第6話 すべての贈り物には、裏に値札がついている②
あ、やばい……。俺の強引なフォローで逆上した、「白瀬(笹原)」は、さっきまで自分の身分をすっかり頭から吹っ飛ばしてたらしい。
「ご、ごちそうさま!お釣りはいいです!」
「ちょ、ちょっと待て、まだ話終わってない……!それに、私の金で、何カッコつけてお釣りはいらないとか言ってるのよ!」
「いいから!さっさと来い!」
俺は七池さんのトレイに金を押し付けると、嫌そうな顔をする「白瀬(笹原)」の腕を強引に引っ張り、油を塗ったような速さで、あの魔窟みたいなファミレスから逃げ出した。
背後から聞こえてくる「あいつ、堂々と白瀬さんに奢らせやがった!?」みたいな文句は、全部聞こえなかったことにしよう。
「はぁ……はぁ……週末のファミレスって、あんなに恐ろしい場所だったのか……」
スクーターの脇をゆっくりと歩きながら、さっきの出来事を思い出し、俺は思わずため息を漏らした。
やはり、今のこの白瀬の容姿では、これからどこへ行っても、周りの注目を浴びてしまうだろう……。そうなると、俺たちが腰を落ち着けて話せる場所は、おそらく、もう「あそこ」しかない……。
「手、いつまで握ってるつもり?私は逃げたりしないよ」
「え、あ、ごめん……」
さっきの俺への罪悪感からか、それとも俺から簡単には逃げられないと悟ったのか、とにかく、一時的に冷静になったらしい「白瀬(笹原)」は、不機嫌そうに黙って俺の隣をついてくるだけだった。その素直な反応は、少し意外だった……。
「あのさ……さっきは急だったから、今度は俺が奢るよ」
「……言いたいことは、それだけ?」
「白瀬(笹原)」は歩みを緩め、紙ナプキンで口元に残ったケチャップを丁寧に拭った。その言葉には、逃げ場のない緊張感が漂っていた……。
「さっき、私が優介の本性を暴こうとしたのに、なんで邪魔したわけ?」
「……暴いたあとで?その先はどうするつもりだ」
「どうするって?はぁ、あいつを二度と立ち直れないようにしてやれれば、それで十分よ」
歯噛みしながら答える「白瀬(笹原)」は、視線に強烈な憎しみを宿している。たぶんそれが「彼女(彼)」の胸の内でいちばん本音に近い感情なんだろう。けど残念ながら、それは俺にとっても同じくらい致命的な毒だ――
「そんなことをしたら、問題は自然と『どうして俺――笹原准がそんな内情を知っているんだ?』ってところに行き着くだろう!?それに、優介を勝手に尾行してたことがバレたら、一方的に暴くどころの話じゃ済まないぞ。お前、俺の名誉まで巻き込んで優介と一緒に自爆する気か!?」
その後、優介がどんな結末を迎えるかは知らないが、間違いなくその場で社会的に死ぬのは、俺の方だ!
「ホント、いちいち細かいこと気にするやつだね。だから前にも言ったでしょ、私の体だって好きに使えばいいって!」
「待て!?往来のど真ん中で、いきなり『体は好きにしていい』とか言うな!?」
通りすがりの人たちが面白半分に何度も振り返ってくる視線を浴びて、俺は恥ずかしさのあまり今すぐ電柱に頭をぶつけに行きたくなった。
「事実でしょ?あんたにとっては、色々使い道があるんじゃない?」
「い、色々って!?」
「それ、いちいち説明しなきゃダメ?あんた、思春期の男の子じゃなかったの?」
「……ごくり」
「今、ちょっと生唾飲んだでしょ?想像したんじゃない?」
ち、ちちちち違う!俺をそんなみっともない変態みたいに言うな。
「それに、私を家に連れて帰るのも、その為なんじゃないの? 『取扱説明書』みたいな?」
一体どんなとんでもない使い方なんだよ………お前、アンドロイドか何かか?
「……え、待てよ、なんで分かるんだよ、これから俺の家に行くって」
「そんなこと、別におかしくないでしょ……」
分かりきったことを聞くな、と言わんばかりの表情でため息をついた「白瀬(笹原)」の次の言葉は、俺を後悔のどん底に突き落とした――
「だって、優介っていう唯一の親友以外は、名前すら間違えられるほど影の薄いあんただもんね……まあ、大体察しはつくけど、どうせ学校と家、それにたまに行くファミレスの往復だけでしょ?」
「……うっ!?」
「白瀬(笹原)」の無慈悲な言葉は、まるで使ったナイフのように鋭く、再び俺の心を抉った。
悔しくて反論したかったが、それが紛れもない事実であるため、言葉に詰まってしまった……。
優介の浮気の時もそうだったけど、こいつの勘、鋭すぎないか……?
「ふん、図星みたいね……。たぶん、こうやって異性のクラスメイトを家に連れて帰るのも、初めてなんでしょ?」
「う、そ、そうだけど……いや、今のお前は男だろ!?それに、さっき気づいたんだけど、『笹原』のあんたがいないと、俺ひとりじゃそもそも戻れないっぽい……だから、どうしても一緒に来てもらわないと困るんだ」
「へえ、そう。そうやってひねくれた言い訳してるうちに、いつの間にか周りとも疎遠になって、気がついた時には学生の青春なんてもう終わってて、社会に出てからようやく、結局は学校と家の往復が、会社と家の往復に変わっただけだって思い知るんだよね」
「……」
やめろ! これ以上、俺の暗い未来を描写するのはやめてくれ!
あんな、同情を誘うくせに妙に現実味のある独身社畜の姿なんて、想像しただけで恐ろしい!
そんな未来を避けるためにも……明日から友だち100人作るって目標でも立てるか?
まずは目の前のいちばん厄介なやつから……って、相手が「自分」って時点でなんか色々おかしいけど……。
「はいはい、どうせ俺みたいな地味な脇役は、人気者の白瀬さんとは比べ物になりませんよ……お前と優介は、俺が行ったこともないような場所にだって、結構遊びに行ってるんだろ?ましてや、相手の家に行くみたいな、一番普通のデートなんて言うまでもなく——」
「……」
「な、なんだよ?」
なぜか、さっきまでずっと上から目線だった「白瀬(笹原)」が、急に黙り込んでしまった。
「……行ったことない」
「……え?今なんて?」
「優介の家、まだ行ったことないって言ったの!わざと嫌味言ってるの!?」
「はは……冗談だろ。俺ですら何回行ったか分からないくらい——」
「……」
あ、この生気のない憎悪の眼差し、本気だ。
「きっと、タイミングが合わなかっただけだよ!優介が練習してない時を狙えば――」
「でも私、彼が見知らぬ女と玄関から一緒に出てきて、抱き合って別れるところ、この目で見たの……」
「……」
地雷だ!これは間違いなく、俺が地雷を踏み抜いたパターンだ!?
「白瀬(笹原)」の瞳から徐々に焦点が消え、氷点下にまで落ち込みそうな冷たい声色に、刺された時の恐ろしい記憶が蘇りそうになった俺は、慌てて視線を逸らせるような話題を探した。
「お、おお!ちょうど、もうすぐ着くぞ」
「……優介の家?」
お前、あいつの家にどれだけ執着してるんだよ……。
「違う……俺の家だ」
いくつかの角を曲がった後、俺はようやく、気の抜けたような「白瀬(笹原)」を連れて、見慣れた建物の前に立っていた。
「へえ、ここがあんたの家か……確かに、表札に笹原って書いてあるわね。それに、思ったよりまともな外見じゃない」
「……俺が普段、どんなところに住んでると思ってたんだよ?」
「ラブホテル?」
「さすがにその発想は酷すぎだろ!?」
一体俺はあいつの目にはどんなイメージで映ってるんだ?
「ほら、いつまで玄関で突っ立ってるつもり?さっさと入りなさいよ」
「お、おう……って、待て!?なんでお前、自分の家に帰ってきたみたいに自然なんだ?ドキドキしてるのは俺だけか!?」
「何言ってるの。むしろ、今ここが私の家でしょ?ただいまー」
「おい……!?」
俺が止めようとするのも聞かず、「白瀬(笹原)」は勝手にポケットの鍵でドアを開け、ためらうことなく玄関へと入っていった。
すぐに、俺たちの足音を聞きつけた人影が、リビングからひょっこりと顔を出した――




