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第17話 思いもよらぬ暗流②

可愛い……じゃなくて、この様子だと、また先生に面倒な雑用を押しつけられたみたいだな……。


名目上の「クラス委員長」とは言っても、実際はあくまで臨時の代理にすぎない……。


クラスの誰も、あんな面倒くさい上に感謝もされない役なんてやりたがらなかった結果、いちばん人望があって、人の頼みを断れない天川さんが、仕方なく代理を引き受けることになったのだ。


もし俺だったら、そんな厄介ごとを押しつけられたら、必要最低限のことだけやって、適当にやり過ごしてただろう。


けれど、天川さんは、文句一つ言わず、先生から押し付けられた雑用も、クラスメイトからの頼み事も、何でもかんでも引き受けて、他の誰もがやりたがらないようなことを、一人で黙々とこなしている。


まったく、お人好しにも程があるだろ。


ただあの印象的な外見だけが理由ではなく、きっと席から遠目に、毎日頑張っている彼女の姿を見ているうちに……いつの間にか、その姿に惹かれていったんだ。


「あの……半分、私が持つよ」


「……え?」


俺が彼女の腕から教材を半分ほど取ると、天川さんはぽかんとした顔で、錆びついたロボットみたいに、ぎこちなく目を見開いている。


「どうしたの?もう少し持とうか?」


「あ……ううん、ありがとう。でも今日の千紗ちゃん……なんかちょっと変だよ」


そう言うと、彼女は何かを考えるように、俺の頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと眺め始めた……。


ちょ、ちょっと変?まさか、女子の視点から見たら、この制服の着方、いろいろおかしいのか!?


「……私の服、どこか変かな?」


「服?どういうこと?服装なら……うん、いつも通り、みんなが羨ましがるくらいおしゃれな千紗ちゃんだよ」


彼女が目を細めて、優しさに満ちた声でそう言ってくれたのを聞いて、俺はひとまず胸をなでおろした……。


でも、見た目のことじゃないなら……「変」って、いったい何のことだ?


俺の疑問に気づいたのか、天川は続けてふわりと微笑んだ。


「私が言いたかったのは印象の話かな。なんだか今日の千紗、いつもと雰囲気が少し違う気がして……顔つきも、少し柔らかくなったような……」


「き、気のせいじゃない?」


「……そうなのかな?」


やっぱり、たとえ体は本人でも、白瀬本来の性格や雰囲気を真似するのは、かなり難しいみたいだ。


天川さんが小首をかしげながら俺を見つめてくるその仕草に、胸の奥が少しざわついた、この話題を続けるのは、まずいかもしれない……。


「クラス委員長」というより、もはや「みんなの保護者」のように、いつもクラス全員のことを平等に見ている天川さんは、俺が思っていたよりもずっと鋭い。


「私のことはいいけど……琴音は、もっと自分に正直でいいと思うよ。無理しすぎないで」


「……」


それは、ただ話題を逸らすために、彼女に言いたい無数の言葉の中から、何気なく口にした、ごくありふれた一言だったかもしれない。


だが、そんな単純な言葉が、静かな湖面に投げ込まれた小石のように……天川さんの落ち着いた表情に、微妙な波紋を広げた。彼女はゆっくりと目を伏せ、珍しく黙り込んでしまった。


「……琴音?」


「……千紗ちゃんから見たら、私、無理してるように見える?」


彼女は再び顔を上げた。相変わらず浮かべているのは微笑みだったが、その笑顔はどこか影が差したように、いつもの心ときめくような色を失っていた。


「え?その……」


「ふふ、なんてね、冗談だよ。そんなに緊張しないで……滅多に他人のことを気にかけない千紗ちゃんが、自分からアドバイスをくれるなんて、すごく珍しいから……嬉しくてつい、からかいたくなっちゃっただけ」


茶目っ気たっぷりにウインクする彼女の表情からは、さっきの不思議な翳りはいつの間にか消えていて、いつも通り、穏やかで優しくて、そして完璧に可愛い笑顔が戻っていた。


「……琴音にも、そんな悪戯っぽいところがあったんだな」


「まだまだ千紗ちゃんが知らない一面が、たくさんあるんだから。さ、私たちも早く教室に入ろ」


くるりと話題を変え、何事もなかったかのように、天川さんは軽やかな足取りで前に立つと、ためらっていた俺の代わりに、教室の扉をそっと開けてくれた――


目の前に広がる賑やかな空気が、さっきまでの些細な違和感を一瞬で吹き飛ばしてくれた……。


だけど俺は、彼女のあの時の表情を、どうしても頭から消すことができなかった。

さきの言葉、本当にただの冗談だったんだろうか?


「おっはよー!」


教室に入るなり、天川さんの声が朝の光のように明るく響き渡る。


その後ろに続く俺は……緊張のせいで、蚊の鳴くような声しか出せなかった。


「……お、おはよう」


――「おー、委員長おはよー……って、白瀬さんも一緒じゃん。これは珍しい組み合わせだね〜」


――「うちのクラスのトップ美女が揃って登校とか、朝から眼福すぎる……今日はいい日になりそうだ」


――「ユリ?まさかのユリ展開!?委員長が白瀬さんに『お姉様』って言うところ、見てみたい〜!」


「もう、みんなったら、何言ってるの」


視線と野次が一斉に集まる中、天川さんは苦笑を浮かべながらも、まったく動じる気配を見せない。むしろ、いつも通りの落ち着いた仕草で、くるりと俺のほうへ振り返った。


「私がどう思うかはともかく、これじゃ困っちゃうでしょ……ね?お・ね・え・さ・ま」


天川さんの茶目のある言葉に、周りからすぐに「きゃ~」という、どこか曖昧な歓声が上がった。


視界の隅では、すでに誰かが荒い息をしながら、鼻にティッシュを詰めているのが見えた……。


あんな無茶な「要求」でさえ、軽々と受け流してしまう。自然に相手へ気づかせ、それから話題の気まずさを巧みに逸らす。


まさに「言葉の芸術」を見せつける天川さんは、さすがクラス一の人気者だ。


だとしたら、「もっと自分に正直」なんて言った俺が、彼女のこの気遣いを……無駄にするわけにはいかないだろ?


そこで俺は、さっきの彼女の様子を真似て、こわばる口角を必死に引き上げ、柔らかな笑みを浮かべてみせた――。


「困るなんてことないよ。こんなに優秀な妹がいてくれるなんて、むしろ私の誇りだよ、琴音」


「……え?」


時間が、まるでその瞬間、停止ボタンでも押されたかのように止まった。


どんな先生の叱責よりも効果があったようだ……。さっきまで歓声と笑い声に満ちていた教室が、ほんの一瞬で、水を打ったように静まり返った。


黒板を消していた日直は手を止め、必死に宿題を写していたギャルはシャーペンを落とした。


顔を赤らめて呆然としている天川さんだけでなく、さっきまで一緒に騒いでいた連中までが、互いに顔を見合わせ、どうしていいか分からないといった様子だ。


まるで一瞬で春のぬくもりから真冬の寒気へと変わったように、教室中が凍りついた。


俺、もしかして……何かやらかした?


「あ、あはは……」


その、抜き打ちテストよりも耐え難い沈黙を、気まずそうな笑い声で破ってくれたのは、やはり俺の目には救世主のように輝いて見える天川さんだった……。でも、その声は明らかに震えていて、無理をしているのが分かった。


「こ、これはきっと、白瀬流の駄洒落!うんうん!きっとそう!ね、千紗ちゃん!?」


白瀬流の駄洒落って、なんだよそれ……。


彼女はそう大袈裟に言いながら、必死に俺に目配せしてくる……。まだ状況は飲み込めていないが、その必死な様子を見て、俺も彼女の意図に合わせて頷くしかなかった。


「……ええ、その通りだよ」


――「はぁ……な、なんだよ、駄洒落かよ。びびったー、心臓に悪いって」


――「だよなー……真面目な白瀬さんが、人の冗談に乗っかるなんて滅多にないからね」


――「俺もてっきり、いつものみたいに、『くだらない』って冷たく言い放って、一人でどっか行っちゃうのかと……」


まるで凍りついた教室を魔法から解き放つように、彼女の機転の利いたフォローで、クラスメイトたちは笑顔を取り戻し、やがて野次馬も解散していった。


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