男、めちゃくちゃイイ!」


その歓声に完全に獣となった私は、 とも の肩口に鋭い歯を突き立て、そのまま肉を引きちぎった。衣服を引き裂かれ、3人の女子に肌を貪られ、肉を削がれていく。濃厚な愛液と溢れ出る鮮血が混ざり合い、コンクリートの床をじっとりと濡らしていく。最悪で、最高に官能的な、私たちの延命のための祝祭だった。


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11. おと 視点:仮面の崩壊

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「 とも !! どこにいるの、 とも !!」


大雨の降る夜の街を、私はなりふり構わず走り続けていた。

隔離室のドアが乱暴にこじ開けられ、中が荒らされているのを見た瞬間、私の頭の芯は真っ白になった。携帯のGPSが示す位置は、街外れの廃棄されたビル。


時刻は夜10時30分。つまり、後1時間半以内に とも を捕食して初経を迎えなければ、私は二次性徴を失い、法律違反者としてすべてを剥奪される。


そうだ、私は食べる。食べるに決まっている。私が完璧な大人になるために、 とも は私の手で処理されなければならないのだ。教科書に書いてある通り、ミリ単位の狂いもなく彼を解体し、私の血肉にする。他の誰にも、私の『配給品』を横取りさせるわけにはいかない。


焦燥と恐怖で心臓が破裂しそうになりながら、廃ビルの錆びついた扉を体当たりでこじ開ける。

ライトの光を向けた先――水溜まりの広がるコンクリートの床を見た瞬間、私の思考は完全に凍りついた。


「――あら、一之瀬さん。遅かったじゃない」


返り血を浴びて、狂気的な笑顔で振り返る佐伯。その背後には、同じく血まみれの木下と谷口が転がる肉片を咀嚼している。

そして彼女たちの足元には、四肢を縛られ、衣服を引き裂かれ、無惨に食い荒らされながら血の海に沈んでいる とも の姿があった。


「あ……ああ……」


奥歯がガタガタと震える。

最初に見えたのは「食材の損壊」だった。 とも という私のための配給品が、許可なく消費されたことへの、生存本能としての激しい焦燥。私の初経が、私の成人儀式が、このままでは台無しになる。そう脳が叫んでいた。


しかし、足元に這い寄る私の視界に、血まみれになって震える とも の瞳が映り込んだ瞬間、その思考は別の何かに強制的に上書きされた。


それは「食料が台無しになった」という損得勘定の苦しみではなかった。

彼の白い肌に刻まれた、汚らわしい歯型。あんなにも綺麗に管理していた彼の身体が、他人の欲望に蹂躙され、尊厳をズタズタにされているという事実。それを見た瞬間、胸の奥で、張り裂けそうなほどの熱い何かが爆発した。


(――悲しい)


私は、食材が汚されたことが悲しいのではない。

私が誰よりも愛おしみ、誰にも触れさせたくなくて、ずっとその笑顔を守りたかった とも が、他人の無慈悲な暴力で壊されている。その現実が、何よりも、死ぬほど悲しい。


(違う。私は、自分の体が大人になれないのが怖かったんじゃない)

(私は、特進クラスから、この社会から追い出されるのが怖かったんじゃない)


その瞬間、私の頭の中で、これまで必死にしがみついていた「学年主席」「初経」「成人儀式」といった、世界が私に与えたすべての『記号』が、ガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散った。


脳裏を過ったのは、国家が定めた遺伝子グレードの数字でも、完璧な解体計画書の手順でもなかった。

仕事帰りに彼が買ってきてくれたプロテインの甘い匂い。私が付けた首筋の傷を痛がりながらも、嬉しそうに微笑んでいた不器用な笑顔。世界中からゴミだと切り捨てられた彼と、二人きりで過ごした隔離室の、あの静かな時間。


(私は―― とも を失うことが、死ぬほど怖かったんだ)


彼がただの「食料」なら、別の男を今すぐ解体すれば私は大人になれる。なのに、目の前で別の獣たちに食い荒らされている とも を見て、私の全細胞が、引き裂かれるような絶望の悲鳴を上げている。

私は、彼を愛していたのだ。世界のルールを隠れ蓑にしなければ、その歪んだ想いを守ることすらできないほど、私は彼を、一人の男として、狂おしいほどに欲していたのだ。。


「何よその目。Eグレードのゴミを分けてあげたんだから、感謝してほしいくらいだわ。あなた、今日中に食べないと不良品確定でしょ?」


佐伯のその言葉が、私の耳にはもう人間の言葉としては届かなかった。

私の大切な人を奪い、汚し、消費した、悍ましい害獣の鳴き声。


「――殺す」


私の口から出たのは、優等生のそれではない、剥き出しの獣の咆哮だった。

足元に落ちていた重い鉄パイプを鷲掴みにした瞬間、私の手首に、これまでにない力が漲るのを感じた。


「なに、一之瀬? 本気でやる気……っ!?」


佐伯が嘲笑を浮かべたのも束の間。私は弾丸のように踏み込み、その顔面を鉄パイプで正確に打ち抜いた。

嫌な音を立てて鼻骨が砕け、佐伯の身体が宙を舞う。彼女が持っていたナイフが床に転がった。


「私の とも を……! 私の、 とも を汚したわねぇっ!!」


怒りの導火線に火がついた。私の動きに迷いはなかった。

カマキリの遺伝子が持つ鋭敏な反射神経が、周囲の動きをスローモーションのように捉える。木下が背後から襲いかかってきたが、私は振り返りざまに彼女の膝をパイプで叩き折り、さらにその脳天を容赦なく叩きつけた。


「あは、あははは! 痛い? 怖い?」


私は笑っていた。自分でも驚くほど、澄み渡った狂気の中で。

取り巻きの一人、谷口が悲鳴を上げて逃げ出そうとする。私はその髪を掴んで引き戻し、床に叩きつけると、鉄パイプを振り上げた。


「私のものなのよ。私が、私の手で、愛でて、育ててきた、世界でたった一人の……!」


振り下ろされる鉄パイプが、湿った音を立てて床に叩きつけられる。

一撃、また一撃。

佐伯たちが とも に対して行った蛮行が、そのまま彼女たち自身の肉体に返っていく。床はあっという間に、彼女たちの鮮血で赤黒く染め上がった。


暴力は情熱そのものだった。

とも を傷つけられた絶望が、鉄パイプを通して彼女たちの骨を砕く感触に変わり、私の心の中の黒いおりを洗い流していく。

あんなに汚らわしいと思っていた「暴力」という行為が、今この瞬間だけは、私の愛を証明するための神聖な儀式のように思えた。


「ああ、死なないでよ。あなたたちが死んでも、 とも の痛みは消えないのよ……」


私は息を荒くしながら、動かなくなった佐伯の身体を何度も何度も踏みつけた。

雨音がビルの隙間から激しく吹き込み、彼女たちの断末魔をかき消していく。

私の手は血まみれで、制服は返り血でぐしょ濡れだった。それでも、不思議なほど心は軽かった。

もはや私を縛る規則も、カレンダーの数字も、未来への不安もない。


そこには、血に濡れた鉄パイプを手にした私と、瀕死の とも だけがいた。

私はパイプを放り出し、震える手で血を拭うと、再び とも の傍へと這い寄った。

世界がどれほど狂っていようと、もう関係ない。私はただ、私の愛する男の元へ帰るだけだった。


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12. おと ・ とも 視点:シンクロする本音

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どれだけの時間が経っただろう。

静寂を取り戻した廃ビルの中、凄まじい暴風雨の音だけが響いていた。

床には、叩きのめされ、恐怖に怯えて逃げ出していった佐伯たちの肉片と血の跡が散らばっている。


おと は鉄パイプを放り出し、血の海の中に傷だらけの身体で這い寄るようにして、 とも の身体を抱ききよめた。

温かかった とも の身体は、冷たい雨に打たれて急速に体温を失いつつある。息は絶え絶えで、いつ心臓が止まってもおかしくない致命傷だった。


「ごめん、ごめんなさい、 とも ……! 私が、私のくだらないプライドや嘘のせいで……あなたを、こんな目に……っ!」


おと は とも の胸に顔を埋め、子供のように大声で泣き叫んだ。学年主席のプライドも、世界のルールも、すべてがどうでもよかった。今日中に彼を食べなければ自分がどうなるかという恐怖すら、今の彼女の頭からは完全に消え去っていた。


「お……と……」


微かな、本当に消え入りそうな声が、 おと の耳に届いた。

とも が、血に染まった顔で、 おと を弱々しく見つめていた。


二人の視線が、大雨の暗闇の中で、まっすぐに交わる。

その瞬間だった。二人の胸の中で、これまで縛られていた「世界のルール(記号)」が完全に瓦解し、本当の感情が同時に弾けた。


(ああ、違う――)


とも は気づいた。自分は、最高グレードの女性に消費される「立派な食材(記号)」になりたかったんじゃない。あの喧嘩の日、自分を押し倒した おと の震える指先、泣き出しそうな瞳――その弱さも含めて、僕は「 おと 個人」にすべてを捧げたかったのだと。


(ああ、違う――)


おと は気づいた。自分は、彼を「最高の食材」にするためにキープしていたんじゃない。世界中の誰よりも彼が愛おしくて、今日という最後の瞬間まで、彼を必死にこの手で守りたかっただけなのだと。


「泣かないで…… おと 。僕、やっと分かったよ……。僕は、社会の役に立ちたかったんじゃない。君の……君だけのものに、なりたかったんだ……」


「 とも ……」


「でも、もう、僕の身体は……他の女たちに汚されちゃった……。これじゃあ、君の、最高のパートナーに……なれないね……」


悔しそうに涙を流す とも 。

その瞬間、 おと の胸の奥で、すべての葛藤が消え去り、一つの狂おしくも絶対的な「本意」が確立された。


「ううん、そんなことないわ、 とも 」


おと は とも の冷えかけた頬を包み込み、生まれて初めて、仮面をすべて脱ぎ捨てた本物の、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「他の女たちの汚れなんて、私が全部、綺麗に塗り替えてあげる。……あなたを、誰にも渡さない。今から、本当の私たちの儀式をはじめましょう」


迫り来る死と、世界の崩壊を前にして、二人は初めて「一対の女と男」として交わり合っていた。


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13. おと 視点:愛の咀嚼と、最初の食事

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廃ビルの床に散らばる雨音。私は血にまみれた とも の身体を抱きしめていた。

彼の胸の傷は深く、私の応急処置も虚しく、その鼓動はすでに消え入りそうなほど微弱になっている。


「 おと ……君の、温もり……最後が君で、よかった……」


とも が血の滲む唇をわずかに動かし、私の頬に弱々しい手を添えた。


「泣かないで。僕は、君の血肉になるために生まれてきたんだ。……最後にお願いがある。僕を、食べてくれないかな」


「……っ、そんなこと、できるわけないでしょう」


私の声は震え、視界が涙で歪む。

これまでずっと、私は彼を「最高の食材」として管理することだけを考えていた。初経のために、社会のルールをクリアするために、彼を解体するシミュレーションを何度も繰り返してきた。

けれど、今、目の前で命を灯火のように揺らす彼を前にして、私の心臓を占めているのは「食材」としての彼ではない。私のすべてを捧げたいと願う、一人の男としての彼の魂だ。


「お願いだ、 おと 。僕が君以外の女に食い荒らされたまま死ぬのは、嫌なんだ。……君に、僕のすべてを刻み込んでほしい。君の中で生きたいんだ」


彼はそう言って、祈るように私の指に口づけをした。

その眼差しには、もう記号としての盲信も、家畜としての諦めもなかった。ただ、私だけを真っ直ぐに見つめる、一人の男の恋心があった。


私は彼の首筋に顔を埋めた。

彼の体温が、私の首筋に熱を伝える。

そうだ。彼が望んでいるのは、ただ食べられることではない。私という存在の一部となり、この狂った世界で、私と「一つ」になって生き続けることなのだ。


私は涙を拭い、彼を抱きしめた。そして、濡れた瞳で彼を見つめ返す。


「……わかったわ。私のすべてで、あなたを受け入れる」


私は彼の制服を脱がせ、自らの衣服も投げ捨てた。

冷たいコンクリートの上、私たちは肌を密着させる。

交尾と捕食。それは社会が定めた無機質な儀式ではなく、私たちが選び取った、世界で一番残酷で、最も甘美な「愛の誓い」だった。


「愛してる、 とも 」


私は彼と唇を重ね、抱き合いながら、彼という存在を私の中に深く刻み込んでいった。

愛液と血が混ざり合い、彼の命が私に流れ込む。交わるたびに、彼が守り続けてきた温かい記憶が、私の全身を駆け巡る。


時が止まればいいと願った。

けれど、無情にも時計の針は進む。私の腕時計、その秒針が、18歳の誕生日まであとわずかであることを告げていた。


11時59分。

彼の鼓動が、私の胸の中で微かに共鳴し、次第に静かになっていく。

私は彼を愛し、彼を咀嚼し、彼を飲み込んだ。

それは暴力ではなく、祈りだった。彼の痛みを私の痛みとして、彼の生きた証を私の血肉として。


11時59分40秒。

彼はもう、動かない。私の腕の中で、彼は安らかな微笑みを浮かべていた。

私の身体は、彼のすべてを受け入れ、魂の奥底まで彼で満たされていた。


11時59分50秒。

51秒。

52秒。


最後の一片を、私は愛おしむように喉の奥へ送り込んだ。


私は廃ビルの窓の外、夜明けの光を見つめた。

18歳の誕生日。タイムリミット8秒前。

私は、大人になった。

社会が望んだ「捕食者」としてではない。

愛する男の命をその身に宿した、ただ一人の、自由な女として。


私の胎内で、彼が生きている。

時計の針が、12時を指す。


「おはよう、 とも 」


私はお腹に手を当て、優しく囁く。

その声は、世界で一番幸せな響きを帯びていた。

もう、誰も私たちを縛れない。この狂った社会のルールから、永遠に逸脱して生きていくのだ。


私は立ち上がり、夜明けの光の中へ一歩、足を踏み出した。

私の内側で、彼の鼓動が確かに聞こえている。

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