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しおとせお  作者: 柚希
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向かい側の家の女③

 夏は所詮、どこに行っても夏である。

 冷房の効いた場所から青森の大地に降り立った潮は、湿度こそまだマシではあるものの都会と変わらぬ生命を脅かされる気温に辟易とした。


「暑い……東北って涼しいんじゃないのか」


 雪が凄いイメージがあるだけに、てっきり夏も涼しいものだと思っていた。

 

「私が子供の頃はもう少し涼しかった気がするんですが……お盆が過ぎると寒かった記憶もありますし」

「どこも温暖化ですね」


 額の汗を拭いながら汐緒が答える。汐緒はスマートフォンで奥螺から届いた地図を見ながら辺りを見渡して指を指した。


「レンタカー屋、あそこですね」


 運転席に乗り込んですぐさま冷房をかける潮の隣で、汐緒がカーナビを設定する。


「でも、祭りがあるのに意外と人いなかったですね。どこでやるんだろう」

「あぁ、それはもう一つの駅の方ですね。あくまでこっちは新幹線だけの駅で、主要駅はもっと中心街にあるんですよ」

「へぇ、ちょっと変わってますね。でもどうせなら、主要駅の方に新幹線通した方が色々便利な感じしますけどね」

「確かにそうですね」


 汐緒の言う通り、何故こちらに駅を造ったのか不思議である。車窓から見える景色からは田んぼやホテルしか見受けられず、観光的な店はなかった。

 田舎故の揉め事でもあったのだろうか──縁も所縁もない土地なのですぐに興味は失せたが。


「犬狩……」

「汐緒です」

「あ? どうでもいいわ……」

「汐緒です」

「……汐緒」

「はい」


 ワンっという声が聞こえるようだった。


「お前、例の小説に目通しとけ」

「わかりました。山田さん、URL 教えてもらえますか」

「あ、はい、これです。でも、大丈夫でしょうか。犬狩さんまであの夢を見るようになるんじゃ……」

「俺なら自分でどうともできるんで大丈夫ですよ」


 心配そうに汐緒を見つめる山田にニッコリと笑いかけながら彼は答えた。


「あ、これですね。……うーん」

「何だ」

「いや、特に変わった感じはないですね。残穢も感じないですし」


 小説の話の女と、山田の記憶の女は同一人物だと確信はしている。しかし小説自体から残穢を感じないとすると、潮が考えている状況とは違うのか、それともやはり見たという土地が関係しているのか。二つの話から共通して関わりがあるのは明白だが、どうも釈然としない。

 無言でアクセルを踏みながら、変わらない緑の景色に目が眩みそうだった。

 車内は汐緒と山田の会話だけがポツポツと広がり、暫くすると一行は彼女の祖父母の家へと着いた。


「ここです」


 外に出るとやはり暑さが身に堪える。

 玄関の庭先で水やりをしていた彼女の祖父であろう老人が驚いたような顔をしているところを見ると、何も連絡していないのだろう。


「ごめん、お爺ちゃん! ちょっと二階に行くね」

「あれ、何でここに乙美ちゃんが?」

「すいません、お邪魔します」


 隣で汐緒がにこやかに頭をさげるのを素通りしながら、山田の後ろを付いていく。


「うそ……なんでっ」

「山田さん?」


 踊り場の窓から外を見つめる彼女は、潮の声にハッとしたように慌てて階段を下りて行く。


「どうしたんですか」

「知らねぇ。とりあえず行くぞ」


 階段下で不思議そうにしている汐緒を促し急いで後を追うと、山田は必死な形相で祖父の肩を掴んでいた。


「お爺ちゃんっ、後ろの家はどうしたの!? いつからなくなったの?!」

「えぇ? 何喋ってらんだば、乙美ちゃん。ちょっと落ち着いて」

「いいから答えて!」

「山田さん、ちょっと待ってください。落ち着いて」

  

 半狂乱に近い山田を流れるような動作で羽交い締めにした汐緒は、宥めるように優しく声をかける。息が荒い彼女の肩を慰めるように擦っていると、次第に落ち着いたのかやがて彼女は真っ青な顔で俯いてしまった。


「ちょっと、一体なしたの?」


 家の中から騒ぎを聞きつけた彼女の祖母まで出てくる。


「貴方たちはどなた?」

「……祓い屋だ」

「え?」


 怪訝な顔をする老婆に無表情に言い放つのを見て、場を取り繕うように汐緒が間に入ってくる。


「いえ、俺たちはこういう者でして」


 名刺を渡された山田の祖母は、ますます渋面になった。


「……詐欺師?」

「違います。あのですね……」


 にこやかに対応する汐緒に説明を任せることにした潮は、俯いたままの山田に近づいた。


「どうしたんだ?」

「──家が、家がなかったんです」


 煩わしい蝉の声にかき消されてしまうような、小さな声だった。


「家がない? ……踊り場の後ろにある家はいつからないんだ?」


 彼女な聞くよりも祖父に聞いた方が早いと判断した潮は、訳がわからず狼狽している彼に声をかけた。


「え?」


 老人は困惑したように額の汗を拭いながら、不可解そうに答えた。


「いつからも何も、この家が建つ前から後ろはずっと畑だぁ」

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