第5話 すべての贈り物には、裏に値札がついている①
「あのさあ……」
「……」
「し、白瀬さん?」
「……」
「無視すんなよ!」
「ああ、私のこと呼んでたの?でも、今の私は笹原でしょ」
「わざと誤解を招くような言い方するなよ。俺たちが今どんな状況に置かれてるか、分かってるくせに……」
「どんな状況、ねえ……ふっ」
冷笑を浮かべた「白瀬(笹原)」は、ゆっくりと足を組んだ。テーブルの上でしゅわしゅわと泡立つメロンソーダに映っているのは、鼻で笑うような顔……。氷が溶けて「カタン」と鳴る音は、まるで不機嫌な心の声のようで、向かいに座る俺は針の筵に座っているよう。
「無理やり私をここに連れてきたのは、あんた自身じゃない。どうしたの、今更後悔し始めたの?」
「うっ……」
俺は、今、知らず知らずのうちに大きな過ちを犯してしまった……。
だって、週末の、家からさほど遠くないこのファミレスに――
「……なんでこんなに、同じ学校のやつらがいるんだよ!?」
案の定、学校でも屈指の美貌を誇るトップクラスの美少女――白瀬が現れた途端、周囲の視線は一斉に俺へと注がれた。
ついでに一緒に席についた彼も、必然的に人々の噂の対象となってしまった。
――「おいおい、見ろよ!あのとんでもない銀髪の美少女、白瀬さんじゃね!?」
――「うわっ!?マジだ。雑誌以外で私服姿見るの初めてだけど、可愛すぎない?心臓溶けそう」
――「今夜の『おかず』が決まったぜ!ごちそうさまでした!」
――「最低。幼馴染にチクるわよ。あ、そういえば、向かいに座ってる男、誰だ?」
――「え!?まさか彼氏!?デデデ、デート中!?俺は認めん!」
――「おまえ何様のつもりだ、でも……確か最近、水泳部のエースと付き合ってるって噂なかったか?どうなってんだ?」
――「あの泥棒猫、ボクの准くんを奪うなんて!絶対に許さない、黒魔術で呪ってやる!ガルルルル」
待て、最後になんか変なのが混じってなかったか?
「うう……」
入店後、できるだけ人目につかない席を選んだつもりだったが、それでも好奇の視線と噂話が雪のように降り注いでくる……。これが所謂「有名税」というやつか。その点を考慮せず、こんな人混みで一息つこうとしたのは、完全な失策だった。
「てっきり……こうやって人目を集めるのが好きだから、わざわざ私をここに連れてきたのかと思ってたよ」
ストローを指でくるくる弄びながら、「白瀬(笹原)」はまるで俺の困った顔を楽しむように、口の端を皮肉っぽく吊り上げた。
「嫌味言ってる場合か!?『白瀬』と『俺』が休日に二人きりで出かけてるって話、明日には絶対学校中のトップニュースになるぞ!」
「だから何?他人がどう思おうと、私には関係ないし……。それにさっきも言ったでしょ?今の私は笹原だから、困る理由なんてないよ」
俺が困るんだよ!こういう時だけ、俺の身分を便利な盾にしやがって!
「このひねくれ者が……あ、どうも~」
近づいてくるポテトを持った店員に気づいて、俺は慌てて表情を整え、できるだけ穏やかな笑みを作った。
「ぷっ……」
ところが、その「好印象ムーブ」が逆にツボったらしく、向かいの「白瀬(笹原)」はグラスを抱えたまま俯いて、必死に笑いをこらえている。
いや、俺、今お前のイメージ守るために頑張ってるんだけど!?
「こ、こんなところで会うなんて、珍しいね、白瀬さん」
「……え?」
注文したポテトを置いた後も、なかなかその場を離れようとしない、トレイを抱えた健気なウェイトレスさんが、まるで迷子の小動物のように、緊張した面持ちで俺に話しかけてきた。
「確か、隣のクラスの……夏池さん?」
「……『七池』でしょ?人の名前も、覚えてないんですか?」
うっ。
ようやく記憶の底から、正解かもしれない答えを探り当てたのに、返ってきたのは隣の「白瀬(笹原)」からの冷たいツッコミだった。
「ごめん、七池さん……」
「あ、いえいえ!私、普段から地味ですし、白瀬さんは学業とお仕事で忙しいから、間違えちゃうのも無理ないですよ……むしろ鏡原くんの方が、よく私のことを覚えててくれましたね!」
あの、俺、笹原なんですけど……。
というか……彼女も、必死に考えた挙句、俺の名前を間違えてるじゃないか!?お互い様だろ!?
「……」
しかし、俺の恨みがましい視線にも、「白瀬(笹原)」は気づかないフリをして顔をそむけ、七池さんの方へと視線を移した――
「キミを覚えてて、何かおかしい?自分を卑下するような謙遜は必要ない。見れば、キミは自称するよりずっと可愛い」
「か、可愛い!?」
「ぶっ――ごほっごほっ」
七池さんの顔はみるみるうちに赤くなり、今度は俺が吹き出しそうになった。
――「おいおい、聞いたか?あいつ、白瀬さんの前で他の子を可愛いって言ったぞ。どんだけ肝が据わってんだ」
――「やるじゃねえか、鏡原。今まで知らなかったけど、今日はお前を見直したぜ」
――「修羅場どころか、二人の女の間で余裕綽々……鏡原、恐ろしいやつ」
――「この時の鏡原はまだ知らない。これが、彼の伝説の始まりに過ぎないことを……」
おい!?勝手に変な物語を始めるな!
案の定、「白瀬(笹原)」はまったく自覚のないまま、俺の見た目であんなセリフを口走ったせいで、その場の野次馬たちのテンションが一気に爆発した。同時に俺の名前を「鏡原」で完全に定着させてしまったようだ。
白瀬からすれば、あくまで「同性」としての客観的な評価にすぎないのかもしれない。でもな!さっきまで自分は「笹原」なんて言ってたんだから、頼むからこれ以上俺への誤解を深めるようなこと言わないでくれよ!?
「その……あ、ありがとうね、鏡原くん……」
俺の内心の葛藤を知らない七池さんは、どんどん小さな声で俯き、抱えていたトレイをどうしていいかわからないように、そわそわと回していた。
あれ?ちょ、ちょっと待て、この分かりやすい照れた反応は何だ?まさかこの子、実は心のどこかで俺のことを――
「でも、鏡原くんのことなんてどうでもいいの!」
どうでもいいのかよ!?
さっきまで芽生えかけてた淡い期待が、一瞬で凍りついた。自分の勘違いに顔が熱くなる俺をよそに、七池さんはまるで何かを決意したように、勢いよく顔を上げて俺を見つめてきた――
「白瀬さん……優介くんと付き合ってるって噂、本当なの!?もし本当なら、なんで鏡原くんなんかと一緒にいるの?優介くんが……かわいそうだよ!」
鏡原くんなんか、っておいおい、俺の扱い、急降下しすぎじゃない?路傍の石と大差ない扱いだ。
え、待てよ、ってことは、彼女、まさか優介の――ひぃ!?
何かおかしいと気づいた俺は、慌てて向かいを見たが、逆にその陰鬱な表情にギョッとした。
「ふん、なるほどね。キミも『そのひとり』だったのか……思い出したよ」
そう言うと、徐々に瞳の光が失われていく「白瀬(笹原)」は、ゆっくりと眉を吊り上げた。全身から、人を寄せ付けない緊張した雰囲気が漂い、笑っているのかいないのか分からない口元は、まるで感情を失った人形のように不気味で冷たい……。あれが本当に「俺」の顔でできる表情なのか!?
「笹原くんは黙ってて!今は白瀬と話してるの!いったいどういうことなの!?」
「え?あの……そう急に聞かれても……」
今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?頼むから早く気づいてくれ!危機感の足りない七池さん!
「黙るのは、キミの方よ!」
「きゃっ!?」
「ドンッ」と、手でテーブルを強く叩き、突然立ち上がった「白瀬(笹原)」に、無防備だった七池さんは全身をびくりと震わせた。同時に、この行動は、それまで賑やかだった店内を、一瞬にして静寂に包み込んだ……。俺を含め、ほぼ全員の視線が「白瀬(笹原)」に集中し、誰も息をすることさえ憚られる。
まずい、まずいぞ……。その恐れを知らない姿を見て、強烈な不吉な予感が、俺の頭の中で警鐘を鳴らし続けている。このままじゃ……ダメだ、止めなければ!でも、どうやって……。
俺が必死に頭をひねっているあいだに、「白瀬(笹原)」は落ち着き払って周囲をゆっくり見回した。怯む気配など微塵もなく、やがて何かを決めたように、見逃してしまいそうな微笑をふっと浮かべる。同時に、その瞳に宿ったのは、胸の内に渦巻く復讐心をほとんど隠そうともしない光で……。
「そんなに優介のことが気になるのなら、ここでみんなにはっきり聞かせてあげればいいじゃない。優介は――」
くそっ、もう考える時間はない!
「わ、わわっ!ここのポテト、こんなに美味しいんだな。笹原くんも早く食~べ~て~み~な!」
「んむっ!?何す――む!?むむむむ!?」
慌てて立ち上がった俺は、躊躇いもなく、皿の中のポテトを一気に「白瀬(笹原)」の開いた口へと押し込んだ……。これで続きの言葉は塞げたが、同時に周囲からは驚きとざわめきが巻き起こった――
――「裁判長!鏡原のやつ、白瀬さんに手ずから食わせてもらってやがりますぜ!?」
――「死刑!死刑だ!わしが自ら執行する!」
――「なんで俺じゃないんだ!俺も白瀬さんにあーんってされたい!『あ~ん♡』って親密に!『あ~ん♡』って!」
――「今夜、母ちゃんにあーんしてもらわないと飯が食えなくなったのは、全部お前のせいだ!鏡原!」
――「ガルルルル!あの泥棒猫!准くんにボクのアツアツの『ポテト♡』を最初に食べさせるって決めてたのに!ガルルルル」
うるさい!
俺は「あ~ん♡」なんて楽しんで食わされてねえよ!?
あとお前、何歳になってもマザコン卒業できないのか!?
それと最後のやつ……獣人か!?一体俺に何を食べさせるつもりだ、怖えよ!
「ん……ゴホッゴホッ……笹原!何するつもりなのよ!なんで邪魔するの!」
「笹原……え、え?どうして、彼は白瀬さんのことを笹原って呼んでるの?」
まだ驚きから立ち直れていない七池さんは、不思議そうに「私」と「彼」を交互に見ていた……。




