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サンドバッグの夢を見た

作者: 游太

 アキラに初めて会った時のことは、今でも忘れられない。

 忘れたくても忘れることが出来ない。忘れるわけにはいかない。忘れてたまるか。



 伯母に手を引かれてやってきたアキラは、それはもう見目麗しいお子様だった。きらきらでにこにこだった。

 伯母から離れたアキラは俺の隣にちょこんと座った。えへ、と愛らしく笑ったりもした。

 あきらくんと仲良くするのよ。

 みーくん、あきらをよろしくね。

 はぁい。

 俺たちは良い子の返事をして、子供部屋を出て行く母親'sの背中を二人で見送った。

 そこまでは良かった。そこまでで良かった。


 ぱたん。

 世界が遮断された音。


 その瞬間、扉の裏に貼ってあったキャラクターもののカレンダーが、ものすごい勢いで左に傾いだのを覚えている。


 ドロップキックをかまされたのだった。



+-+-+-


 

 アキラはとんでもなく強かった。

 あの細腕のどこにそんな力が隠されているのか今でも謎だ。しかも見た目は王子様だ。きらきらでにこにこだ。「ぼく虫も殺せません」みたいなオーラを身に纏いながら平気で拳を落としてくる。こちらが無抵抗でもお構いなしだ。

 きらきらにこにこぼかすかぼかすか。もうなにがなんだかわからない。

 半べそかいて歯をくいしばって耐えるばかりだった俺がようやく反撃を思い至った時には、アキラは手どころか足も頭も出していた。アキラは可愛い顔して石頭だった。


 アキラはなかなか賢かった。

 訂正、かなりずる賢かった。アキラは俺と自分以外の誰かがいる場所では絶対に手を出さなかった。

 あれは一種の超能力だと思う。まるでスイッチでも入ったみたいに、一瞬にして消える表情。怖いくらいにぴたりと動きを止める腕。掴み上げていた俺の胸倉をぱっと放して、乱れた服をちょいちょいと直して、その場にすとんと座り込む。

 その豹変ぶりにこちらが目を丸くしていると、こんこんと扉が叩かれおやつとジュースを持った母親が顔を出すのだった。

 伯父夫婦も俺の両親も、アキラの奇行にはまったく気づいていなかった。アキラは実に周到だった。俺の身体に痣をつくらない程度には加減していたらしい。

 証拠は一切残さない。それがアキラのやり方だった。



 アキラが嫌いだった。

 強いし。めちゃくちゃ強いし。ぜんぜん敵わないし。そしてなにより楽しそうだし。それが一番気に食わなかった。

 ぼかすか殴りながらアキラはずっと笑っていた。あはははは、声を上げて笑っていた。なにがそんなにおもしろいんだ、いってみろばかー。俺がムキになるとますます笑った。だってたのしーんだもん、ばかっていったほうがばかなんだよばかー。ぼかすかぼかすか。



+-+-+-


 

「あ、そうだ。ねーねーミコトー」


 僕の座布団になっていたミコトは答えなかった。手足をじたばたさせて悔しそうにうーうー唸ってる。

 座布団が動いちゃジュースが飲めないじゃないか。


「ねーきいてってばー」


 ミコトはまだじたばた動いてる。最近わかったことだけど、ミコトは意外と諦めが悪い。ミコトのぶんのおやつは手が届きそうで届かない最高のポイントに置いてあるから、いくら手足をばたつかせたって無駄だ。これも最近わかったんだけど、ミコトは意外と頭も悪い。


「きのーね、ミコトの夢みたんだよー」


 勝手に話を進めることにした。反応は無いけどちゃんと聞こえてるはずだ。聴いてるはずだ。

 諦めも頭も悪いけど、ミコトは優しい子だから。


「ミコトがねー、僕んちの玄関のトコに立っててねー」

「……アキラんちどこか知らないよ」

「夢だって言ってるじゃん。夢だからなんでもありなんだよ」

 べちん。

「えっと、どこまで話したっけ。ミコトがバカ言うからわかんなくなっちゃった」

「…………おれのせいじゃ」

 ばちん。

「あーそうだ。ミコトが玄関の前に包丁持って立っててー」



 あれ、変な空気になった。なんでだろ。

 ミコトはぐるりと首を巡らせて僕を見る。おかしな眼をしていた。

 驚いてる? 怒ってる? よくわかんないよミコト。変なの。


 僕は笑ってるよ。見てわかるよね?


「でねー、ぼくのこと、ぶすーって!」


 ミコトはきょとん、とした顔のまま黙っているだけで、僕が思うような面白い反応を返してはくれなかった。

 つまんないなぁ。


 おばさんは手作りのクッキーを持たせてくれた。またきてね、って笑って言った。はぁい、と僕も笑って返す。

 おばさんがほんとうは僕のことをどう思ってるか、なんてそんなむずかしいことはわからない。ひょっとしたら僕が帰ったあとでいつも「もうあの子はおうちに呼んじゃいけません」なんてミコトに言ってるのかもしれない。ミコトはなんて返してるんだろう、「うんもうぜったい呼ばないでもあいついつも勝手にくるんだ」、たぶんこんな感じだと思う。

 カタチだけのあいさつ。そんななかでもミコトはいつだって正直だ。おばさんのカゲに隠れて僕のことをじぃーっと睨んでる。よくわかんないけど、「オヤのカタキでも見るような眼」ってこういうのをいうんじゃないかな。

 

 でも、今日のはちょっと違う気がする。なんだかしょんぼりしてる気がする。らしくない。

 そんなんじゃ「僕を玄関で待ち構えるミコト」にはいつまでたってもなれないじゃないか。つまらない。



 今日もうちには誰もいなかった。

 僕を待ってたのは茶色いお札が何枚かと「きょうもおそくなります」の紙が一枚だけ。

 ミコトはいない。包丁もない。

 だれもいない。


 いつになったらきてくれるんだろう。

 いつかはきっときてくれるんだろう。

 ぼくのことしかかんがえていないだれか。

 ぼくのことをかんがえてくれてるだれか。 


 ぼくのことを、



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