をばれうと鳴き声④
話を聞いた一久は考える素振りすら見せる様子もなくあっけらかんと答えた。
「それウブメじゃね?」
「産女は人の子供を拐う習性はなかったはずですよ。羽もありません」
「あれ、そうだっけ」
産女。難産で死んだ女性の霊が妖怪化したもの。血に染まった腰巻きを纏い、子供を抱いてすれ違う人間を追いかけるとされている。また地域ごとで名前こそ違うが似たような伝承があり、それらも産女と似た妖怪であるとされている。
「ウバメトリっていう妖怪もいませんでしたっけ? 夜に子供の衣服を干してると自分の子供と勘違いして、目印に有毒な乳をつけていくって」
「あぁ、いましたね。ある地域では産女と同じ扱いをされていましたね。姑に獲る鳥と書いてウバメトリ」
「でも魚の尾鰭はついてなくね?」
潮の言葉に八千緒も頷く。
「えーじゃあセイレーン」
「じゃあって何だ。テキトーこくな、霊力やんねぇぞ」
「潮ちゃん当たり強すぎ! ぴえん越えてぱおん」
わざとらしく唇を尖らせる一久を殴りたくなる衝動を堪えていると、彼はつまらなそうに続けた。
「セイレーンも似たようなもんじゃん。最初は鳥だったのに、いつの間にか人魚みたいに尾鰭になってたし。人間って時代によって勝手に付け足したり消したりするじゃん」
「セイレーンってギリシア神話に出てくる奴ですよね? 海で美しい歌声で船を沈没させるって言う。人魚の仲間だと思ってました」
「最初は下半身鳥だったよ。羽もある」
「実在するんですか?」
「それは知らない! 神話だし。ま、オレたちが実在するからいないとはいいきれないよね」
そもそも怪異という括りにある妖怪からすれば、人間が信じる神なんてものの定義は曖昧である。神を信じていないというよりは、人間以外の不可思議な存在や科学では証明できない力全てが人間から見れば神がかっていると称されるので、その定義にあてはまっている妖怪からすれば《神》という言葉に意味を成さないだけだ。人間が信仰する上で便宜上《神》という言葉が使われているだけで、蓋を開ければ信仰対象が妖怪だったという例もある。
つまり自分たちと同じような存在、くらいにしか認識していないのだ。神話に出てくるとしても、お伽噺とは限らないということである。
「でもオレはウブメだと思ったんだけどな。昔似たような話を聞いた記憶があるんだけど……」
「記憶が混同してるのね、お爺ちゃん」
くっついてうんうん唸る一久を引き離しながら素っ気なく言えば、彼は「オレはまだまだ現役だから!爺扱い禁止」と喚く。
「それか歪められているかですね」
「集合的無意識?」
「もしくは呪法を用いて、ですね。」
「ああ、ぽいぽい! 人間ってエグいこと平気でやるしね~。後信じる力? 強めだから集合的無意識でガンガンイメージ変化させてくるのホント無理。オレたちにはほとんど影響ないけどさ、七臣がいつだったか妖狐って呼び方にブチギレてたよね。あ、七臣って九尾の狐ね。狐の妖怪にも色々いるからさ、十把一絡げにするなって青筋立ててたよ」
「……凄い妖怪ばかりいますね」
サラリと大妖怪の象徴でもある狐の紹介をされ、流石の汐緒も目を丸くしていた。
そもそも完全に人の姿をとれる妖怪は、潮もこの旅館でしか見たことがない。妖力もコントロールして抑えているので忘れがちだが、この場にいる妖怪たちだけでもそれこそ伝説の類のような存在である。
「人間は私たちに名前をつけて支配したがりますからね。私が言った呪法を用いて名前を歪めているのも、あながち間違っていないと思いますけどね」
「ただの村人にんなことできねぇだろ」
「貴方たちのお仲間なら、できるでしょう?」
わざとらしく方眉を上げて小首を傾げる八千緒に、目を眇める。頬が引き吊るのを感じながら、静かに息を吐き出した。
「……呪い屋は仲間じゃねぇよ。一緒にすんな」
「呼び方なんてどうでもいいですが、私たちにとってどちらも大して変わりはしないのですがね」
「……八千緒、いい加減黙れよ」
「黙らなければどうします? 私のことも喰い殺しますか?」
汐緒が隣で動くような動作をするのを手で制する。
「チクる」
「は?」
「てめぇの大好きな主様に苛められたってチクるつったんだよ」
「苛めってそんな幼子のようなことを……そ、それに光がそんなこと信じる訳が……」
「そうか? あの心優しい無邪気なガキが、泣きついてきたオレのことを無下にするとでも?」
沈黙はこちら勝利の証だった。何故かは知らないが今の当主の息子である光は、やけに潮に懐いている。初めて会った三年前から、姿を見かける度に無垢な笑顔で必ず駆け寄ってくるのだ。それを、この大蛇は快く思っていない。
「今のは八千緒が悪いよなぁ。潮ちゃんの完全勝利じゃん」
「煩いですよ、一久」
本来なら溜飲が下がるまで煽るだけ煽るのだが、ここはこれで手打ちにする。妖怪と揉めるためにここへ来た訳ではないのだ。
「まぁ、とりあえず呪い屋が関係してるかもしれないと仮定して話を進めるなら、結局は弱点のようなものはないと思った方がいいってことだな」
「……そうですね、歪められていたとしたならば」
「でも実体ある妖怪なら大体物理攻撃有効じゃん、ボコッてから祓えばいいだけっしょ」
「脳筋は黙ってくれますか? ただの人間の打撃は何の効果もないでしょう」
「潮ちゃんただの人間じゃなく祓い屋じゃん。霊力パンチすれば勝ち確だよ」
「何だ霊力パンチって。んな特殊パンチできねぇわ」
「んじゃ燃やせばよくね? 鳥系なら大体火炙りで弱まるし」
「てめぇ飽きてきてんだろ」
潮から離れて畳の上で肘をついて寝そべった一久は、何の躊躇もなく頷いた。
「だって特定できなかったし、デザートなしじゃん」
素直すぎるほどやる気を失った彼だが、わりと完璧主義なのか、特定できなくとも知恵は貸したのだから一口くらいは貰うよ、とは絶対ならないのである。
「確かに今回は力になれそうもありませんね。私もデザートは辞退します」
汐緒を見つめながら話す八千緒の方が、どちらかと言えばシレッと対価を貰うタイプである。ただ、今回は一久が先に貰えないと言葉にしてしまったので、仕方なく辞退宣言しただけである。見栄っ張りなところのある妖怪だった。
名残惜しそうに自分を見つめてくる八千緒に苦笑を浮かべる汐緒に声をかけ、立ち上がる。
用は済んだ。結局何の対策もないが、とりあえず何かあったら火でもつけよう。
地道に霊力を使って攻撃して弱らせてから祓うか、もしくは使いたくはないが、最終手段を用いるしかない。
呪い屋が関わっているのかは定かではないが、今回の仕事は疲弊しそうだなとうんざりする。それと同時に依頼者の妻の捜索もしなければならないことにも頭を悩ませる。ただ祓うだけなら楽だったのに。
「お帰りですか」
「温泉入ってからな」
途端その冴えた美貌に早く帰れといった感情を隠しもせずあらわにした八千緒に、ニヤリと笑う。
「日帰りもやってるだろ。せっかくこっちまで来たんだ、ただ無駄足なのもあれだしな」
「さっさと入って早くお帰りください」
「はいはい」
「まったく……。それよりも、汐緒さん」
バイバイと元気に手を振る一久に対して同じように手を振り返している汐緒を、八千緒が呼び止める。彼が他人に対して声をかけることは珍しい。
「はい?」
「貴方は、どうしてその程度の犬で満足しているのですか?」
絡まれてるなと思いながら様子を見ていたが、汐緒は特に何か反応を見せることなく苦笑だけした。
「一応、一族でも強いコなんですけどね」
「でも、一番じゃない」
八千緒の言葉に、汐緒はうーんと小首を傾げてから、なんてことのない様子で答えた。
「でも、一番都合が良いコだったので」
「……そうですか。失礼なことを聞きました」
「いいえ、気にしてませんよ。それでは、お邪魔しました」
先に廊下で待っていた潮と目が合うと、彼はいつものように尻尾をぶんぶん振る犬のような笑顔を見せた。
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祓い屋たちが部屋を出て行ったのを眺めながら、ポツリと溢すように一久が笑った。
「あの子こっわぁ~」
「不思議な子ですね。糀谷奥螺と似たタイプかと思いましたが、どうやらそうでもないようですし」
猫を被っているという訳ではない。邪気なくニコニコ笑っているのも、演技という訳ではなさそうだ。ただ、どこかアンビバレンスな部分も感じる。
無邪気と冷徹さが同居しているような男である。
「八千緒ってば、潮ちゃんに意地悪言うからさぁ」
「意地悪なんて言ってませんよ。事実でしょう」
「いやいやいや、潮ちゃんが止めてなかったら汐緒ちゃんいつでも喉笛噛み千切りますって顔してたじゃん! しかも別に殺気立つ様子も見せずにさぁ、普通にしてる様子からのノーモーションのあれは怖いって!」
「えぇ、イヌ科の特徴ですね。……どちらが犬なんだか、いえ、あれは狼の類ですね」
人懐っこく見えていても、けして懐きはしない。ただ、狼はボスと認めた相手の指示はよく聞く。
つくづく彼も曲の強いタイプを引き寄せるなと考えながら、仕事が残っているため八千緒はどっこいしょと立ち上がり転がっている一久を無視してエントランスへと足を運んだ。




