第8話 すべての贈り物には、裏に値札がついている④
「白瀬……ごほん、笹原くん?そろそろ説明したらどうだ?いつまでそこでニヤニヤしてるつもりだ?」
「はいはい、そんな雨に濡れた子犬みたいな目で見ないで」
俺の口調にプレッシャーを感じたのか、パンと文庫本を閉じた「白瀬(笹原)」は、ようやくこの茶番を終わらせる決心をしたように立ち上がった――
「彼女は、ただのクラスメイトよ」
「クラスメイト?本当に?めっちゃ怪しいわぁ~優介兄に確認してみないと」
「遥愛!げふん、遥愛ちゃん、聞かない方がいいと思うよ……」
「なんでちさっちが反対するの?やっぱり嘘なの……」
「それは……」
俺が口ごもるのを見て、向かいの「白瀬(笹原)」は呆れたようにため息をついた――
「……優介の恋人だからだ」
「はは、なんだ、優介兄の恋人か。早く言ってくれれば分かったのに……。え?でも、だとしたら、どうしてうちのお兄ちゃんが、人の彼女さんを家に連れ込んでるの?」
まるでゾッとする話を聞いたかのように、遥愛の顔に張り付いていた笑顔が徐々に消えていった……。
(おい、お前……なんでそんな余計なことまで教えるんだよ!?)
(仕方ないだろ?優介から聞かされるよりはマシよ)
(そりゃそうかもしんないけど……)
俺と「白瀬(笹原)」が、気づかれない角度から、頻繁に目線を交わしているその時、「バサッ」という音と共に……遥愛の指の隙間から、雑誌が床に滑り落ちた。
「まさか……これって……NTRってやつか!?」
「……は?」
失望からか、それとも興奮からか、頭のウサ耳まで一緒に激しく震わせた遥愛は、目を見開いて予想外な言葉を口にした。
「本命の愛を奪われ、邪道に堕ちたお兄ちゃんが、愛のために親友の女に手を出す……NTR!めっちゃ燃えるじゃん!」
どこに燃える要素があるんだよ!?
というか、年頃の娘がどこで、こんなデタラメどこで覚えてきたんだ!?
「そういえば……前にお兄ちゃんの引き出しの奥に隠してあった本で、似たような展開を見た気がするんだ……。まさか、これは前もって仕組まれてたってことだね!」
情報源はまさかの俺かよ!?
「ち、違うよ、遥愛ちゃん。そんなこと、軽々しく言っちゃダメだよ」
「あ、ちさっちは心配しないで。どうせ全部お兄ちゃんが悪いんだから、今夜、パパとママに正義の鉄槌を下してもらうから!」
おい!?笑いながらそんな恐ろしいこと言うなよ。あんた、本気で兄を葬るつもりか!?
「待って」
正義モード全開の遥愛がスマホを操作しようとしたその瞬間、「白瀬(笹原)」が彼女の手を掴んだ。
「何?お兄ちゃん、まだ何か言い訳でもあるの?先に言っとくけど、私はそんな簡単に説得されるタイプじゃないからね……」
「好きにすればいい。でも、言いたいのはそんなことじゃない」
「え?どういうこと……」
遥愛の予想に反して、「白瀬(笹原)」は強引に彼女を止める気はないようだ。むしろ、逆に床に落ちた雑誌を拾い上げ、ゆっくりと口角を上げた。
あ、この、子羊を見つけた悪魔のような表情。絶対に何か良くないことを企んでる……。
「……この雑誌に載っている、千紗と同じリップ、好きかい?」
「す、好きに決まってるじゃん!夢にまで見るくらい欲しい!」
「……限定のアイクリームは?」
「とうぜん見逃せないわ!『かわいさ』を目標にするピカピカの女学生として!」
「学業」を目標にしてくれよ!
「でも、遥愛がもらえるお小遣いじゃ、どっちも買うのは、さすがに難しいんじゃない?」
「うぅ……そうなのよ。だから、お兄ちゃんにも何回も言ったじゃない。パパにお小遣い増やしてって言っといてって!」
遥愛の興味が完全に引きつけられたのを見て、潮時だと判断したのか、「白瀬(笹原)」はついに「魚が食いついた」と言わんばかりの狡猾な笑みを浮かべた。
何か、嫌な予感しかしない。
「あ、それは可哀想に……でも今日は特別だ、機嫌のいい優しいお兄ちゃんが、大事に取っておいたお年玉で、可愛い妹のささやかな願いを叶えてあげる」
「本当!?冗談じゃなくて!?」
「ええ、もちろん。千紗も聞いているんだから、そうだろう?」
「……はぁ!?」
何言ってんだ、こいつ……。まさか俺をダシにして、苦労して貯めたお年玉を犠牲にするつもりか!?
この様子だと……絶対に、さっきファミレスで俺が勝手にあいつの金で支払ったから、今度は遥愛の件を利用して、俺に仕返ししてるんだ……。
(ダメだダメだ!絶対にダメだ!)
(あんたが持ってても、変態コレクションを増やすのに使うだけでしょ、変態……)
(濡れ衣だ!あれは全部優介に借りたやつで……。それに、お前のやり方って、ただの賄賂じゃないか!?)
(人聞きの悪いこと言わないで。これは『大人の交渉』よ……。あんたも、これ以上家族との誤解を深めたくないでしょ?)
(う……うう……くそっ、認めたくはないが、今はもう窮地を脱することを優先するしかないのか……)
視線の攻防戦であっさりと勝利を収めた「白瀬(笹原)」は、俺の涙目にも気づかないフリをして、意味深な声色で、わざとらしく指を口元に当てた――
「その代わり……可愛い遥愛は、お兄ちゃんをあんまり困らせたりしないわよね?」
「ご安心を!私の口は堅いから!たとえお兄ちゃんが、人の彼女を寝取る金髪ヤンキーだったとしても、何もなかったことにするから!」
誰が金髪ヤンキーだよ!?
というか、俺、一度も髪なんて染めたことないだろ?生まれてからずっと、ごく普通の黒髪だ!
大雑把と言うべきか、チョロいと言うべきか……。利益に目がくらんだ遥愛は、さっきまでの自分の立場などすっかり忘れ、心得たとばかりに力強く頷いた。
うちの妹、本当に心配になるほど単純のやつだ……。
(でも……ううっ、さらば、羽が生えたみたいに飛んでいく俺のお年玉たち……)
これまで幾度となく、ぐっすり眠っていた深夜に……最高の夢を見せてくれてありがとう……まだ見ぬ許嫁、エルティナちゃん、ラファリスちゃん……それから数々の限定キャラたちよ、さようなら!
しかし、見えないところで溜め息をつく者がいれば、すぐそばで大喜びする者もいる。
「ふふっ、聞き分けのいい遥愛、お兄ちゃんは好きよ」
「私も!気前のいいお兄様が大好き!」
なんとまあ「ハッピーエンド」な心温まる光景だろうか。バニーガールの格好で、目をキラキラさせる遥愛は、「白瀬(笹原)」に優しく頭を撫でられ、本当に人参を見つけたウサギのように、素直で興奮した様子で腰の毛玉の尻尾を振り動かしている……。
この二人、本当の「初対面」のはずなのに、あのわがままな遥愛をいとも簡単に手懐け、自分に服従させてしまう白瀬……。なんて恐ろしいやつだ!
「それじゃ~、遥愛は着替えたら帰るね。ママに晩御飯の材料も頼まれてるし……。あとは、若いお二人に任せますね。むふふ~、お兄ちゃんとちさっち、ごゆっくり~」
いかにも空気を読んだような、それでいて非常にムカつく邪悪な笑みを浮かべ、遥愛は軽快な足取りで、くるりと背を向けて奥の部屋へと消えていった。残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と、無表情な「白瀬(笹原)」だけが、黙々と見つめ合った――。
「……一体、何しに来たんだよ、あの小悪魔」
「本当に、元気な妹ね。どこかの根暗な誰かさんとは違って……」
「おい……」
――「あ、そうそう、言い忘れてた――」
「うおっ……!?」
開いたドアの隙間から、ひょっこりと顔を出した遥愛に、ホッとしたばかりの俺は、慌てて背筋を伸ばした。
「頑張ってね、お兄ちゃん。これ、笹原家の平凡な遺伝子を改良する良いチャンスかも!」
俺にどう改良しろって言うんだよ!?
遥愛が意味深に親指を立てるのを見て、お年玉と家庭での尊厳を失った俺は、心の中で、こう叫ぶことしかできなかった――




