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第10話 分かり合えないままの平行線②

「他にはない。今の状況で、俺がまだ全国大会に出たいなんて、非現実的だろ?でも、これまでみんなと一緒に頑張ってきたんだ……。その後、優介に疎まれて水泳を諦めることになったとしても、もう悔いはない」


「……本気でそう思ってるの?」


「ああ……」


「そう……」


俺の苦笑いを見て、「白瀬(笹原)」は何かを考えるように目を閉じた。


「……いいわ。その『取引』、受けましょう」


「本当か!?」


「でも……私の我慢も、限界があるから。その時になって、まだごねるようなら……分かってるわよね?」


再び目を開けた「白瀬(笹原)」の瞳に、不吉な凶光が宿り、それを見た俺は、キツツキのように素早く頷いた。


「も、もちろんだ!」


「結構。じゃあ、まずはスマホを出しなさい」


「え?スマホ?」


「いざという時、お互いの連絡先がないと不便でしょ……。しばらくは、相手の身分で生活していくことになるんだから」


「白瀬(笹原)」が、俺の見慣れたスマホをテーブルに置くのを見て……はっとした。


「た、確かに……」


「それにしても、あんたのアドレス帳、どうなってるの。家族以外は、優介一人しかいないじゃない」


「余計なお世話だ!これはシンプルな人間関係ってやつだ!それに、勝手に俺のスマホをいじるな!」


かつては一番便利だと思っていた指紋認証が、今では俺のプライバシーを漏洩させる最大の裏切り者だ……くそっ。


「素直に一人ぼっちだって言えばいいのに。言い訳するなんて、みっともないわね……。それに、これは勝手にいじってるんじゃない。これからは、身分だけじゃなくて、スマホもお互いのを使わないとダメでしょ。電話がかかってきたらどうするの?あんた、私の声で、実家の電話に出るつもり?」


「……」


そんなことしたら……きっと、何か変なアプリでも使ったと思われて、両親にこっぴどく叱られるだろう……。


もちろん、さらに最悪なのは、誰かに目撃されて、白瀬のスマホを盗んだ犯人だと誤解される可能性があることだ……。


「わかったよ……」


仕方なく、俺は降参して、白瀬の可愛いケースに入った……「男の子」としては、少し恥ずかしいスマホを取り出した。


「先に言っとくけど、連絡先……え、何してるんだ?」


「……連絡先の交換よ」


「白瀬(笹原)」は平然と顔を上げたが、手元の動きは一向に止まらなかった。


「いや、でも、その操作手順、明らかにおかしいだろ。どう見ても……ぐっ」


「白瀬(笹原)」が手元の画面を覗き込み、親指で慣れたように操作するのを見て……嫌な可能性が、一瞬にして俺の脳裏を貫いた。


「おい!?よこせ!」


「あ……待って!まだ使い終わってない」


「やっぱり、優介にメッセージ送るつもりだったんだな!?」


自分のスマホをひったくり、恐る恐るトーク画面を覗くと、入力欄には「死ね」や「クズ」といった大量の文字が埋め尽くされていた……。幸い、気づくのが早かったから、この呪いのメッセージが送信されることはなかった……。


「……さっき、俺の身分で余計なことはしないって、約束したばかりだろ!?」


「ただの挨拶よ……。あんたたち、普段もこうやってやり取りしてるんでしょ」


誰もそんな恐ろしい挨拶はしない!三途の川への餞別か!?


こいつ……本当に、一瞬たりとも油断できない。仕方なく、俺は「優介」――アドレス帳の中で、かつて唯一の友人だった彼を、スマホから削除した……。うう、今の俺は、本当に一人ぼっちだ……。


あれ、待てよ、唯一じゃなくなったみたいだ。リストに、見慣れないアイコンが一つ増えている。


これは……白瀬?お袋と妹以外で、俺のスマホに入った……初めての異性の連絡先!?


しかも、入手難易度が極めて高い、SSR級の白瀬の!?


うわ……眩しい!なんだか、見慣れていたはずのスマホが、急に輝き始めた気がする。


待って、何一人で浮かれてんだよ、笹原准!お前は、ずっと琴音さん一筋だったんじゃないのか!?むしろ、最初に手に入れた女性の連絡先が彼女じゃないことに、悲しむべきだろ!


「何、ニヤニヤしたり、眉をひそめたりしてるの?さっさと私のスマホにも入力して」


「お、おお……」


「白瀬(笹原)」の不機嫌そうな催促に、俺も慌てて自分の連絡先をスマホに入力した。まあ、わざと見たわけじゃないが、アドレス帳の中、本当にたくさんの人が登録されていて……。滅多に見られない「マネージャー」の連絡先まであった。やはりモデルの仕事に関わるものだろうか……?


これで、改めてお互いの身分の差を思い知らされた。部活のことで悩む普通の学生でしかない俺と比べ、白瀬はすでに社会でキャリアの入り口に立っている……。


それなのに、順調に人生の軌道に乗り、未来が明るく広がっているかのように見える彼女が、どうして――


「ブーッ」


「うわっ」


突然震えたスマホに、遠くに飛んでいた思考が現実に引き戻された……。画面に表示されたのは、「白瀬(笹原)」が俺のスマホと名前で送ってきた、最初のメッセージだった――


『余計なこと考えないで』


『……気づいた?』


『顔に書いてあるわよ』


「……」


やっぱり、自分の顔を相手にしていると、考えていることが簡単に分かってしまうのか?


『じゃあ、今度は何を考えてるか当ててみて』


『ナイフはダメだろ』


すごい、まるで読心術だ。


『分かればいい』


『次は毒殺を考えてるから。内出血』


やめろ!


『ていうか、この変な黒猫のスタンプ、何?普段のイメージと全然違うんだけど』


『これは「呪い猫」というシリーズ』


俺の名前で、そんな物騒なメッセージ送るの、やめてくれない!?


「でも、ちょっと意外だった……」


「何が?」


突然、文字遊びをやめた「白瀬(笹原)」は、スマホを置いて俺をじっと見つめ始めた。


「てっきり、あんたは私のスマホに入ってる、優介の浮気の証拠写真を使って……脅してくるんじゃないかと思ってた」


「……」


正直、そんなことがあったのをすっかり忘れていた。


「それを『人質』にすれば――取引なんて回りくどいことをしなくても、あんたの言うことくらい素直に聞いてあげられるかもしれないけど?」


「うーん……どうだろうな。そのせいで、お前にまた変な気を起こさせたくないし。それにさ、あれって白瀬にとってもフェアじゃないだろ?」


「……」


ほんの短い間だったが、「白瀬(笹原)」一瞬だけ目を見開いたのに気づいた……。だが、すぐにその動揺を塗り潰すように、いつもの嘲るような笑みを浮かべた。


「ふん、別にそれを脅しに使われても、どうってことないよ。とっくに、他の場所にバックアップしてあるから」


「……じゃあ、わざわざそんな試すような言い方をするな!」


あっぶねぇ……。幸い、最初からそんな考えはなかった。これ、完全に囮捜査じゃないか!?


「はいはい、もういいから、早くあんたの部屋がどこか教えてくれる?」


「まだその話、引きずってたのか!?だから言っただろ――」


「ほぉ、『その話』って、『どの話』のことかしら?」


両手を顎の下で組んだ「白瀬(笹原)」は、意地の悪い目で、わざとらしく俺を見つめてきた。


お前、小学生かよ!?


「勘違いしないで。私があんたの部屋に連れて行けって言ってるのは、ただ、早くこの『家』での生活に慣れるためよ」


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