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やくそく

作者: 吉江和樹
掲載日:2026/01/18

 まだ少し薄暗い明け方だった。

 外では茶色の枯れ葉が歩道で悲しげに踊り、季節の変わりを告げている頃だ。

 

  ――― もうすぐ冬。


 今日もいつも通りにバスに乗り、僕は会社に出かけた。




 仕事を終えた帰りぎわだった、


僕は会社を出て、急ぎ足で誰も乗らない電車に乗り、激しく揺れる電車の中で、吊革につかまっていた。

 

 顔を上げると、若くて美しい女性が座っていた。そのちょっと切れ長の目の端で、ちらりと彼女が僕を見たような気がした。

 

 切れ長のちょっときつめな瞳。恐怖すら感じてしまう美しさだった。


 その日、まっすぐ帰る気にもなれず。電車を途中で降り、古びた暖簾の垂れた店の前に立ち、開きずらい扉にギシギシと力を込めた。

 

 中に入ると店の親父は、いつもの表情で、つまらなそうに焼き鳥を焼いていた。僕は、カウンターに座り、ぼんやり前を向いてタバコを咥えた。

 

 親父がわずらわしそうにビールを僕の前に置くと、黙ったまま、ビールに手を掛け、僕は咥えていたタバコを灰皿でもみ消した。

 

 誰もが、静かに、酒を飲んでいた。 

 

 店の中はそんな酒飲みの孤独と焼き鳥の煙で満ちていた。

 

 僕はいつもとかわらず黙っていつもの日本酒を舐めていた。


 そう、全てが、いつもと変わらないはずだった。


「おい、おまえ、今日はいやにおとなしいな?いったい会社で何やって来たんだ?」


面倒くさそうに焼き鳥を焼いていた店の親父だった。


「・・・・・・・」


「本当に仕事して来たんだろうな?」


 親父が面白そうに僕を責め立ててきた。


 そんな時、厨房の奥から突然僕に援軍が現れた。


「何言っているのよ、仕事してなきゃお酒飲みに来れないでしょ!」

 

 すず子だった。


 彼女は、店の手伝いに来ている、三十歳の影のある女だ。


 すると親父が今度は心配そうに僕を気遣うように言った。


「おい、おまえ、今日はもう帰れ、そろそろ給料日まえだろう。うちじゃツケはきかさねえぞ。もちろんカードは不可だ」


 僕を見つめて親父が強く言った。

 

 そうだった、そろそろ給料日前なのだった。


 僕がユラリと立ち上がると、レジに移ったすず子が、無造作に手を差し出し言った。


「二五〇〇円よ」

 

 使い古した財布の中から、皺の寄った一〇〇〇円札三枚を抜き取って、意外に若い女の手に乗せた。


 そして五〇〇円玉一枚受け取り、その日、初めて店で口を開いた。俯いたまま。


「ごちそうさん」


 そして開きづらい店の古い扉に静かに手を掛けた。


 店を出た僕は、そのまま一人で歩き回った。そのまま帰る必要もなかったのだ。


 街には腐った生ごみの様な匂いのする冷え切った風が流れていた。


  ――― 人気の無い、時間の止まった街かど。このまま、立ち止まって死ぬべきなのか。 


 数人の古びた学生服を着ている若者がまずそうにタバコを吸っていた。


 高校生だろうか・・・。

 

 部屋に戻っても誰もいない、なんとなく回り道をして、近くの小さな公園で足を止めた。


 誰もいないベンチに座り、風に揺れるブランコを見つめながら、僕はポケットからタバコを取り出し火をつけた。


 一息吸い込み大きく煙を吐いた時、


「コラ、公園でタバコを吸うな」


 突然聴きなれた女の声が聞こえた。


 振り向くとそこにすず子が立っていた。


「どうしたんだ?」


「どうしたって・・・・。今帰るところよ、あなたこそこんなところで何しているの?」


 彼女の顔を見つめ、僕はタバコを手にしたまま、何も言えずにいたが、タバコの先が小さく震えていた。


 そんな僕のタバコの先を見つめながら、僕の横にそっと彼女は座った。 


 真正面の古い二つのブランコが小さく揺れていた。


 コオロギの鳴き声が美しかった。


「もう、とっくに終電は行ってるわよ。どうするつもり?」


 そう言われ、僕は驚いて、左の手首の貰い物の時計を見た。


 時刻は十二時を過ぎている。終電はとっくに行ってしまっていた。


 二人の間に、少し薄い沈黙が流れた。


 僕は何故か、横に座るすず子を見つめた。


 彼女も空を見上げていた。重い過去を背負っている様な女だった。

 

彼女の体は思っていたより若々しかった。 

 

次の日、土曜日の朝、休日だった。少し疲れていた僕は目を覚まし、ベットの横の緑のカーテンを開けた。するとそこに薄く真っ白な銀世界が広がっていた。


 彼女はすでに起きて朝食の準備をしていた。少し寒かった。


 僕は起き上がり、ベッドに腰を掛けたまま、テーブルの上にあったタバコにゆっくりと火をつけた。


タバコを吸いながら、僕は窓から見える、外の白く染まった街を見つめていた。


 どこか遠くから、鐘の音が聞こえ、窓から晩秋の朝の陽射し差し込んできた。やや肌寒い部屋のなかが、煌びやかに輝いた。


 狭いけれど素敵な部屋だと思った。


 すこしして、すず子が朝食を持って部屋に入ってきた。


僕は彼女を見つめた。


「まさかこれで終わりにしようっていうんじゃないでしょうね?」


 僕の前にそっと灰皿をさし出して彼女が言った。



 朝食を終えると僕らはまた、二人で昨日の公園に出かけ、ベンチに腰を掛けた。


 僕はまたタバコを吸い始めたが、すず子は何も言わなかった。

 

 しばらくするとすず子がおもむろに口を開いた。


「あなた、会社を辞めてアルバイトをしながら作家を目指しなさい。約束よ、必ず作家になりなさい。私も店の手伝いを辞めて働く。そして私の部屋で一緒に暮らしましょ」


 彼女はなぜか学生時代の僕の夢を知っていたのだ。


 そう、僕は大学は文学部だった。


高校生の三年になった頃、文芸部の僕は「憧れの綺麗な女の子」が出来て、彼女に手紙を渡したことがあった。「今日、部活が終わってから喫茶『ポエム』で待ってます、健二」。その日、ポエムで待ったが、結局、彼女は来なかった。そんな僕が、次の年の春にようやく、某大学の文学部に合格し、作家になろうと決意したのだ。 

 

 その、僕が捨てた作家への夢を、なぜ彼女が知っていたのか僕は知らなかった、が・・・・。


「あの店の親父も知ってるわよ・・・バカ」すず子が言った。


「あなた,酔った時に自分が何しゃべってるか知ってるの?」彼女が笑いながら僕の顔を覗き込んできた。


 彼女の言葉を聞いて僕の顔は赤く蒸気を発するようだった。


 その時だった。まったく思ってもみなかった事態が起こってしまったのだった。


「おい、松坂、松坂じゃねえのか?」僕は驚いた。


 この場で一番聞きたくない声だった。そう、振り向くとそこには会社の同期の坂本が立っていた。僕は顔から血の気が引いてしまった様だった。


「よう、誰なんだその人、姉さんか?」彼はニヤニヤ笑いながら言った。


 すると叫ぶように彼に向かってすず子が言い放った。


「失礼ね、彼の婚約者よ!」


 僕は特別否定する気も起きなかった。


 ただ彼に見られたということは、噂が会社中に広まることに等しいのだ。が、会社中で僕を知っている人はそんなにはいない。だから社内に知れ渡ることも無い。それに誰も僕の話に興味など示すはずはなかった。課長以外は。


 そう思うと、たいしたことでもないように思え、僕はすぐに正気を取り戻した。


 そして言った。


「最近、婚約したんだ」


 しかし、彼はそれだけでは許してはくれなかった。


「ろくに仕事もしないくせにやることはやってんだな、どこで知り合ったんだ?」


 さらに僕に詰め寄り言った。


 すると隣に座っていったすず子が立ち上がり、大きな声で彼に向かい怒鳴りつけるように叫んだ。


「あんたに関係ないでしょ ‼」


 坂本は驚いたように一歩あとずさった。


 そして立ち上がったまま、すず子は僕の手を取り言った。


「行きましょ!」


 僕はそのまま、すず子に引きずられるように手を取られ、ずるずるとすず子の部屋へと向かった。


そして僕は、彼女に言われるままに会社を辞めたのだった。


 僕らは、すず子の部屋で、一緒に暮らし始めた。


 僕はすず子に言われたとおり、会社を辞めると、皿洗いのアルバイトをしながら、作家を目指した。


 すず子は、飲み屋の親父のところのアルバイトを辞めて、小さな会社だが事務職員として働き始めた。


 飲み屋のなじみの客には、すず子の引き抜きと揶揄されたが、みんなが笑顔でいたので、僕はその言葉を祝福の印と受け取った。


 親父はもちろん面白くなさそうな顔をしていた。

 



 生活は楽なものではなかった。

 

 ある日の日曜だった、僕は買い物を終えて部屋に戻ると、すず子が僕に訊ねて来た。今までそんなことを聞くことはなかったのに、


「あなた、この前のコンテスト結果はどうだったの?ご案内の封書が届いていたの・・・」


「コンテストの封書?」


「ええ、どこかの出版社から、ご案内の封書がご丁寧に届いてたじゃない」


「あっ、ああ、おまえ、あの封書の中、見たのか?」


「あなたが、私が見てたの、気付かなかっただけじゃない」


「応募したんでしょ?」


「あっ、ああ・・・」


「どうだったの?」


「だめだった」


「そう、仕方ないわね。次は頑張ってね」彼女は、全てを見透かしたような表情だった。


 僕は彼女と一緒に暮らし始めて、ろくに小説など書いてはいなかった。


 封書など見たこともない。コンテストなど知りもしない。「小説家になりなさい」彼女のあの一言いらい、二人で暮らし始めて半年近く経つが、彼女が小説に関する事を口にしたのはこれが初めてだった。その日から僕は真剣に机に向かうようになった。


ところがその年の秋、十月だった。


「キョウ、カアサンガシンダ、ソウギアス」皿を洗ってる最中に、メールが妹から突然届いた。僕はそれまで母の見舞いには一度しか行っていなかった。

 

 僕は店長に言って、アルバイトを途中で引けさせてもらうことにした。


 部屋に帰ると、その日は休暇だった、すず子がいた。


「どうしたの?」


 すず子が不思議そうな顔をしていった。


「い、いや・・・」


 実話、すず子に、母がいることを話していなかった。


 加えて兄や妹は、すず子と暮らして、僕が作家を目指している事をよく思っていなかった。


 すず子に母は、幼い頃、亡くなったことにしてあったのだ。


「何があったの?」


 すず子が言い寄ってきた。


「じ、実話・・・。実話、俺、お袋がいたんだけど、お袋が亡くなったらしいんだ」


「え、知らなかった、どうして黙っていたの」


「いやいいんだ、君はまだ婚約者ということだから」そう言って、すず子を振り切り僕は部屋を出た。


 病院に着くと、僕は病室の片隅の窓際にある小さな椅子に腰を下ろし、一度だけ見舞いに来た時の事を何となく思い出していたが、それはまだすず子と暮らす前の頃の話で、母にすず子の事は話してはいなかった。  


 つまり母は、僕が作家を目指して、すず子と暮らしている事を知らずに死んだのだった。



 

 後の手続きもすべて兄の健一と妹の恵にまかせた。というか、僕には入り込む余地がなかった。かろうじて医師から話しが聞けたが、母は苦しまずに死んだそうだ。 


通夜が始まると、僕は隅っこで一人、酒を飲んでいた。そこへ兄の健一が高そうな喪服を着て僕に声をかけてきた。


「どんなんだい。調子は」


 彼は酒のコップを手に、僕に近づいてきた。


「えっ・・・」


 僕は全く違うことを考えながら酒を飲んでいた。


「頑張ってるんだろう」


 彼は僕の隣に腰を掛けて胡坐をかいた。


 兄と話すのは五年振りだった。


 彼は親戚中の期待を集めていた男だが、兄が大学を出てから、何をしているのか、僕は全く知らなかった。


「取り敢えず・・・」


 それ以外に僕は答えようがなかった。


「小さい頃から本が好きだったからな、お前は」


 彼が僕を「お前」と呼んだことに、少しホッとし、何となく肩の力が抜けた。


「まあ、まだまだだけどな。これからどうなるか全くわからん・・・」 


 僕は正直に答えた。


「あまりいい噂は聞かんが、どうなんだ、やっていけそうなのか?」 


 彼が言うと、僕は口元を少し歪めて笑った。


 自分でも分からない事を他人に説明できなかった。


「兄さんこそどうなんだ」


「まあ、給料はいいよ。最近、婚約もしたんだ」


 彼はコップの酒を煽った。


 そして、僕の前に置いてあった徳利から、自分のコップに酒を注ぐと、再び酒を飲みだした。


 二人の間を五年という歳月が流れていった。


 僕は恐る恐る聞いた。


「大学では何をやってたんだ?」


「俺はフランス文学を勉強した」


 健一はどこか淋し気に俯いたまま、手に持ったコップの酒を見つめ、力なく笑った。

 

 僕は思い切って聞いてみた。


「今は何してる」


「生命保険会社の外交員だ」


 僕はそれがどういう仕事なのか正直わからなかったが、フランス文学とは関係ないことは理解ができた。


「お前がうらやましいよ・・・。好きなことして生きてるんだからな・・・」


 そう言うと、彼はもう一度、酒を煽った。


「・・・・・」


 僕は何とも答えようがなかった。


「がんばれよ、やれるだけやれるのは今のうちだぞ」


 そう言うと健一は立ち上がり、振り向きもせずに席を離れていった。


 僕は驚いてしまった。


 自分の生きざまを人に羨ましがられるとは思ってもいなかった。


 社会からはじけて、邪魔者扱いされながら生きているような、自分の生きざまを。


 その日、通夜が終了し、後片付けが始まると、僕は後片付けくらい手を貸さなければいけないと思い、立ち上がった。


 すると妹が近づいてきて、非難するように僕に言った。


「お兄ちゃんはいいよ」


 僕は、呆然としてしまった。


 僕は振り向き母の遺影を見た、その時、遺影は僕に向かってかすかに微笑んでいた。


その日、僕はろくに挨拶もせずに斎場を後にした。


 部屋へ向かうためのバス通りに向かい、誰もいないバス停に立つと、珍しくバスはすぐに来た。


 サラリーマンが一人、走ってバスを追い駆けてきたが、無情にも、バスはそのサラリーマンを置き去りにして発車してしまった。


 僕は憐みの表情でもって、バスの中からそのサラリーマンを見つめた。


 するとその次のバス停で、一人の美しい女性が乗って来た。                       


 女性は黒く美しい髪が懐かしく、その美しさは僕がその日に感じていた自責の念をすべて忘れさせた。


 というか、母の遺影の微笑みを見たときに、僕は胸中にあった物をいっさい忘れていた。そして女性を見た時、僕の中に懐かしい美へのあこがれが燃え上がった。


 

 美しい女性はただつり革につかまったまま、背筋を伸ばして真直ぐと前を向いて立っていた。


 するとその時、彼女がゆっくりと頭を少しかしげて、斜め横に座っている僕を振り返り、懐かしいあの切れ長で少しきつめな目のはしでちらりと僕を見つめた。


 どこか懐かし気な視線、「あの頃の視線」でもって、僕のすず子でしめられた心を突然動かしかけ、美しい女性が僕の心の中に入りこもうとしてきた。


 あわてて僕は目をそらし、もう緑のない窓の外を見つめ、何とか他のことを考え、心に入りかけてきた美しい女性を、必死に追い出そうとした。


 しかし彼女はすず子にない、あの時の「美」を僕の心の底によみがえらせてきた。


 美しい女性は顔をそらした僕に、静かに近寄り、そっと紙を一枚手渡そうとした。


 受け取ることを拒むことは、その時の僕にはもうできなかった。僕は紙を受け取ってしまった。美しい女性は微かに蔑む様にさえ微笑んだ。


    『約束です。六時、福住ヨーカ堂地下入り口で待ってます』


 そのまま俯いた顔を上げることができなかった。終点の福住バスターミナルに着き、僕が恐る恐る顔を上げると、彼女はもういなかった。

 

 少しホッとしながらも、淋しさを感じながらバスを降り、手にしていた紙を丸めてゴミ箱に捨て、僕は部屋へ向かった。


 部屋に戻ってもすず子は何も言わなかった。


 時間はまだ、五時を過ぎた頃だった。札幌の十月はもう寒く、一日は短い。しかし、その日の一日はいつもの一日に比べてどこか長い。


     『約束です。六時、福住ヨーカ堂地下入り口で待ってます』


 彼女はそれほど美しかったのだ。バスの中であの女性の横顔を見た時の僕の胸中は空だったのだ。 


 いつの間にか僕は、すず子に何も言わずに部屋を出る準備をしていた。


 しかし、すず子はうつろな顔で出かける準備をしていた僕を見ていた。


 そして僕はいつのまにか黙ったまま部屋を出ていた。


 僕はわざとゆっくり歩き、ヨーカドー地下入り口を六時を五分過ぎに通った。


 するとそこに女が一人、薄いベージュのコートを着て憂鬱そうに立っていた。


 そして彼女は顔を上げると僕を見つめ妖しげに微笑んだ。



 もう日の暮れた道を二人で歩き、僕らは彼女の部屋に向かった。


 彼女はベッドの横で僕の上着にそっと手をかけた。

 

 次の朝、僕は目覚めてみると全く知らない部屋にいた。


 何とか起き上がってみると柔らかいベッドに一人で横になっていたが、昨日の感激は何も残っていなかった。掌にわずかに柔らかな胸の膨らみの感触が残っていた。


 ベッドの横のカラーボックスには僕の知らないフランスの作家の本が並んでいる。


 その時、突然、僕の頭に火が付き、目の前が真っ暗になった。


 俺は何をしているのだろう。僕はベッドを飛び起きた。「すず子のもとに帰らねば」   


 そして逃げるように部屋を出た僕は、大きなマンションの部屋を出た、ここはどこなのだろう。どうすればすず子のもとへ帰れるのか。


 スマホをポケットから取り出し「すず子」と投入し、検索した。しかし反応があるはずもない。目をつぶり大きく息をついた。


 マンションを見上げると「ラークマンション」


 すると住所は東3条1丁目でヒットし、近所の地図が出力され、バス停は東2条1丁目と出た。


 ありがたい。


 僕はホッとしたが、静かで、新しい住宅街、彼女がこんな住宅街、しかもあんなマンションに住んでいることが僕にとって意外だった(というより僕がこんな高級マンションに連れ込まれたのが意外だった)


 僕は何となく悔しくもあった。


 人通りもなく、風のない少し霧がかった様な肌寒い朝だ。

 

 バス通りに出ると、大勢の小学生が重たそうなカバンを背負い、自分よりも大きな傘を差しながら歩いていた。 


 バスを降りると市電を待った。


 札幌の市電はいつ乗っても、心が初恋のときのように、ドキドキさせられた。が、その時は帰ったらすず子が何というか、ドキドキしてしまった。

 

 すでに陽の暮れかけた頃、僕がそしらぬ顔で、部屋に帰ると、すず子が何食わぬ顔で洗濯ものを取り込んでいた。


 そこへ僕も何食わぬ顔をして入っていった。


「ただいま」


 それまで、僕は外泊はしたことがなかった。


 僕は相変わらずそしらぬ顔で言うと、すず子がやや厳し気な表情でもって僕に言った。


「どこ行ってたの?」


「吉田と飲みに出て、ちょっと飲みすぎてやつの部屋に泊めてもらった」


「連絡くれてもよかったんじゃない」


 すず子は横目で僕を見つめて言った。その眼差しには懐疑の色が薄くにじんでいた。


「ああ、ゴメン。奴と飲むのも久しぶりだったから」


「・・・・」彼女は何も言わなかった。


「まあ、いいわ・・・。これから夕食の買い物に出るけど付き合ってね、約束よ」


「えっ・・・」


 彼女の ”約束” という言葉に、僕は瞬時に闇へ突き落され、迷路に放たれた。


 その日、夢に見た母の遺影の微笑みは消えていたのだった。


                                        



                       

                                終わり   

  



***********************************


このような稚拙な文章、最後まで目を通していただき、感謝感激であります。

 ありがとうございます。


   もしよろしければ、他の文章ものぞいていただければと思います。


                     

                            芳江 一樹

 

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